ピンポン パン カータン。 酒井ゆきえ

酒井ゆきえ

ピンポン パン カータン

概要 [ ] の『』を意識し、番組の進行を「お姉さん」「お兄さん」などと呼んでいた。 また、のキャラクター・カータンや巨大な唇がトレードマークののキャラクター・デベロンも人気を集めた。 また、番組中からいくつか広く歌われるようになった歌も生まれており、中でも1971年発売の「 」はのチャートで1位となり、260万枚 を売り上げる大ヒットを記録し、1972年の童謡賞を受賞している(同曲を作曲したのオフィシャルサイトでは大雑把に200万枚以上 としている)。 番組名の由来は作曲の「」の登場人物で役の3人の大臣ピン・ポン・パンPing, Pong, Pangから [ ]。 毎回、番組のラストに新兵ちゃんの「おもちゃへいこう!」の掛け声を合図に、出演者の子供たちがスタジオセットの大木、「おもちゃの木」の節の中に用意されたおもちゃを取りに行く様子は、テレビの前の子供たちを羨ましがらせた(このコーナーは2代目お姉さんの時代から定着。 ただし、土曜日には無かった)。 1972年、第9回放送批評家賞()を受賞。 1975年からのお姉さん時代からは、子役グループの「」がレギュラーに加入、そして酒井時代後期からレギュラーによる、「にっこり町」を舞台にした町内コメディーをメインにする様になった。 1980年ごろから番組も低迷期に入る。 後年には、番組の支え役だった河童のキャラクター・カータンが1981年12月31日で卒業し、1982年1月4日から、新キャラクターのバビちゃんを迎えて番組イメージの刷新を図ったが、1982年3月31日に15年半の歴史に幕を閉じた。 最終回では歴代のお姉さん(初代の渡辺直子はVTR出演)や、坂本新兵・金森勢(初代お兄さんとして紹介された)・石村治樹・カータン・富山敬(ドンピー、ブチャ役)・富田耕生(デベロン、ワンダー・ワンタン役)や、番組グループのビッグ・マンモスとレディー・バッグ、音楽担当の服部克久などが出演、そして最後は全員で番組オリジナルソング「レッツゴーともだち」を歌い 、(井上)「さようなら〜!! 」(全員)「さようなら〜!! 」と叫ぶと、画面下部に「 『さようなら』のむこうは明日のとびら」のが表示されて大団円となった。 、番組初の化となる『ママとあそぼう! ピンポンパン DVD-BOX』が発売。 放送時間 [ ] 放送時間はいずれも。 また移動に関する番組は全て関東地区のもの。 平日 [ ]• 1966年10月 - 1968年3月:8:15 - 8:55• 1968年4月 - 1970年3月:8:00 - 8:45 7:00の 中断に伴い、8:15の『』と共に15分繰り上げ。 1970年4月 - 1971年9月:8:10 - 8:55 8:45の音楽系との枠交換で繰り下げ。 この時期が『みんなであそぼう〜』となっていた。 1971年10月 - 1974年3月:8:00 - 8:45 7:45の『』が1時間繰り下がったことで10分繰り上がり、1年半振りに元の枠に戻り、同時にタイトルも『ママとあそぼう〜』に戻された。 1974年4月 - 1975年9月:8:00 - 8:40 8:40にミニ番組が設置され、5分短縮。 1975年10月 - 1977年3月:7:45 - 8:15 8:15に『』が14:00から移動したため、15分繰り上げし、同時に10分縮小。 1977年4月 - 1982年3月:7:30 - 8:00 7:00の30分アニメ再放送枠が8:30に『』()と命名移動したため、7:30の『』や8:15の『ポンキッキ』と共に15分繰り上げ。 土曜日 [ ]• 1969年4月 - 1970年3月:8:00 - 8:45 平日版に2年半遅れて開始した。 1970年4月 - 1971年9月:8:10 - 8:55• 1971年10月 - 1974年3月:8:00 - 8:45• 1974年4月 - 1975年9月:8:00 - 8:40• 1975年10月 - 1978年3月:8:00 - 8:30 平日が『ポンキッキ』移動で繰り上がったのに対し、土曜日は8:30 - 9:00にドキュメンタリー『』を設置したため(『ポンキッキ』は土曜放送をしていない)、枠を10分縮小したのみのため、初めて平日と土曜の放送枠に差が生じた。 1978年4月 - 1980年3月:7:30 - 8:00 8:00に『チビッコ劇場』が土曜放送を開始したため、30分繰り上げ、2年半で平日・土は元の同枠放送に戻る。 1980年春の改編でワイドショー『』(制作)が、平日ワイドショー『』と共に30分繰り上げるのに伴い、『チビッコ劇場』 と『世界の先生たち』がそれぞれ30分繰り上がるため廃枠。 変遷 [ ] 期間 放送時間() 平日 土曜 1966. 10 1968. 03 8:15 - 8:55(40分) (放送なし) 1968. 04 1969. 03 8:00 - 8:45(45分) 1969. 04 1970. 03 8:00 - 8:45(45分) 1970. 04 1971. 09 8:10 - 8:55(45分) 1971. 10 1974. 03 8:00 - 8:45(45分) 1974. 04 1975. 09 8:00 - 8:40(40分) 1975. 10 1977. 03 7:45 - 8:15(30分) 8:00 - 8:30(30分) 1977. 04 1978. 03 7:30 - 8:00(30分) 1978. 04 1980. 03 7:30 - 8:00(30分) 1980. 04 1982. 03 7:30 - 8:00(30分) (廃枠 ) 出演者 [ ] 歴代のお姉さん役 [ ] お姉さん役は、フジテレビの若手女子アナウンサーが担当し、当時はアイドルアナウンサーの登竜門だった。 