ペスト 小説。 カミュ「ペスト」の登場人物

『ペスト』だけじゃない 今だからこそ読んでおきたい「感染病小説」3つ

ペスト 小説

カミュ「 」は、1940年代にペストが流行したという設定の物語です。 出版年は1947年(作者34才の若さ! 名著ですが、文学的な言い回しも多く難解で読み進めるのに苦労したので、このブログで分かりやすいよう内容を要約しまとめしました。 後半は結末までのネタバレも含みます。 また、元々のページ数が多い作品なのでまとめた文章も多少長いものになっています。 以下では疫病の流行の段階に分けあらすじをまとめています。 (読みやすいよう独自に分けました) アルジェリアは物語当時はフランスの植民地です。 初期 ベルナール・リウーはアルジェリアの第二の都市オランに暮らす30代半ばの医師です。 1940年代のある年の4月半ば、彼の妻は病の転地療養のため家を離れます。 同じ時期、リウーは自宅周辺や街中で鼠のなきがらを目にするようになり、その後10日あまりでおびただしい数が街に溢れた。 またその頃から、リウーは不可解な症状で命を落とす患者に遭遇するようになり、その数はわずか数日で累増、看過できない人数になった。 各医師が把握する患者数は少なく、この時はまだ市民の間で疫病の流行は認識されていなかった。 (ペストは近世まで流行した伝染病) 翌日、リウーは県庁に保健委員会を招集してもらい、そこではじめて市長や医師の間でペスト発生が共通認識として持たれた。 (市長やメンバーはペストと認識することを渋っていた)翌日の新聞での扱いは小さく、県庁も目立たない所に張り紙をする位の注意喚起だった。 その日リウーに感染者数を報告しに来たグラン(リウーの昔の患者で市役所職員の初老男性)は、自傷騒ぎを起こした隣人で密売人のコタールの変化(急に社交的になった)を話した。 取り寄せ中の血清はリウーの元にまだ到着していなかった。 彼はその日、自分が恐怖に取りつかれていることを認識した。 人の温かさに触れたいと思いカフェに二度も入った。 感染拡大 翌日の診療は、忙しい往診の中、患者の家族と話し合ったり患者自身と言い争ったりすることで日が過ぎた。 リウーは自分の職業をこれほど重苦しいと感じたことはなかった。 (従来なら患者は治療に身をゆだねていたが、疫病の流行で警戒心が増していた) 市が用意した特別病室は、他の患者たちを移転させた分館病棟2つで、窓を密閉し隔離の遮断線を設けた程度のもので、公式発表もまだ楽観的だった。 リウーは病床不足や埋葬の警戒不足など懸念し、オラン医師会の会長リシャールに、徹底的な措置を取った方がいいと電話したが、自分には権限がないという返事だった。 3日後、80床の病床が満杯になった。 その後4日間犠牲者数は増え続け、幼稚園内に病床を開設することが報じられた。 不安を冗談に紛らわしてきた市民たちもひっそりとしてきたように思われた。 リウーは思い切って知事に電話し事態の深刻さを伝えたが、知事は総督府の命令を仰ぐと言った。 リウーは電話を切った後「命令待つんではなく頭働かせる時だ」とそばに居たカステル医師に言った。 知事は 本人いわく 翌日から措置の強化をすることにした(申告の義務制と隔離、患者が出た家の消毒や埋葬を市が営むなど) 翌日飛行便で血清が到着したが、もし疫病がまん延するのであれば数が不十分だった。 (救急用はストックが切れ今新たに製造に着手している状態) その間の街の様子はいつもと変わらず、ペストの患者数はいったん減り衰退したかのように思われた。 しかし突然犠牲者数が激増した。 (犠牲者の数が再び30台に達した) その日知事は、市の閉鎖を宣言した。 都市封鎖 都市封鎖 市門が閉鎖され、この時からこのことが全ての人の事件となった。 家族や愛する人と離れてしまった人は大切な人に思いを馳せ、県庁には自分だけ特別に都市の外に出ることを望む人が押し寄せたが、例外はなかった。 手紙は疫病の媒介となるのを防ぐため禁止、電話も緊急の場合のみに制限、電報だけが通信手段となった。 人々はあてもない散歩で過去を追憶、流通も止まり港の活気は消えてしまった。 