勝間 和 代 増原。 増原裕子の歴代パートナー!東小雪そして勝間和代、世間の反応 | Nomada

勝間和代と増原裕子の馴れ初めやきっかけは?子供はいるの?【画像】

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提供 悲痛の破局を告白をした勝間さん 《本当に悲しいです。 まだ、ひろこさんが家を出て数日ですが、別れを思うと、いつでも涙が出てきて止まりません》 11月11日、経済評論家の勝間和代さん(50才)が自身のブログでパートナーとの破局を明かした。 突然の告白に世間は驚いた。 本誌・女性セブンは勝間さんに取材を打診したが、あまりにショックが大きく、話せる状態ではないという。 そこで本人に代わって勝間さんの事務所代表で経済評論家の上念司さんが、破局の真相について語った。 「勝間は、浮気され、二股をかけられていたのかもしれません。 勝間さんのパートナーとは、2018年5月に交際を公表したLGBT活動家で会社経営者の女性、増原裕子さん(ますはらひろこ・41才)だ。 増原さんはレズビアンであることを告白し、2013年3月には元タカラジェンヌの東小雪さん(ひがしこゆき・34才)と、東京ディズニーシーで同性結婚式を挙げたことでも世間の注目を浴びていた。 勝間さんと増原さんは慶應義塾女子高校の先輩・後輩で、2016年初旬に共通の友人の紹介で出会った。 勝間さんには2度、男性との結婚・離婚歴がある。 慶應義塾大学在学時に21才で長女を産み、その後、25才で次女、30才で三女を出産。 2018年6月、増原さんとともに本誌の取材に応じた時には、高校生の時に同性に恋愛感情を持っていたものの、その思いにフタをして50才まで過ごしたと言い、自分では「パンセクシュアル(全性愛)」というカテゴリーが近いのではないかとも語っていた。 2017年12月に増原さんが東さんとのパートナーシップを解消したのを受け、2018年1月に勝間さんの方から告白。 勝間さんの自宅で同棲生活をスタートさせたという。 その年の5月、勝間さんは自身がLGBTであることを公表し、増原さんとの交際を報告。 以降、SNSを通じて順調な交際ぶりを報告してきた。 誕生日に増原さんから大きな熊のぬいぐるみをプレゼントされて喜ぶ姿や、増原さんのためにヘルシーな料理を作る様子を掲載。 夜にはふたりで卓球をしながら、その日にあった出来事を報告し合っていたという。 「彼女は選挙運動のために京都にいましたが、そこで浮気相手と出会ったのでしょう。 増原さんがその女性のことをSNSによく上げるので、勝間も気になっていたようです。 今思えば、増原さんは二股をかけていたのだと思います」(上念さん・以下同) 勝間さんは、当時のことをブログにこう書いている。 《一生を共にすると約束した相手なので、できる限りのサポートをしたいと考え、京都へ滞在や選挙活動の支援などを行ってきました》 当時、具体的にどんなサポートをしていたのか。 上念さんはこう聞いているという。 「勝間は増原さんに選挙資金として200万円近くを貸し、それを京都で活動するための生活費にしたり、必要な家電製品を買っていたようです。 選挙が始まると勝間は交通費も滞在費も自腹で何度も京都に行き、食事を作るなどのサポートをしていました。 他人行儀な機嫌を取るような態度に、自分から心が離れていっていると感じたようで、かなりショックだったようです」 選挙後もふたりの同棲生活は続いたが、勝間さんは、 《東京に戻ってからも、私とすれ違った気持ちは戻ることはありませんでした》 とブログで明かしている。 「この頃、勝間は増原さんの浮気疑惑がさらに深まる出来事があった、と信頼する知人に話していました。 増原さんが普段着用しているカジュアルな下着とは違う、勝間が見たことのない下着が干してあったというのです。 勝間は、ピンときた。 かなり悩んだようですが、もう修復するのは不可能だろうと思い、申し出を承諾した。 もちろん言いたいことはいろいろあったのでしょうが、勝間が伝えたいことはブログに全て書いています。 そう周囲に漏らしています」 増原さんも11月11日、自身のフェイスブックで、 《夏の選挙が終わってからしばらくして、私が別の人と生きていきたいと思うようになってしまい、先週勝間さんに別れを切り出しました》 と、報告した。 だが、上念さんによれば、そのことで勝間さんはさらにショックを受けているという。 「報告の9割が勝間への感謝の言葉で、謝罪の言葉が2行しかない。 あれだけ勝間を傷つけたのに、美談にしようとしている。 それは私も納得がいきません」 もちろん恋愛には当事者のみが知ること感じることがあり、他者にはうかがい知れないこともある。 増原さんにも言い分があるはず。 本誌・女性セブンは増原さんに何度か電話をかけたが、彼女が応答することはなかった。 知的なカップルの最後は悲しいものだった。

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勝間和代の子供・娘の文香の大学は?娘の文香のブログの内容とは?