初代:(1966年10月3日 - 1971年10月2日)愛称は『直子おねえさん』• 2代目:(1971年10月4日 - 1975年4月5日)愛称は『恭子おねえさん』• 3代目:(1975年4月7日 - 1979年3月31日)愛称は『ゆきえおねえさん』• 4代目:(後に大野香菜(おおの かな)に改名、1979年4月2日 - 1981年4月3日)愛称は『かおりおねえさん』• 初代お兄さん:(1966年 - 1968年)• 2代目お兄さん: (1968年 - 1979年) - ダンサーで振り付け師・の父。 3代目お兄さん: (1979年10月 - 1982年3月) - の父。 他の出演者 [ ]• 新兵ちゃん:(1966年10月3日 - 1982年3月31日) - 唯一の皆勤者。 ガンちゃん: (1975年4月 - 1982年3月)• わじまさん:(1981年 - 1982年) - 主に工作コーナーを担当。 番組終盤の体操(「ピンポンパンディスコNo. 2」)にも参加していた。 (ほか所属、1975年 - 1982年)• レディー・バッグ(1981年- 1982年) - マイコ()、ヒロミ、カオリの少女三人組のユニット。 マスコット・人形劇キャラ [ ]• カータン:(1968年 - 1981年) - カッパのキャラクター。 声優だけではなく着ぐるみの中にも入って演技をしていた。 中程のCMに入る前のアイキャッチは原則としてカータンの担当だった。 1981年12月31日大晦日、カータンが『タカハタ山』に帰る事になったため、番組を卒業。 1982年3月31日の最終回に、3ヶ月ぶりに登場した。 デベロン: - 毛虫のキャラクター。 ダバダバダ3兄弟- 「ダバダバダショー」コーナーの主人公。 モンピー: - 3兄弟の長男。 イメージカラーは緑。 嫌味のない優等生キャラだが、少々抜けているところもある。 トンピー: - 3兄弟の次男。 イメージカラーは赤。 やんちゃ坊主だが根性があり、一度他の兄弟にはない活躍を見せている。 富山はのちに「ブチャ猫」の声もあてた。 ヤンピー: - 3兄弟の三男。 イメージカラーは橙。 明るく無邪気だが、それが元で他のキャラのひんしゅくを買うことも多い。 キャッホ: - 「ダバダバダショー」コーナーの脇役。 曲紹介などを担当だが、やたらうるさい。 ドルキー・フォン・ドルシャック: - 「ダバダバダショー」の脇役で敵役的な存在。 パクちゃん: - ヘビのキャラクター。 後に白髪以外全く同じのパクちゃんのおばあちゃんも登場する。 ボンボちゃん : - 赤鬼の子のキャラクター。 「いっちにぃのさん、ボンボちゃ〜ん! 」というお姉さんのかけ声で登場していた。 バビちゃん: - 5代目:井上佳子時代、最末期に当たる1982年1月4日に登場。 ウサギのキャラクター。 1982年3月31日の最終回まで出演。 刑事ジャガー:富山敬 - マスコットではないが、番組中期にあったコーナー内で紹介された推理もの紙芝居の主人公キャラ。 刑事ジャガーは劇画調のの頭部ないしをしたのキャラクターで、富山が二枚目風で演じ、を彷彿させた。 悪役コンビ - 末期の番組前半のコーナーで行われた「? 」と書かれた扉から人質を助けるゲームで、「かめん」(声:黒部駄夢)と「ジョリジョリマン」 声:石原澄雄)がとして活躍している。 「むしばかめん」と「ジョリジョリマン」は番組オリジナル曲『オレたち虫ジョリ族』の題材になり、番組内で歌われている。 トッポ・ジージョ(声:)- 3代目:酒井ゆきえ時代の1978年、「トッポ・ジージョ」の人形劇コーナーに出演。 番組中で使われた歌 [ ] 番組オリジナル曲 [ ] あ行• 青空特急(作詞:石原信一、作曲・編曲:すぎやまこういち)• あつまりましたよッ!ピンポンパン(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• (作詞:山元護久、作曲:小林亜星、編曲:青木望)• バビューン! (作詞・作曲:森雪之丞、編曲:あかのたちお)• あの子の心はボクのもの(作詞:荒井由実、作曲:村井邦彦、編曲:瀬尾一三)• あの字(作詞・作曲:、編曲:瀬尾一三)• アメリカ生まれの日本の子(作詞・作曲:、編曲:千代正行)• いいんだいいんだソング(作詞:、作曲:)• いなずまロック(作詞:、作曲・編曲:)• イヤイヤマン(作詞:、作曲・編曲:)• 海のだいかぞく(作詞・作曲:みなみらんぼう、編曲:田辺信一)• (作詞:荒木とよひさ、作曲:、編曲:馬飼野康二)• おどってみようよ(作詞:、作曲:服部克久)• ポンキッキ』で使われた曲とは同名異曲。 歌詞には「」が登場している。 おやすみなさいは一度だけ(作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久) か行• かたづけサッサッサッ(作詞:、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志)• 風がふけば風がふく(作詞:伊藤アキラ、作曲・編曲:井上忠夫)• 君にタッチダウン(作詞:石原信一、作曲・編曲:森田公一)• 黄色い自転車(作詞・作曲:)• キュルルピア(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• グッド・モーニング(作詞:石原信一、作曲・編曲:すぎやまこういち)アニメは月岡貞夫、発音指導は• (作詞:伊藤アキラ、作曲:森田公一、編曲:高田弘) さ行• ザ・しりとり(作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:)• サンボのジャングル大通り(作詞:杉紀彦、作曲・編曲:服部克久)• (作詞:前川忠司、作曲:八木正生)• ジージョのはつこい(作詞・作曲:たきのえいじ、編曲:服部克久)• ジャストンピン(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• シャンプーマン(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• スープはいかが(作詞:石川 