人々はまだ疫病を真実には認めておらず、はじめは施政当局に罪を着せ、新聞には措置の緩和を考慮できないかという批判記事が載った。 すると知事はメディアに日々の犠牲者数を通達するようになり、ペストの第六週には犠牲者が345人まで増加したことが確認された。 しかし人々はまだ一時的なものという印象を持っていた。 しかし5月の終わりに食料補給が制限され、ガソリンは割り当て制に、電気代の節約も規定された。 贅沢品の店は次々に閉じ、開いている商店には行列ができた。 やる事のなくなった人が街やカフェに溢れ、アルコールで伝染病が防止できるのではと酔っ払いが街に溢れた。 また、コタールが疫病に関するさまざまな噂を話題にした。 (例えば、ペストの兆候を示した男が錯乱状態の中戸外に飛び出し、「俺はペストにかかった」とわめきながら通行人の女性に抱きついた、等) 市門閉鎖から3週間後、新聞記者の若い男・ランベールが医師リウーを訪れた。 (彼はかつてリウーに取材をしていて面識があった)恋人をパリに残していて何とか出国したいので、自分が罹患していない証明書を書いて欲しいと頼んだ。 リウーが断ると。 ランベールは「あなたには気持ちの通じ合っている二人が引き離されることがどんなものなのか分からないんだ」「あなたの言っているのは理性の言葉だ」と苛立った。 更なる感染者増加・リウーの戦い リウーが任されている分院 3つになっていた では週平均患者数が500に達し、運営は容易ではなかった。 帰宅して手が震えていることもあった。 彼は体が強く健康だったが、往診などは堪えがたいものになってきていた。 家族は患者を引き渡すことに抵抗し大変だったが、そのうち監察員が同行するようになり、医師は1人の患者からすぐ次へ回れるようになった。 往診では患者の家族の嘆きと涙にあい、それが幾週も続きリウーは同情にも疲れてしまっていた。 しかしその心の扉が閉ざされていくことが、唯一の慰めになっていた(毎回辛さを感じていたらとてもペストと戦い続けられないため)。 夜中二時に帰宅する彼を迎える母はそのことを悲しんだ(母は妻が不在の間めんどうを見るため家に来ていた) 教会では著名な神父パヌルーがペストの集団祈祷を主宰し、多くの市民が参加した。 (私達の罪により神から報いが与えられたという論調) 6月も終わりになり、夏が来ていた。 犠牲者は週700名と上昇し街は消沈した雰囲気で、全ての扉は閉じられ、いくつかの家からうめき声が聞こえた。 憲兵は騒動を収めるため武器の使用を許され町は不穏な空気で、夏は疫病を助長するだろうと皆が恐れていた。 海も禁止され夏を楽しむ雰囲気はなかった。 その頃から犠牲者数が週ではなく日で知らされるようになり(見せかけの数字を少なく見せるためと思われる)、感染防止するからとハッカドロップが売り切れになるなどした。 パリから届いた新しい血清は初めのものより効力がない様子で、統計は上昇し予防接種を行える可能性は相変わらず得られていなかった。 また肺臓性のペストもみられはじめていた。 保健隊の結成 その頃、リウーと顔見知りのタルーが、志願の保健隊を組織をリウーに提案した。 (タルー:疫病流行の少し前にオランに来た若い男で素性は謎。 新聞記者のランベールと同じホテルに滞在している)リウーは彼に兄弟のような親しみを感じ、心の内(職務に対する思いや神についての考え)を話した。 医師カステルは血清の製造に尽力した。 また、保健隊が実現し市職員のグランが幹事役的な立場を引き受けた。 (保健隊は、地区の衛生状態を高める活動や往診の手助け、専門職員がいない場合患者や犠牲者の車の運転などを行った) グランは仕事後の時間、活動の統計作業を行い、時々リウーやタルーに趣味の小説の執筆について話し、それがリウーらにとっても息抜きになった。 タルーはパヌルー神父も保健隊に誘い了承を得た。 一方、新聞記者のランベールはつてを頼り必死に出国手段を模索した。 しかしその間、ある意味彼女のことを忘れていたことに気づいた。 ある日リウーはタルーとランベールとの会話の中で、「ペストと戦う唯一の方法は誠実さ」「自分にとっては職務を果たすこと」と話した。 