増田 和 也 元 アナ。 嵐・二宮和也、「二人して匂わせかよ」「ドン引き」伊藤綾子と“お揃い”スマホケースにファン激怒(2019/05/12 08:00)|サイゾーウーマン

増田 和 也 アナウンサー

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日本赤十字社が献血を呼びかけるために作成したポスターに、胸の大きな女性キャラクターが描かれていたことで、「環境型セクハラ」と批判が出るなどの騒動となったが、実際に女性の立場で胸が大きいということは、どのような意味を持つのだろうか。 ラジオ沖縄の竹中知華アナは、かつて地方局アナ時代、自分の胸が大きいことで様々な苦労があったという。 竹中アナが、当時の苦労と現在の心境を語る。 * * * 高校生の頃からすでにFカップはありました。 大学生の頃には現在のHカップになっていましたが、実はそれまで周囲から巨乳だと言われたこともなく、自分が巨乳だという自覚はありませんでした。 それが一変したのが、NHK沖縄に入社してからです。 自分がそんな目で見られていたとは思いもしていなかったですし、は清廉性が求められる仕事という意識もあり、プレッシャーでした。 特に悩んだのは衣装で、胸が目立たないものを選ぶのに必死でした。 ブラウスならゆとりのあるデザイン、ニットは伸び縮みしすぎない素材を試行錯誤しながら選んでいました。 当時は男性の上司でしたが、「今日の服はアリだね」とか「もう少しこんな服を選んだ方がいいかもね」と、すごく気を遣ってくださいました。 ありがたい気持ちと共に、私はアナウンサーに向いていないかも、と自分を責めていました。 その後、7年間キャスターを続けましたが、そろそろ自分を解放して仕事がしたいと思い立ちフリーに転身しました。 そこでまず思い浮かんだのが、自費出版で写真集を出すことでした。 会社員時代は私の胸の話題は社内でもタブー扱い。 自分の中にも「胸が大きい=悪い」という思い込みがあるのを打破したくて、あえて胸を強調する衣装も用意して挑みました。 その後、現在のラジオ沖縄に入社してさらに素を出せるようになりました。 今では「おっぱいが大きい人ですよね!」って覚えてもらえるので、自分の長所だと前向きに考えられるようになりました。 最近の「最重要課題」は胸が垂れないようにすることです。 就寝時は少し窮屈ですがナイトブラをしています。 せっかく「自慢の胸」になったので、今後もキープしていきたいですね。 【プロフィール】たけなか・ともか/1982年広島県生まれ。 2005年に青森朝日放送に入社。 2008年にNHK沖縄放送局の契約アナウンサーになり、7年間にわたり朝のニュース番組を担当。 2015年、フリーアナウンサーに転身後、現在はラジオ沖縄で活躍中。

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増田和也アナが「和風総本家」を卒業! 号泣のワケとは...?|テレ東プラス

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2008年4月の放送開始からおよそ10年間、和に関する様々な物事を取り上げ、「ニッポンっていいな」をテーマに日本の素晴らしさを伝えてきた「和風総本家」 毎週木曜夜9時。 9月20日 木 の2時間スペシャル放送をもって、現行の番組は一旦最終回へ! その最終回で、レギュラーの萬田久子、東貴博、増田和也アナの3人は、収録場所としてお世話になった築地の料亭「つきじ治作」へと向かいます。 そこで長年番組を支え続けた司会進行役の増田和也アナから衝撃の告白が...。 増田「10年育てていただいた和風総本家を卒業することになりました!」 予想外の告白に、しばし言葉を失う萬田と東。 そんな2人に対し、増田アナは...。 増田「26歳でゴールデン 番組 の司会に抜擢していただきましたが、若造だった僕を温かい目で見てくださったお2人には、感謝しかありません。 萬田さんは、大御所であることを忘れてしまうくらい僕を自由にしてくれましたし、萬田さんの近くで司会ができたことは僕の誇りです。 そして、東さんには公私ともに可愛がっていただきました。 今日もお2人とロケをするのが楽しくて、ずっと"ロケが終わらなければいいな、治作に着かなければいいな"と思っていました」 そう感謝を伝えて別れを惜しむ増田アナ。 さらに、かつて番組にレギュラー出演し、6年前に亡くなられた地井武男さんにも思いを馳せます。 増田「いつも優しく、いろいろ助けていただきました! 地井さんの"新しいスタイルの司会者を目指せ!"という言葉があったからこそ、ここまで頑張ってこられたんだと思います」 そして番組のラスト、ある方から1通の手紙が届くと、辛口MCとして愛されてきた増田アナはその内容に号泣! そして萬田や東の目にも涙が...。 はたしてそのワケとは... 番組では、その他、鎌倉で『ピザの店』を開こうと奮闘するイタリア人に密着。 「その節はお世話になりました」では、小さなノコギリを作る職人、伝説!と呼ばれる銀座「鳥繁」の焼き鳥職人のもとを訪問。 放送終了後の反響や現在の様子をレポートします。 増田アナの集大成となる記念すべき放送を、お楽しみに! そして10月からは、「和風総本家」の番組内容が大幅にリニューアル! コンセプトは「ニッポンの良さを未来へ... 」となり、未来を担う若者たちに日本の良さを伝える番組に進化します。 番組タイトルを「二代目 和風総本家」と改め、"和風総本家の二代目"こと跡取り息子として、鈴木福が新たなレギュラーに! 「未来への継承」をテーマに、鈴木や視聴者のみなさんにニッポンの良さを伝え、語り継ぐ目線でモノ作りの職人さんや日本の良さを紹介していきます。 【鈴木福コメント】 「幼い頃から両親や祖父母の影響で、お琴や三味線など日本の楽器に囲まれて育ってきました。 伝統的な文化や歴史、それに食べ物は和菓子が大好き。 THE 日本人ですね 笑。 日本のまだ知られていない身近にある素晴らしい魅力を、番組を通してみなさんに伝えていきたいですし、僕もたくさん勉強したいと思います」と早くもやる気満々! THE日本人の福くんを迎え、「和風総本家」はどんな進化を遂げるのでしょうか。 リニューアル第1回目は、10月11日 木 夜9時~放送。 どうぞお見逃しなく!.

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二宮和也結婚、国分太一以降5年連続のジャニーズ婚

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元ピンクレディーの増田恵子(58)が22日、カンテレのバラエティー番組「快傑 えみちゃんねる」(後7時)に出演し、NHKの紅白歌合戦を辞退したところ、その後、同局の別の番組に出演するために行くと、楽屋が物置のような部屋に変わったことを明かした。 ショックで泣いたという。 増田はピンクレディー時代の1978年に「レコード大賞をいただいて。 普通はそのまま紅白に出るんですけど辞退したんです」と振り返った。 事務所が辞退したという。 辞退の理由を述べるために「記者会見をやらなくちゃいけなくなって」と増田。 「辞退したら大変なことになるっていうのは分かってたんですけど」と当時の心境を語った。 その後、ピンクレディーは解散。 増田はソロデビューし、シンガー・ソングライターの中島みゆきが作った「すずめ」が大ヒットした。 NHKから歌番組に「出てください」と依頼があったという。 増田が同局に行くと、ふだんあるはずの場所に増田の楽屋がなかった。 ようやく見つけると、そこは小さい部屋でピアノが1台。 増田は「お化粧するところがなかった」と述べた。 物置みたいな部屋だったそうで、「びっくりして。 まだ若かったのでショックで泣いた。 こういうことなんだ。 紅白をけるっていうことは」と、しみじみと語った。 MCの上沼恵美子は「NHKはわだかまりを持っていたんですね」と聞き入った。

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