良、作曲:杉本真人、編曲:高田弘)• すてきな感情(作詞:ちあき哲也、作曲:筒美京平、編曲:萩田光雄)• (作詞:森雪之丞、作曲・編曲:宮川泰)• ズルッとな(作詞:榎 雄一郎、作曲・編曲:服部克久)• そばかすつけた女の子(作詞:山元護久、作曲・作曲:服部克久) た行• たんぽぽの風船(作詞:、作曲・編曲:馬飼野俊一、アニメ:)• タンタンはやしうた(作詞:中村しのぶ、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志)• (作詞・作曲:みなみらんぼう、編曲:萩田光雄)• ドロンコマーチ(作詞:橋本淳 、作曲:)• ドロンチョドロドロヨゴラッタ(作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志)• とんがらし(作詞・作曲:、編曲:服部克久)• ともだちいっぱいピンポンパン(作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久)• ドリーム・ボーイ(作詞・作曲:、編曲:小笠原 寛) な行• ないないづくし(作詞:、作曲:、絵:) は行• パジャママンのうた(作詞:阿久悠、作曲:森田公一、編曲:丸山雅仁)《酒井ゆきえバージョン》• ハチャメチャ音頭(作詞・鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久)• 花火のうた(作詞・作曲:たきのえいじ、編曲:木田高介)• パンダちゃん(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• ピッピ・ビューティー(作詞:、作曲・編曲:服部克久)• 火の玉ロック(作詞:石原信一、作曲:すぎやまこういち、編曲:あかのたちお)• ピンクのバニー(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• ピンポンパンおうえん歌(作詞:山元護久、作曲・編曲:越部信義)• また、1971年版を「ピンポンパン体操(ずんずん…)」、1972年版を「ピンポンパン体操(そっくり…)」と表記されたこともある。 (作詞:阿久悠、作曲:小林亜星)• ピンポンパンだよ! ピン(作詞:山元護久、作曲:、編曲:松山祐士)3代目:酒井ゆきえがデビューした1975年頃の番組のテーマ曲。 ピンポンパンディスコNo. ピンポンパンのうた(作詞:山元護久、作曲:渡辺岳夫)• ピンクの貯金箱(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• (作詞:荒木とよひさ、作曲・編曲: )• へそくり音頭(作詞:岡田冨美子、作曲・編曲:三沢 郷)• ぼくとドラねこ(作詞:山元護久、作曲・編曲:あかのたちお)• ぼくひとりっこ(作詞:冬杜花代子、作曲・編曲:服部克久)• ぼくらのジャガー(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• ぼくらは未来のベーブ・ルース(作詞:(視聴者の作品を募集した企画「うたをありがとう」の入選作)、補作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• 星物語(作詞:橋本 淳、作曲・編曲:すぎやまこういち) ま行• (作詞:、作曲:、編曲:クニ河内) や行• 屋根にのぼれば(作曲:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久)• ゆくぞ! ビッグ・マンモス(作詞:石原信一、作曲・編曲:すぎやまこういち) ら行• ロボラボ・ピンポンパン(作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、編曲:鈴木慶一) その他の楽曲 [ ] 童謡以外の、歌謡曲や洋楽のポピュラー・ソングを原曲とする曲が多くみられる。 洋楽の中には、日本で一般に知られている訳詞ではなく、子供向けの詞がつけられたものもある。 「」で取り上げられた曲と重なるものも多い。 (元はの曲)• (元はザ・ビートルズの曲)• (作詞:、作曲:の童謡)• うさぎのダンス(作詞:、作曲:の童謡)• (元はの曲。 イラストは)• (作詞:、作曲:の童謡)• (元はザ・ビートルズの曲)• (元はの曲。 1・2番の後半とコーダはカット)• (作詞:、補作詞:、作曲:の童謡)• オレンジ村から春へ(元はの曲)• (酒井時代にはブチャとワンタンがの扮装で登場、「アヒルが人間に追われる」場面では、『』のワンフレーズを使用)• (第11回ゼッキーノ・ドーロ入賞曲)• (元はの曲)• ことりのうた• そよ風に乗って(元はの楽曲)• (映画『』の主題歌)• (元はの曲、アニメは月岡貞夫)• (元は ()の曲)• 日曜日に雨はいらない(ミュージカル『』より)• パパはママが好き(1960年に (、)、らの競作で発表された曲)Papa Aime Maman• 春よ来い(作詞:、作曲:の童謡)• (の『』より)• (元はの曲)• 負けるもんか(作詞:、作曲:) I A'INT DOWN YET• (作詞: () 作曲: ())第5回ゼッキーノ・ドーロ優勝曲• (『』 の主題歌のカバー など、童謡多数 CD [ ]• 、から「ママとあそぼう! ピンポンパン ベスト・セレクション」が発売。 石毛時代以降の曲(主に主題歌と体操)を収録した。 なお渡辺時代の楽曲は未収録。 、からCD「ママとあそぼう! ピンポンパン SONG COLLECTION」シリーズが発売。 