ランベールはその時初めて、彼の妻が離れた療養所にいることをタルーから聞き驚き、町にいる間保健隊で働くことを申し出た。 病疫の絶頂 8月半ばには町をペストが覆いつくした。 同時期、喪失と不幸で半狂乱になった人による火事が頻繁に起きた。 罪を犯すと刑罰を受けるが牢獄ではペストが猛威をふるっていた。 また略奪も発生した。 葬式は簡略化された。 葬るための作業には人員が必要だったが、多数の失業者が出ていたので人手不足にはならなかった。 愛する人との別れに苦しんでいた人々は、この頃には懐かしがる記憶も失った。 また人々は何も選り好みしなくなっていた。 (例えば自分の買う衣服や食料の質など) 5. 足踏み 足踏み 10月まで足踏みが続いた。 リウーと仲間たちはかなり疲労が増していた。 誰かが統計の結果を報告しても、他の人は興味を持つ振りはするが上の空だったり、虚弱なグランはしょっちゅう疲れ切った状態で、突然しんみりして別れた妻の話をし、リウーはそれに対し妻の病状の悪化を話した。 タルーは滞在していたホテルが隔離所に改造された為、リウーの家に住み込んでいた。 カステル医師は血清の準備による疲弊で気づくと眠り込んでいて、その老衰ぶりにリウーは辛さを感じた。 (そのようにリウーも理性がきかなくなっていた) みな疲労困憊で投げやりになっていて、自分達が定めた衛生規則もなおざりになっていた。 (自分自身に行うべき数多くの消毒を忘れるなど)そんな中グランの隣人コタールだけは憔悴した様子もなく、タルーは彼に興味を持っていた。 (コタールは罪をか抱えていたため、今の状況を快適に思っていた)彼ら2人は週一回だけ行われていたオペラを観に行ったが、劇中で主役が疫病で倒れた。 ランベールは待ち望んだ出国のチャンスを得たが、町に残ることを選んだ。 10月下旬、罹患した判事オトン氏の息子に、カステル医師の血清が試された。 その場にいたパヌルー神父は祈った。 しかし苦しみが長引いただけで命を落とした。 リウーは小さな子供の苦しむ姿に耐えられず庭に出た。 引き止めたパヌルーに対し、リウーは「あの子だけは少なくとも罪のない者でした、あなたもそれをご存じのはずです!」と激しくたたきつけるように言った。 パヌルーはリウーの憤りを理解しながらも、「おそらく我々は、私たちに理解できないことを愛さねばならないのです」と言った。 リウーは強く反論、その後怒ったことを詫びた。 保健隊に入ってから、パヌルー神父はつねに疫病に接する最前線で働いた。 (医療従事者は原則的には血清により安全を保証されていた)パヌルーは一見平静を保っていたが、少年が亡くなる場に長々と居た日から、増大する緊張の色が顔に現れていた。 パヌルーは、今度のミサの説教で自分の見解を述べるのでリウーにも来て欲しいと声を掛けた。 神父は2回目の説教をある大風の日に行った。 その後パヌルーは疫病と思われる症状が出て、医者を呼ぶことを拒み世を去った。 しかしみな再反転も警戒していた。 県庁が医師を集めこの問題について意見を求めようとしていたその時、医師会の会長リシャールも疫病に命を落とした。 公共的な建物はほぼ全て病院か検疫所に改造されている状態ではあったが、リウーが予め計画を立てておいた組織はそれで追いつかなくなるほどには至らなかった。 肺ペストが増えていたが、腺ペストが減り均衡を保っていた。 しかし必需品の物価がつり上がり、貧しい家庭が苦しい一方、裕福な家庭はほとんど不自由することはなかった。 また隔離収容所の存在も市民の精神に重くのしかかっていた。 11月の終わりのある日の夜10時頃、くたくたになるような一日の後、リウーは以前からの喘息持ちの患者の爺さんを往診、眺めがいいという2階のテラスに、 往診について来たタルーと一緒に上がらせてもらった。 外の空気を味わいながら、タルーはリウーに自分のことを話した。 (17才の時、次席検事の父が極刑で人を裁く姿を見て以来父を嫌いになり、家を出て貧乏も経験し社会運動にも参加したが、この社会に生きていることで間接的ながら自分も加害者側に立っているという思いに苦しんできた) そして、人を裁き極刑を与える人間になることを、ペストに感染することに比喩し、自分は直接でも間接でも人を死なせたり死なせることを正当化するいっさいのものを拒否しようと決心した、自分は以前からペストに苦しめられていた、と話した。 