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経済評論家でコメンテーターの勝間和代さん(50)が11日、自身のブログを更新。 かねてから交際中だった、増原裕子さんとパートナーシップを解消したことを明らかにした。 「6日の夜、ひろこさんから大好きな人が他にできたので、その人と付き合いたいので、私とのパートナーシップを解消したいという申し出を受け、悩みましたが、修復は不可能と考え、その申し出を受諾することにしました」と、悩んだ末の決断であったことを報告。 破局に至った経緯は「ひろこさんが、選挙に出馬を決意した昨年の秋以降から、場所や時間的なすれ違いが大きくなってきました。 それでも、私は一生を共にすると約束した相手なので、できる限りのサポートをしたいと考え、京都へ滞在や選挙活動の支援などを行ってきました」としたうえで、「しかし、東京に戻ってからも、私とすれ違った気持ちは戻ることはありませんでした。 そして、言葉と態度の両方に違和感を覚えていた数カ月後、上記のような申し出がありました」と説明した。 「ひろこさんとのお付き合いをきっかけとして、私がLGBTであるというカミングアウトも行い、人生の重荷の一つが取れたことにはとても感謝しています」とつづるも、「このブログを書いているだけでも、涙が止まらなくなってきてしまっています。 ほんとうに悲しいです」と吐露した。 傷心が癒えるまでには時間が必要のようだが、「次の恋愛もパートナーシップもあきらめていませんので、またみなさまに楽しい姿を見せられる日がきっとあると思っています」とし、明るい未来に向けて少しずつ進んでいることを示した。 この日、増原さんも自身のフェイスブックで破局したことを報告。 「原因は私にあります。 夏の選挙が終わってからしばらくして、私が別の人と生きていきたいと思うようになってしまい、先週勝間さんに別れを切り出しました」と明かし、「添い遂げられなかったことはひとえに私自身の人間としての未熟さゆえのことです。 大きな愛で包んでくれていました。 勝間さんへの感謝は尽きません」とつづった。

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勝間和代の結婚歴は?娘・文香の大学を調査!