まずにビッグ・マンモスによる楽曲を集めた「ママとあそぼう! ここでも渡辺時代の楽曲は未収録。 備考 [ ]• 『』では「ピンポンパン体操」をパロディにしたコント「パイのパイのパイ体操」が放送されていた。 『』のオープニングテーマ「」は、「ピンポンパン体操」をモチーフにした楽曲である。 作家でコラムニストのが酒井ゆきえにカータンについて質問したところ、酒井は第一声で「あのエロガッパね! 」と返し、収録中に臀部を触られていた事を明かした。 「パジャママンのうた」を原案にしたの漫画作品『』が、1973年 - 1974年にかけての幼児向け雑誌に連載された。 アニメ化の予定もあったが、実現しなかった。 漫画は原作名が作詞した、連載が講談社と言う藤子不二雄作品でも異色の顔ぶれとなっている。 2000年、カータンのキャラクター商品がリバイバルで発売された。 渡辺時代には番組終了後、当時の番組スポンサーの一つであるのを放送、番組に参加した子供たちに、ポッカレモンから作ったソフトドリンクを振る舞うというタイアップCMだった。 1980年3月まで放送されていた土曜日版は、幼児が幼稚園・保育園単位で出演していた。 また土曜のみのコーナーとして、「おはなしおじさん」朗読による「おはなしコーナー」が存在していた。 1974年 - 1979年には、1980年代のフジテレビ躍進の立役者であるがプロデューサーを務めた。 酒井時代の1975年5月2日には、がフジテレビ全番組に出演するイベント『』の一環として、小川宏が出演した。 酒井が『ママとあそぼう! ピンポンパン』の3代目おねえさんとしてデビューして、まだ間もない頃であった。 酒井時代の1976年10月、『ママとあそぼう! ピンポンパン』が放送10周年を迎えた。 1976年10月18日・1976年10月19日の『ママとあそぼう! なおこれより前の10月5日には、『』でも番組10周年を記念して、3代おねえさんが出演した。 酒井時代の1976年12月31日の『ママとあそぼう! ピンポンパン』では、1976年の締めくくりとして「1976 ピンポンパン紅白歌合戦」を開催した。 審査員として、シンガーソングライター・フォークシンガーの、女優・タレントのが出演した。 酒井時代の1977年4月8日には、がフジテレビ全番組に出演するイベント『』の一環として、萩本欽一が出演した。 酒井がお姉さんだった時代、1976年から1978年までの毎年12月31日には、酒井も出演した子供向け年末特別番組『』が放送され、1976年には『』のと、1977年は『』(第2期)の萩本欽一とと、それぞれ共演した。 また酒井時代の1978年には、放送の期首特番『』に出演し、『ポンキッキ』のガチャピンとムック、そして当時のレギュラーである・はせさん治(当番組にも出演有り)・と共演した。 そして番組では双方のヒット曲を番組出演者たちと歌い、最後は皆で「ピンポンパン体操」と踊った事が有った。 2007年12月6日放送の「」において、がお姉さん役となりピンポンパン体操が番組内で再現された。 この時の石原の衣装は、3代目お姉さんである酒井ゆきえバージョンのものを再現していた。 1978年頃、番組の枠内でイタリアの人気キャラクター「」の人形劇コーナーが設けられていた。 声はが担当した。 関東地区では放送開始から1年半後の1968年4月から、平日17:00枠で当日放送分の再放送が行われていた。 再放送は1978年9月に打ち切られた後、1979年10月から平日16:30枠で再開されたが、年内に打ち切った。 なお、土曜版は一貫して再放送されなかった。 また、1974年と1975年の夏には、特別編成として『』(1974年)と『(第1作)』(1975年)がそれぞれ再放送されていたことから、その間は当番組の再放送は休止された。 放送局(1966年の放送開始から1982年の終了まで) [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年3月) 系列はネット終了時のもの。 放送対象地域 放送局 系列 備考 制作局 1972年1月14日のサービス放送開始から番組終了まで TBS系列 現・IBC岩手放送 1972年10月から1973年9月時点は、月曜 - 金曜 17:00 - 17:45に放送。 フジテレビ系列 テレビ朝日系列 1969年10月開局から番組終了まで。 1971年8月から1973年9月時点は同時ネット。 フジテレビ系列 1970年4月開局から番組終了まで。 1971年8月から1973年9月時点は同時ネット。 フジテレビ系列 1967年10月から番組終了まで同時ネット。 フジテレビ系列 テレビ朝日系列 1971年4月 - 1971年9月に放送。 月曜 - 金曜 17:00 - 17:45 TBS系列 フジテレビ系列 1973年4月から1975年3月まで放送。 月曜 - 金曜 10:55 - 11:40(1973年4月 - 1973年12月) 月曜 - 金曜 10:45 - 11:30(1974年1月 - 1974年3月) 月曜 - 木曜 10:45 - 11:25(1974年4月 - 1975年3月) フジテレビ系列 テレビ朝日系列 現・NST新潟総合テレビ 1971年10月25日 から番組終了まで。 ピンポンパン』のリメイク番組として放送された子供向けテレビ番組である。 放送前に公表された仮題は「 デジタルピンポンパン」であった。 放送時間は毎週月曜 - 金曜 18:00 - 18:30 (日本時間)。 再放送は毎週月曜 - 金曜 8:00 - 8:30 (日本時間)。 BSフジ開局に伴い平日の夕方と朝を中心に編成された子供向け番組群の1つである。 同時期に放送された子供向け番組には『PLAY ROOM』『Myポンキッキーズ』『』『 』などがある。 番組内容 [ ] 番組進行を務めるお兄さんとして、お姉さんには、アシスタントのお兄さんとして山元全、高橋竜大が出演した。 