12月もペストの流行は続いていた。 人々はもう未来というもののない生活をしていた。 病の形態が肺ペストになり、患者たちは当初の頃のような狂乱に陥ることはなくある程度治療に協力的になり、リウーは前ほど孤独な気がしなかった。 ランベールは離れた恋人と文通するルートを得ていて、リウーもそのルートを使うよう勧めた。 リウーは妻にはじめて手紙を書いたが、言葉づかいなど忘れてしまっていて書くのに時間がかかった。 クリスマスの時期になり、市役所職員のグランがペストを発症した。 リウーは看病しながらも今晩中持たないと思っていた。 ところが翌朝グランの症状は改善していて、一命をとりとめた。 同時期、同じような例が4つくらい出ていた。 そして喘息持ちの爺さんが「鼠が走り回っているのを見た」とリウーに話した。 統計の感染者数は下降していた。 収束・結末 疫病の勢いの衰えに市民たちはすぐは喜ばず、解放は今日明日ではないと感じていた。 しかし想定されるより早く疫病は衰退していった。 1月上旬から寒い日が続き、3週間の間患者数は下降した。 犠牲が増えたと思ったら別の日にはほとんど助かったり、血清も連続的に効果をあげた。 この日の晩は市中に浮き浮きした興奮がみなぎった。 そんな中コタールだけは不機嫌さや意気消沈を見せ、以前のように部屋に引きこもったり、ついには行方をくらました。 しかし開門まであと数日の時、タルーが熱を出しペストにかかってしまった。 タルーは2,3日ペストと戦ったが、命を落とした。 リウーは、「友情をともにする間もなくタルーは戦いに負けてしまったが、自分は何をかちえたのか?」と考えた。 それは、ペストや、友情や愛情を知り、それを思い出すということだった。 タルーが苦しむ心の真実は分からなかったが、リウーには彼の面影が心に残った。 そして朝がた、妻が8日前に亡くなったという電報を平静に迎えた。 二月に入りとうとう市門が開かれた。 盛大な祝賀行事が昼夜開催され、汽車や港が動き始めた。 ランベールはオランにやって来た恋人と再会し抱き合った。 (ペストが長すぎて恋人に強く会いたいという気持ちは消えてしまっていて、できればあの時の自分に戻りたい、と思っていた)コタールは激しい抵抗の末、警察に捕まった。 リウーはいつもの喘息もちの爺さんを往診し、遠くで歓呼の叫びが聞こえたのでテラスに上がらせてもらい景色を眺めた。 暗い港から公式の祝賀の花火が上がった。 リウーは、自分が愛した人、死んだ者も罪人も忘れられ、人々は相変わらず同じようだ、そして自分が彼らと同じ側の人間なのだと感じた。 リウーはこの時、ここで終わりを告げる物語を書こうと決心した。 1913年生まれ。 フランス人入植者である父は幼少期に戦争で他界、貧しい中苦労して育つ。 様々な職を経た後新聞記者として活躍、戦争も経験、第一作の「異邦人」で注目を集める。 史上二番目の44才の若さでノーベル文学賞を受賞。 タレントのセインカミュさんはアルベール・カミュの兄の孫にあたるそうです。 また、カミュの作品はいずれも「不条理」がテーマと言われています。 また作品の背景としては世界大戦も大きく影響していると思います。 アルジェリアについて 小説ペストの舞台・アルジェリアはアフリカ大陸の北に位置し、アフリカ内での面積第一位、人口4220万人の国です。 フランスとは地中海を挟んで向かいの位置で、約130年のフランス植民地時代を経て1962年にフランスから独立。 砂漠が国土の大半を占め、石油や天然ガスが主要産業です。 アルジェリアに旅行とかはほとんど聞かないので国のイメージがあまりないのですが、イチジクの産地のようです(小説の中で、無花果の木が街に植わっているというのが時々出てきたと思います)あとわたしは数年前のプラントの事件のイメージがあります。 オランの街の様子は(いつの時代の写真か分かりませんが)文庫本の表紙の感じなのだと思います。 (物語の中で、町は台地の上に建設されていて風が強い時は激しく吹き込むと書いてありました).