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当時最年少の19歳で公認会計士2次試験に合格。 学生結婚し、21歳で出産。 子育てしながら在学中に働き始め、卒業後はマッキンゼーやJPモルガン証券などでキャリアを積んだ。 2007年の独立後は、女性の生き方や働き方などについて矢継ぎ早に本を出して売れっ子に。 「カツマー」と呼ばれる熱心なファンも生まれた。 学生結婚を含めて2度結婚と離婚を繰り返し、3人の子どもがいる。 ワーキングマザーにして、ベストセラー作家。 明快な論理でマシンガンのように言葉を乱射し、目標を達成していくパワフルな女性。 これが世間のイメージだろう。 思うままの人生に見える勝間だが、封印してきた思いがある。 それが、同性に対する恋心だった。 「ダメなことと思ってた」 「高校のときも、大学のときも、女の子を好きになる感覚はありました。 でも、ダメなことだと思ってました。 男性も好きになるし、女性を好きな気持ちには蓋をしないといけない、と」 気持ちに蓋をしたまま、勝間は着実に成功の階段を登った。 2006年に出した初の単著「インディでいこう!」で描いた女性像そのままの独立した(インディペンデントな)ワーキングマザーとして、テレビでも盛んに取り上げられるようになっていく。 同窓会がきっかけの偶然の出会い その女性のことを知ったのは、2015年12月。 高校の同窓会でのことだった。 雑談の中で恩師が、その年の11月に渋谷区の同性パートナー制度第1号になったのは、この高校の卒業生だと口にした。 そんな子もいるんだ。 そういうニュースもあったな、と軽く聞き流した。 1ヶ月も経たないうちに、友人がフェイスブックにあげた写真に、その女性が写っているのを見つけた。 この人知ってるよ、高校の後輩なんだよ、と何の気なしに書き込んだ。 その友人の紹介で、勝間は増原裕子と知り合った。 レインボープライドへ 増原はレズビアンであることを公表し、LGBTに関する情報を発信する企業「トロワ・クルール」を設立したアクティビストだ。 同性パートナーシップ1号の登録相手である東小雪と公私共に活動していた。 増原にとっては、勝間はその著作を読み、働き方について学んできた尊敬の対象。 東と共に勝間の家の食事会に招かれ、勝間が運営するサロン「勝間塾」にも参加するようになった。 勝間にとっては、ほとんど知らなかったLGBTの世界。 増原に誘われ、日本最大のLGBTイベント「東京レインボープライド」の見学にも行った。 LGBT当事者や、その存在を理解し、支え合う仲間たちが集う祭典。 渋谷の街を行進するパレードにも参加し、多様性の素晴らしさを訴える列に加わった。 「実は私も... 」 「パレードのことも全然知らなかったんです。 日本も随分変わったんだって、驚きました。 開放的で、みんな、楽しそうで」 勝間塾でも増原が入ったことをきっかけに、LGBTに関するセミナーを開いた。 すると、メンバーの中で「実は私も」と当事者であることを明かす人が出てきた。 2015年の電通ダイバーシティ・ラボの調査によると、LGBTを含む性的少数者に該当する人は、調査対象者の7. 13人の1人の割合だ。 左利きの人や、AB型の人と同じくらいいる計算になる。 特別なことでもなければ、隠すことでもない。 そして、世界では続々と同性婚が合法化されていく。 そういうことを、勝間は増原を通じて学んでいった。 周囲に打ち明けられない 恋愛に関する本も書いてきた勝間は、これまで自分の男女交際についてもオープンに語ってきた。 しかし、女性との交際となると話が違った。 気にかかるのは、家族の反応だった。 交際を始めるときに、家族には打ち明けた。 見守ってくれている家族には、影響が出ないようにしたい。 勝間のセクシュアリティを定義するならば、男性も女性も恋愛の対象になる「バイセクシュアル」や、性別に関係なく人を好きになる「パンセクシュアル」かもしれない。 彼女はそうやって自分を定義づけることにあまり関心がない。 人生において、男性を愛したこともあり、今は増原を愛している。 愛したのは、その個人であり、性別ではない。 でも、世の中には、離婚した女性の再婚は祝福しても、その女性が同性と暮らすことには批判的な人もいる。 「自分のことだけだったら、もっとはっきり言えるんです。 でも、それだけじゃないですから」 友人たちにも増原のことはほとんど話さず、お互いに撮影したり、二人で一緒に写ったりした写真はネットにアップしないようにした。 「2人で旅行にも行けない」 同性を愛しているということ、一緒に暮らしているということを秘密にするのは大変な作業だ。 写真をアップしないだけでは止まらない。 勝間の仕事場でもある家に人が来るときには、増原は隠れなければいけなかった。 二人で食事をするときも、交際がバレるのではないかと気を使う。 そして、それぞれの分野で公に活動する二人が交際していることは、遅かれ早かれ、気づかれる可能性が高い。 増原の紹介で知り合ったLGBT当事者たちは、堂々と自分らしく生きていた。 その姿が眩しかった。 「いつまでも黙っていたら、友達に紹介もできない。 旅行にもいけない」 それは、自由に、自分らしく生きられないということだ。 カミングアウトして、自由に、自分らしく生きる。 愛する人と一緒に。 カミングアウト「心の氷が溶けた」 私は同性を好きだって、わざわざ公表をしないといけないって、本当は変ですよね。 私は左利きですって、いちいち公表しないのと一緒で。 でも、LGBTのカミングアウトには勇気がいる。 それこそが、偏見や差別が残っている証です。 私も同性を好きになる気持ちに蓋をしてきました。 自分の中の無意識の規範概念があったと思います。 それを超えると、何が起きるのかわからなかった。 でも、今は規範概念にとらわれて自分らしさを出せていない人に言いたい。 同性を好きになってもいいんだよ。 そのことに罪悪感を感じる必要はないんだよ。 LGBT当事者に対する反応でよくあるのが「普通じゃなくてもいいじゃない」。 だけど、同性愛は異常でもない。 普通という概念を広げよう、と言いたいです。 こういう風に思えるようになったのは、裕子さんだけじゃなくて、自分らしく生きているLGBTの人たちに会って、すごく素敵だったから。 私は裕子さんがいてくれたから、こうやってみんなに公表しようという気持ちになれた。 でも、多くの人はそうではないでしょう。 その人にも伝えたい。 仲間はたくさんいるんだよ、ということを。 すぐに何かが変わるのは難しい。 私も裕子さんに出会って、数年かけて、心の氷が溶けてきました。 このインタビュー記事が、誰かを元気づけて、何かのきっかけになればいいなと思います。

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