番組キャラクターは熊のビンゾー。 花田を除いた3人は音楽ユニットのメンバーである。 番組のオープニングはスタジオで出演者と子供達が一緒にピンポンパン体操を踊る。 花田が元大相撲力士だったことから、この版では歌詞の「 」は「 お相撲さん」に改変された。 その後はお兄さんお姉さん達がゲームやクイズをするコーナー、『』で放送された歌やショートアニメ、著名人が幼稚園や保育園に赴き子供達と料理や工作などをする様子を撮影したレポートなどで占められた。 『ママとあそぼう! ピンポンパン』と内容は異なり、『ポンキッキーズ』のコンテンツやキャラクターを流用・共用した再編集番組の傾向が強い。 同時に放送されたでは、リモコンのボタンを押すことでタンバリン・トライアングル・カスタネットの音色をテレビの音声に重ねて出すことができた。 これらの電子打楽器は番組内で歌や音楽が放送された際に、視聴者の幼児も一緒に演奏をしてもらおうという意図の下で制作されたものである。 夕方の 前番組 番組名 次番組• 同日には同じく平日朝の『』も終了している。 2番の時は、や内の番組スタッフがカットインされた。 このエンディングは、に同局で放送された『人気バラエティ最終回 感動の大特集』(『』に伴い急遽編成された番組)で放送(同日終了の『小川宏ショー』も放送)、番組では放送当時のお姉さん・本間淳子(井上佳子)がゲスト出演した。 なお『起きてますか』は当番組と同日に開始。 『ニュース7:30』は『サンケイテレビ朝刊』に再度改題。 『チビッコ劇場』は『小川宏ショー』繰り上げに伴い、平日放送を廃止して土曜限定に変更された。 『』を放送。 それまで北海道のフジテレビ系放送局であったでは未放送。 1981年以前はフジテレビ系列フルネット局。 1975年4月から1980年3月31日まではフジテレビ系列・テレビ朝日系列クロスネット。 現在はテレビ朝日系列フルネット。 1981年3月まではフジテレビ系列・日本テレビ系列・テレビ朝日系列トリプルネット。 平日の全日放送開始とともにネット開始。 ただし、当初は17時からの放送だった。 1979年3月31日まではテレビ朝日系列とのクロスネット。 1978年9月30日までは日本テレビ系列フルネット。 早朝放送に移行後も放送していたが、1979年3月からスタートした系列の朝の情報番組『』をネットすることになったために打ち切りとなった。 テレビ長崎と同じ理由で月 - 金は打ち切り• テレビ長崎と同じ理由で打ち切り 出典 [ ]• 「ピンポンパン体操の歌のレコード 二週間で三十万枚 視聴率も押し上げる」『』1972年1月21日付朝刊、23頁。 「子どもにもてもて ピンポンパンの金森勢 ママよりおにいさんの一言」『読売新聞』1972年3月22日付夕刊、7頁。 2014年11月14日閲覧。 ORICON STYLE. 2013年2月19日. 出典:「タイムテーブルからみたフジテレビ35年史」(フジテレビ編成局調査部)31 - 91頁 1994年• 金森勢(かなもり せい、本名・金森松里。 - 出身。 宮澤芳春(みやざわ・よしはる、本名・同じ。 - 出身。 石村治樹(いしむら はるき、本名・石村正夫(いしむら まさお))。 2002年6月24日死去、享年53歳。 ただし、同書では「お姉さん」の実名の記載はない。 『』1972年10月16日 - 1973年9月7日付朝刊テレビ欄。 『』1967年10月2日 - 10月27日、1982年3月1日 - 3月31日付朝刊テレビ欄。 『福島民報』1971年4月5日 - 1971年9月30日付朝刊、テレビ欄。 『福島民報』1973年4月3日 - 1975年3月24日付朝刊、テレビ欄。 『長野放送二十年の歩み』(1989年5月25日、長野放送発行)174pより。 関連項目 [ ]• (以上の番組は、ピンポンパンとともにフジテレビが制作した子供向け番組)• (1988年3月31日に同局で放送。 ミニコーナー「 ピンポンパンですよ〜! 」では歴代のお姉さんを紹介、そして「集まれ! フジっ子No. 1クイズ」の賞品プレゼンターにはカータンが出演した)• (放送開始当時のフジテレビ社長)• (の『』との視聴率競争).

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2018年03月|ピンポンパン カータンのヤフオク!の相場・価格を見る|ヤフオク!のピンポンパン カータンのオークション売買情報は7件が掲載されています

ピンポン パン カータン

概要 [ ] の『』を意識し、番組の進行を「お姉さん」「お兄さん」などと呼んでいた。 また、のキャラクター・カータンや巨大な唇がトレードマークののキャラクター・デベロンも人気を集めた。 また、番組中からいくつか広く歌われるようになった歌も生まれており、中でも1971年発売の「 」はのチャートで1位となり、260万枚 を売り上げる大ヒットを記録し、1972年の童謡賞を受賞している(同曲を作曲したのオフィシャルサイトでは大雑把に200万枚以上 としている)。 番組名の由来は作曲の「」の登場人物で役の3人の大臣ピン・ポン・パンPing, Pong, Pangから [ ]。 毎回、番組のラストに新兵ちゃんの「おもちゃへいこう!」の掛け声を合図に、出演者の子供たちがスタジオセットの大木、「おもちゃの木」の節の中に用意されたおもちゃを取りに行く様子は、テレビの前の子供たちを羨ましがらせた(このコーナーは2代目お姉さんの時代から定着。 ただし、土曜日には無かった)。 1972年、第9回放送批評家賞()を受賞。 1975年からのお姉さん時代からは、子役グループの「」がレギュラーに加入、そして酒井時代後期からレギュラーによる、「にっこり町」を舞台にした町内コメディーをメインにする様になった。 1980年ごろから番組も低迷期に入る。 