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新型コロナの感染拡大でカミュの小説「ペスト」が予想外のヒット:日経クロストレンド

ペスト 小説

『ペスト』はのオランという町が舞台となっている。 ある年の4月、大量のネズミが路上に現れ死んでいくのが発見されるようになる。 静かな恐怖が市民たちを襲い、地元新聞は対策の必要を訴え始める。 その後しばらくたってから、役所はネズミの収集と火葬を開始した。 そのころ、医師リウーの暮らす建物で門番をしているミッシェル老人が、高熱を発して死亡する。 これと同様の症例がオラン市内のあちらこちらに現れるようになった。 医師リウーの同僚であるカステルは、これが腺ペストであることを確信する。 カステルとリウーは、ペストの疑いに対して真剣に取り組もうとしない役所やほかの医師たちに対して緊急の処置をするよう訴える。 しかし役所が対策を始めたのは、この伝染病がオランを完全に襲ってからだった。 市全体が封鎖され、市民たちはたちを離れ離れになり、その離別がいつになったら終わるのか分からない状況に追い込まれてしまう。 こういった状況の中、神父パヌルーは教会を訪れる信者たち対して厳格な説教を行い、「このペストはオランの持つ罪に対する神からの罰である」と説いた。 一方、新聞記者レイモン・ランベールはパリにいる妻のもとに戻ろうと、オランからの脱出を請願するが、当局が許可してくれない。 そこでランベールは、犯罪歴のあるコタールという人物と連絡を取り、彼の持つ裏社会とのつながりを利用して違法な方法でのオラン脱出を試みようとした。 そのころ医師リウー、彼と共にペスト対策に奔走するタルー、作家を志すグランたちは、ペストの脅威にさらされながらもオランの惨状とたたかい続けていた。 ランベールは違法ルートによる脱出計画を立て、実行は目前に迫った。 そのときランベールは、リウーの妻も(ペストではない)ある病気のために転地療養中であり、夫婦離れ離れになっていることを聞かされる。 ランベールは実行直前で脱出を取りやめ、リウーたちとともにペストとたたかう決心をした。 コタールは犯罪歴のある人物で、今まで逮捕・投獄の恐怖に苦しんでいた。 そんな彼はペストのまん延でオランの市民たちが混乱する様子を見て、恐怖に苦しんでいるのが自分一人でないことを感じ、安心を覚えていたのだった。 さらにコタールは、封鎖されたオランと外部との間で行われる密輸に手を出し、多額の富を貯えていた。 隔離状態が数か月にわたった結果、オラン市民の多くは自分ひとりの苦しみだけに取りつかれた状態を脱し、ペストがオラン市民全体に関わる災難であると考えるようになる。 そして市民たちは各自が社会的責任のもとで、ペストに対抗する活動に参加するようになった。 そのころ一市民であるオトン氏の幼い息子がペストに感染し、長期間の苦しみののち死亡した。 リウー医師はパヌルー神父に対し、オトンの息子は何の罪も負っていないのに犠牲になったのだ、と声を荒げる。 パヌルー神父はオトンの息子の死にショックを受け、あらためて説教を行い、このペストがオラン市民の罪に対する神からの罰であるという最初の説教を訂正する。 そしてクリスチャンは、神についてすべてを信じるか、またはすべてを信じないか、どちらかを選ばなくてはならないと説いた。 そのパヌルー神父もまたペストに侵されるが、医師の診察を拒み、神の手に自分の運命のすべてをゆだねる。 そして十字架を握りしめながら息を引き取った。 しかし、亡くなったパヌルー神父を調べたリウー医師は、その症状が今までのペストとは異なることに気づく。 そしてついにペストの大流行にも終わりが訪れたのである。 すると犯罪人コタールは、ふたたび自分だけが恐怖に苦しむことになるのを感じ、銃の乱射騒ぎを起こす。 また作家志望のグランはペストで苦しんでいたが回復し、新しい人生を始めることを誓う。 こうしてペスト流行が衰え始めたそのタイミングで、今まで医師リウーとともにペスト対策に奔走してきたタルーがペストに感染し、死亡する。 オランの封鎖が解かれると、新聞記者ランベールの妻は彼のもとにやってきて再会を果たす。 その一方で、リウー医師は彼の妻が療養先で亡くなったことを知らされた。 オランの市民は通常生活に戻っていった。 しかしリウーは、ペストとの戦いは終わっていないという。 の微生物は何年間も活動を休止したまま潜伏し、いつでも復活する可能性があるからだった。 <文庫本> <> moribayashitaro.