後年には、番組の支え役だった河童のキャラクター・カータンが1981年12月31日で卒業し、1982年1月4日から、新キャラクターのバビちゃんを迎えて番組イメージの刷新を図ったが、1982年3月31日に15年半の歴史に幕を閉じた。 最終回では歴代のお姉さん(初代の渡辺直子はVTR出演)や、坂本新兵・金森勢(初代お兄さんとして紹介された)・石村治樹・カータン・富山敬(ドンピー、ブチャ役)・富田耕生(デベロン、ワンダー・ワンタン役)や、番組グループのビッグ・マンモスとレディー・バッグ、音楽担当の服部克久などが出演、そして最後は全員で番組オリジナルソング「レッツゴーともだち」を歌い 、(井上)「さようなら〜!! 」(全員)「さようなら〜!! 」と叫ぶと、画面下部に「 『さようなら』のむこうは明日のとびら」のが表示されて大団円となった。 、番組初の化となる『ママとあそぼう! ピンポンパン DVD-BOX』が発売。 放送時間 [ ] 放送時間はいずれも。 また移動に関する番組は全て関東地区のもの。 平日 [ ]• 1966年10月 - 1968年3月:8:15 - 8:55• 1968年4月 - 1970年3月:8:00 - 8:45 7:00の 中断に伴い、8:15の『』と共に15分繰り上げ。 1970年4月 - 1971年9月:8:10 - 8:55 8:45の音楽系との枠交換で繰り下げ。 この時期が『みんなであそぼう〜』となっていた。 1971年10月 - 1974年3月:8:00 - 8:45 7:45の『』が1時間繰り下がったことで10分繰り上がり、1年半振りに元の枠に戻り、同時にタイトルも『ママとあそぼう〜』に戻された。 1974年4月 - 1975年9月:8:00 - 8:40 8:40にミニ番組が設置され、5分短縮。 1975年10月 - 1977年3月:7:45 - 8:15 8:15に『』が14:00から移動したため、15分繰り上げし、同時に10分縮小。 1977年4月 - 1982年3月:7:30 - 8:00 7:00の30分アニメ再放送枠が8:30に『』()と命名移動したため、7:30の『』や8:15の『ポンキッキ』と共に15分繰り上げ。 土曜日 [ ]• 1969年4月 - 1970年3月:8:00 - 8:45 平日版に2年半遅れて開始した。 1970年4月 - 1971年9月:8:10 - 8:55• 1971年10月 - 1974年3月:8:00 - 8:45• 1974年4月 - 1975年9月:8:00 - 8:40• 1975年10月 - 1978年3月:8:00 - 8:30 平日が『ポンキッキ』移動で繰り上がったのに対し、土曜日は8:30 - 9:00にドキュメンタリー『』を設置したため(『ポンキッキ』は土曜放送をしていない)、枠を10分縮小したのみのため、初めて平日と土曜の放送枠に差が生じた。 1978年4月 - 1980年3月:7:30 - 8:00 8:00に『チビッコ劇場』が土曜放送を開始したため、30分繰り上げ、2年半で平日・土は元の同枠放送に戻る。 1980年春の改編でワイドショー『』(制作)が、平日ワイドショー『』と共に30分繰り上げるのに伴い、『チビッコ劇場』 と『世界の先生たち』がそれぞれ30分繰り上がるため廃枠。 変遷 [ ] 期間 放送時間() 平日 土曜 1966. 10 1968. 03 8:15 - 8:55(40分) (放送なし) 1968. 04 1969. 03 8:00 - 8:45(45分) 1969. 04 1970. 03 8:00 - 8:45(45分) 1970. 04 1971. 09 8:10 - 8:55(45分) 1971. 10 1974. 03 8:00 - 8:45(45分) 1974. 04 1975. 09 8:00 - 8:40(40分) 1975. 10 1977. 03 7:45 - 8:15(30分) 8:00 - 8:30(30分) 1977. 04 1978. 03 7:30 - 8:00(30分) 1978. 04 1980. 03 7:30 - 8:00(30分) 1980. 04 1982. 03 7:30 - 8:00(30分) (廃枠 ) 出演者 [ ] 歴代のお姉さん役 [ ] お姉さん役は、フジテレビの若手女子アナウンサーが担当し、当時はアイドルアナウンサーの登竜門だった。 初代:(1966年10月3日 - 1971年10月2日)愛称は『直子おねえさん』• 2代目:(1971年10月4日 - 1975年4月5日)愛称は『恭子おねえさん』• 3代目:(1975年4月7日 - 1979年3月31日)愛称は『ゆきえおねえさん』• 4代目:(後に大野香菜(おおの かな)に改名、1979年4月2日 - 1981年4月3日)愛称は『かおりおねえさん』• 初代お兄さん:(1966年 - 1968年)• 2代目お兄さん: (1968年 - 1979年) - ダンサーで振り付け師・の父。 3代目お兄さん: (1979年10月 - 1982年3月) - の父。 他の出演者 [ ]• 新兵ちゃん:(1966年10月3日 - 1982年3月31日) - 唯一の皆勤者。 ガンちゃん: (1975年4月 - 1982年3月)• わじまさん:(1981年 - 1982年) - 主に工作コーナーを担当。 番組終盤の体操(「ピンポンパンディスコNo. 2」)にも参加していた。 (ほか所属、1975年 - 1982年)• レディー・バッグ(1981年- 1982年) - マイコ()、ヒロミ、カオリの少女三人組のユニット。 マスコット・人形劇キャラ [ ]• カータン:(1968年 - 1981年) - カッパのキャラクター。 声優だけではなく着ぐるみの中にも入って演技をしていた。 中程のCMに入る前のアイキャッチは原則としてカータンの担当だった。 1981年12月31日大晦日、カータンが『タカハタ山』に帰る事になったため、番組を卒業。 1982年3月31日の最終回に、3ヶ月ぶりに登場した。 デベロン: - 毛虫のキャラクター。 ダバダバダ3兄弟- 「ダバダバダショー」コーナーの主人公。 モンピー: - 3兄弟の長男。 イメージカラーは緑。 嫌味のない優等生キャラだが、少々抜けているところもある。 トンピー: - 3兄弟の次男。 イメージカラーは赤。 やんちゃ坊主だが根性があり、一度他の兄弟にはない活躍を見せている。 富山はのちに「ブチャ猫」の声もあてた。 ヤンピー: - 3兄弟の三男。 イメージカラーは橙。 明るく無邪気だが、それが元で他のキャラのひんしゅくを買うことも多い。 キャッホ: - 「ダバダバダショー」コーナーの脇役。 曲紹介などを担当だが、やたらうるさい。 ドルキー・フォン・ドルシャック: - 「ダバダバダショー」の脇役で敵役的な存在。 パクちゃん: - ヘビのキャラクター。 後に白髪以外全く同じのパクちゃんのおばあちゃんも登場する。 ボンボちゃん : - 赤鬼の子のキャラクター。 「いっちにぃのさん、ボンボちゃ〜ん! 」というお姉さんのかけ声で登場していた。 バビちゃん: - 5代目:井上佳子時代、最末期に当たる1982年1月4日に登場。 ウサギのキャラクター。 1982年3月31日の最終回まで出演。 刑事ジャガー:富山敬 - マスコットではないが、番組中期にあったコーナー内で紹介された推理もの紙芝居の主人公キャラ。 刑事ジャガーは劇画調のの頭部ないしをしたのキャラクターで、富山が二枚目風で演じ、を彷彿させた。 悪役コンビ - 末期の番組前半のコーナーで行われた「? 」と書かれた扉から人質を助けるゲームで、「かめん」(声:黒部駄夢)と「ジョリジョリマン」 声:石原澄雄)がとして活躍している。 「むしばかめん」と「ジョリジョリマン」は番組オリジナル曲『オレたち虫ジョリ族』の題材になり、番組内で歌われている。 トッポ・ジージョ(声:)- 3代目:酒井ゆきえ時代の1978年、「トッポ・ジージョ」の人形劇コーナーに出演。 番組中で使われた歌 [ ] 番組オリジナル曲 [ ] あ行• 青空特急(作詞:石原信一、作曲・編曲:すぎやまこういち)• あつまりましたよッ!ピンポンパン(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• (作詞:山元護久、作曲:小林亜星、編曲:青木望)• バビューン! (作詞・作曲:森雪之丞、編曲:あかのたちお)• あの子の心はボクのもの(作詞:荒井由実、作曲:村井邦彦、編曲:瀬尾一三)• あの字(作詞・作曲:、編曲:瀬尾一三)• アメリカ生まれの日本の子(作詞・作曲:、編曲:千代正行)• いいんだいいんだソング(作詞:、作曲:)• いなずまロック(作詞:、作曲・編曲:)• イヤイヤマン(作詞:、作曲・編曲:)• 海のだいかぞく(作詞・作曲:みなみらんぼう、編曲:田辺信一)• (作詞:荒木とよひさ、作曲:、編曲:馬飼野康二)• おどってみようよ(作詞:、作曲:服部克久)• ポンキッキ』で使われた曲とは同名異曲。 歌詞には「」が登場している。 おやすみなさいは一度だけ(作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久) か行• かたづけサッサッサッ(作詞:、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志)• 風がふけば風がふく(作詞:伊藤アキラ、作曲・編曲:井上忠夫)• 君にタッチダウン(作詞:石原信一、作曲・編曲:森田公一)• 黄色い自転車(作詞・作曲:)• キュルルピア(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• グッド・モーニング(作詞:石原信一、作曲・編曲:すぎやまこういち)アニメは月岡貞夫、発音指導は• (作詞:伊藤アキラ、作曲:森田公一、編曲:高田弘) さ行• ザ・しりとり(作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:)• サンボのジャングル大通り(作詞:杉紀彦、作曲・編曲:服部克久)• (作詞:前川忠司、作曲:八木正生)• ジージョのはつこい(作詞・作曲:たきのえいじ、編曲:服部克久)• ジャストンピン(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• シャンプーマン(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• スープはいかが(作詞:石川 良、作曲:杉本真人、編曲:高田弘)• すてきな感情(作詞:ちあき哲也、作曲:筒美京平、編曲:萩田光雄)• (作詞:森雪之丞、作曲・編曲:宮川泰)• ズルッとな(作詞:榎 雄一郎、作曲・編曲:服部克久)• そばかすつけた女の子(作詞:山元護久、作曲・作曲:服部克久) た行• たんぽぽの風船(作詞:、作曲・編曲:馬飼野俊一、アニメ:)• タンタンはやしうた(作詞:中村しのぶ、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志)• (作詞・作曲:みなみらんぼう、編曲:萩田光雄)• ドロンコマーチ(作詞:橋本淳 、作曲:)• ドロンチョドロドロヨゴラッタ(作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、編曲:筒井広志)• とんがらし(作詞・作曲:、編曲:服部克久)• ともだちいっぱいピンポンパン(作詞:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久)• ドリーム・ボーイ(作詞・作曲:、編曲:小笠原 