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カミュ「ペスト」の登場人物

ペスト 小説

カミュ『ペスト』基本情報 『ペスト』(La Peste)はアルベール・カミュによるフランスの小説。 1947年に刊行され、邦訳は新潮文庫で読むことができます。 第二次大戦中に発表された『異邦人』に続く小説。 ペストが蔓延した街を舞台に、カミュの探求する不条理の主題が淡々とした筆致で描かれています。 1956年、本作品を含めた文学的創作活動の功績がたたえられ、カミュは43歳の若さでノーベル文学賞を受賞しました。 しかし、それから4年後に不慮の交通事故(諸説あるようです)でこの世を去ります。 ちなみに、2012年にはそんな彼の自伝的遺作である 『最初の人間』が映画化されています。 監督はイタリアの名匠ジャンニ・アメリオ。 () カミュ『ペスト』あらすじ アルジェリア、地中海に面する オランの街。 ある朝、医師の ベルナール・リウーは一匹のネズミの死骸を目に留めます。 その日の夕方にも、血を吐いて倒れるネズミがまた一匹。 街中で起きる死骸騒ぎに、医師はいわくありげな予感を覚えます。 やがて、人々のあいだで謎の熱病が流行り出します。 いずれもリンパ腺の炎症をともなった患者たちを診て、リウーたち医師は ペストの襲来を知るのでした。 その死者はうなぎ上りに増え続け、ついに知事はオラン市の閉鎖を宣言。 こうして疫病との長い戦いが始まります。 最近街にやって来たという タルー、そして小説家志望の官吏 グランがリウーのもとに駆けつけ、ともに患者の治療にあたることに。 街全体が死の雰囲気に覆われるなか、自殺願望のあった犯罪者 コタールだけがひとり浮かれています。 新聞記者の ランベールは、愛する妻に会いに行くため市外への脱出を計画します。 門番を買収しようとする彼でしたが、リウーもまた市外に妻を残していることを知り、結局は考えを改めるのでした。 街に残ることを決めた彼は、リウーの仲間に加わってペストと戦います。 神父である パヌルーは、この災禍を神が与えた試練として教え説いていました。 しかし、教会にやって来る者たちは次第に減っていき、苦しみぬいた彼の息子も、そして最後にはパヌルー自身も死んでいきます。 やがて疫病は潮が引くように終息していきます。 閉鎖の解除を間近に控え、街が喧騒を取り戻していくなか、逃亡していたコタールは警察に捕まるのでした。 いまになってタルーはペストを患い、そのまま帰らぬ人となってしまいます。 リウーは療養中の妻が死んだことを電報で知らされます。 いつの日かペストがどこかの街に訪れることを予感しながら、彼は筆を擱くのでした。 カミュ『ペスト』解説 「神様じゃないんだから」 東京オリンピックの開催判断について、森元総理大臣が 「神様じゃないんだから、分からない」と答えましたが、それもある意味では至言かもしれません(救いがたい失言であることに変わりはないですが)。 パンデミックというのは終わりが見えないという点で、特異な空間を作り出してしまいます。 現代の医療技術をもってしても、明確な目算を立てることができないわけです。 それはまったく不条理であること極まりなく、ひとりの人間として神を持ち出したくなる気持ちも多少は理解できます。 とはいえ、カミュが考える 「不条理」とは、徹底して宗教を否定するところから始まるものです。 人間が理性では受け入れがたい出来事に直面したとき、神を信じることは一応の解決策になります。 事実、キルケゴールのような哲学者は神との関係を前提とすることで、人間の存在を規定しようとしました。 しかし、カミュはそうした超越者の存在を求めようとはしません。 不条理とは、あくまでも人間の立場から自己と向き合い、病気や戦争といった困難に立ち向かっていく思想です。 『ペスト』の主人公であるリウーのように、そこには実存的な ヒューマニズムと モラルの精神が宿っているのです。 「別離」と「追放」 『ペスト』が注目を集めている理由として、後手に回る行政を小説の内容と重ねるニュース記事も見受けられましたが、実際のところ、そのような描写はわずかなもの。 本作の主題に体制批判の意を汲み取るのはいささか無理があります。 むしろその主題の中心は、不条理なペストの蔓延によって引き起こされる 「別離」と 「追放」に集約されるといえるでしょう。 「別離」と「追放」とは何を意味するのでしょうか? もちろん愛する者を失うという意味で 「別離」であり、愛する世界から隔絶されるという意味で 「追放」です。 疫病に襲われたオランの街はひっそりと静まり返り、狂気に陥った一部の人間は自らの家に火をつけます。 あるいは新聞記者ランベールのように、自分ひとり街から脱出しようとする者も現れます(たしかに、彼の利己主義はマスクの供給をめぐる現在進行形の問題を想起させるかもしれません)。 愛を失うということは、 他者への想像力を失うことを意味します。 そしてそれは、人々の 孤立を促すことになってしまう。 はじめから愛を失っている孤独者コタールだけが、災禍によって水を得た魚のように活力を取り戻すというのは、もはや皮肉以外の何ものでもありません。 実際のところ、すべてが彼らにとって現在となっていたのである、ペストはすべての者から、恋愛と、さらに友情の能力さえも奪ってしまった。 なぜなら、愛は幾らかの未来を要求するものであり、しかもわれわれにとってはもはや刻々の瞬間しか存在しなかったからである。 『ペスト』269頁 こうして、オランの人々は「未来」と「愛」を失い、ただ 平板な時間だけを生きるようになります。 「連帯」の力 オランの人々が孤立に直面するなかで、カミュが最も重要視している 「連帯」の力が生まれます。 リウー医師とタルー、グランはともに手を携え、そこに態度をあらためたランベールも加わります。 彼らはヒューマニストであり、同時にモラリストとしても描かれる。 さらに言えば、彼らが ペンを手に取る者であることも、看過できない示唆を含んでいるように思えます。 この物語の語り手であるリウーはもちろん、タルーは手記をしたためており、グランは壮大な小説の書き出しを懸命に考えている。 そしてランベールはといえば、言うまでもなく新聞記者です。 手紙や電話といった手段が失われ、電報によってのみ外部と連絡ができるような状況において、彼らは徹底して 言葉を紡ぐ人間であろうとします。 不条理な病に対し、 理性的な連帯によって孤立を回復するのです。 「演劇の死」 封鎖されたオランの街中では、毎週オペラの公演が行われていました。 ここでも私たちは、逼迫した状況下における連帯の可能性を見出すことができます。 共同的な体験を通して他者への想像力を取り戻し、人間的な理性を回復すること。 それこそが今日の世界に無くてはならないもののように思えます。 『ペスト』で直接に示されているのは人間の 実質的な死ですが、そこには人々が連帯を失うことによって引き起こされる 形式的な死が含意されています。 語弊を恐れずにいえば、この二つの死は相補的なものであり、後者が極端に軽んじられるべきものではない。 むしろ形式的な「人間」の喪失によって、より多くの悲劇が生じることだって考えられるわけです。 だからこそ、コロナウイルスをめぐる政府の自粛要請に対して、劇作家の 野田秀樹が出した意見書()には一定の意義があるように感じられます。 ここで表面的に書かれているのは演劇関係者の収入に対する懸念ではあるのだけれども、実のところはもっと遠大な問題であるはずです。 現況を理解した上で、それでも いま、この時だからこそ演劇が必要であると考える者がいるのであれば、その上演を阻む理由などどこにもありません。 それを芸術家の身勝手と謗ることなど、いったい誰ができるのでしょうか。

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