寛) な行• ないないづくし(作詞:、作曲:、絵:) は行• パジャママンのうた(作詞:阿久悠、作曲:森田公一、編曲:丸山雅仁)《酒井ゆきえバージョン》• ハチャメチャ音頭(作詞・鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久)• 花火のうた(作詞・作曲:たきのえいじ、編曲:木田高介)• パンダちゃん(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• ピッピ・ビューティー(作詞:、作曲・編曲:服部克久)• 火の玉ロック(作詞:石原信一、作曲:すぎやまこういち、編曲:あかのたちお)• ピンクのバニー(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• ピンポンパンおうえん歌(作詞:山元護久、作曲・編曲:越部信義)• また、1971年版を「ピンポンパン体操(ずんずん…)」、1972年版を「ピンポンパン体操(そっくり…)」と表記されたこともある。 (作詞:阿久悠、作曲:小林亜星)• ピンポンパンだよ! ピン(作詞:山元護久、作曲:、編曲:松山祐士)3代目:酒井ゆきえがデビューした1975年頃の番組のテーマ曲。 ピンポンパンディスコNo. ピンポンパンのうた(作詞:山元護久、作曲:渡辺岳夫)• ピンクの貯金箱(作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• (作詞:荒木とよひさ、作曲・編曲: )• へそくり音頭(作詞:岡田冨美子、作曲・編曲:三沢 郷)• ぼくとドラねこ(作詞:山元護久、作曲・編曲:あかのたちお)• ぼくひとりっこ(作詞:冬杜花代子、作曲・編曲:服部克久)• ぼくらのジャガー(作詞:山元護久、作曲:服部克久)• ぼくらは未来のベーブ・ルース(作詞:(視聴者の作品を募集した企画「うたをありがとう」の入選作)、補作詞:山元護久、作曲・編曲:服部克久)• 星物語(作詞:橋本 淳、作曲・編曲:すぎやまこういち) ま行• (作詞:、作曲:、編曲:クニ河内) や行• 屋根にのぼれば(作曲:鈴木悦夫、作曲・編曲:服部克久)• ゆくぞ! ビッグ・マンモス(作詞:石原信一、作曲・編曲:すぎやまこういち) ら行• ロボラボ・ピンポンパン(作詞:阿久悠、作曲:小林亜星、編曲:鈴木慶一) その他の楽曲 [ ] 童謡以外の、歌謡曲や洋楽のポピュラー・ソングを原曲とする曲が多くみられる。 洋楽の中には、日本で一般に知られている訳詞ではなく、子供向けの詞がつけられたものもある。 「」で取り上げられた曲と重なるものも多い。 (元はの曲)• (元はザ・ビートルズの曲)• (作詞:、作曲:の童謡)• うさぎのダンス(作詞:、作曲:の童謡)• (元はの曲。 イラストは)• (作詞:、作曲:の童謡)• (元はザ・ビートルズの曲)• (元はの曲。 1・2番の後半とコーダはカット)• (作詞:、補作詞:、作曲:の童謡)• オレンジ村から春へ(元はの曲)• (酒井時代にはブチャとワンタンがの扮装で登場、「アヒルが人間に追われる」場面では、『』のワンフレーズを使用)• (第11回ゼッキーノ・ドーロ入賞曲)• (元はの曲)• ことりのうた• そよ風に乗って(元はの楽曲)• (映画『』の主題歌)• (元はの曲、アニメは月岡貞夫)• (元は ()の曲)• 日曜日に雨はいらない(ミュージカル『』より)• パパはママが好き(1960年に (、)、らの競作で発表された曲)Papa Aime Maman• 春よ来い(作詞:、作曲:の童謡)• (の『』より)• (元はの曲)• 負けるもんか(作詞:、作曲:) I A'INT DOWN YET• (作詞: () 作曲: ())第5回ゼッキーノ・ドーロ優勝曲• (『』 の主題歌のカバー など、童謡多数 CD [ ]• 、から「ママとあそぼう! ピンポンパン ベスト・セレクション」が発売。 石毛時代以降の曲(主に主題歌と体操)を収録した。 なお渡辺時代の楽曲は未収録。 、からCD「ママとあそぼう! ピンポンパン SONG COLLECTION」シリーズが発売。 まずにビッグ・マンモスによる楽曲を集めた「ママとあそぼう! ここでも渡辺時代の楽曲は未収録。 備考 [ ]• 『』では「ピンポンパン体操」をパロディにしたコント「パイのパイのパイ体操」が放送されていた。 『』のオープニングテーマ「」は、「ピンポンパン体操」をモチーフにした楽曲である。 作家でコラムニストのが酒井ゆきえにカータンについて質問したところ、酒井は第一声で「あのエロガッパね! 」と返し、収録中に臀部を触られていた事を明かした。 「パジャママンのうた」を原案にしたの漫画作品『』が、1973年 - 1974年にかけての幼児向け雑誌に連載された。 アニメ化の予定もあったが、実現しなかった。 漫画は原作名が作詞した、連載が講談社と言う藤子不二雄作品でも異色の顔ぶれとなっている。 2000年、カータンのキャラクター商品がリバイバルで発売された。 渡辺時代には番組終了後、当時の番組スポンサーの一つであるのを放送、番組に参加した子供たちに、ポッカレモンから作ったソフトドリンクを振る舞うというタイアップCMだった。 1980年3月まで放送されていた土曜日版は、幼児が幼稚園・保育園単位で出演していた。 また土曜のみのコーナーとして、「おはなしおじさん」朗読による「おはなしコーナー」が存在していた。 1974年 - 1979年には、1980年代のフジテレビ躍進の立役者であるがプロデューサーを務めた。 酒井時代の1975年5月2日には、がフジテレビ全番組に出演するイベント『』の一環として、小川宏が出演した。 酒井が『ママとあそぼう! ピンポンパン』の3代目おねえさんとしてデビューして、まだ間もない頃であった。 酒井時代の1976年10月、『ママとあそぼう! ピンポンパン』が放送10周年を迎えた。 1976年10月18日・1976年10月19日の『ママとあそぼう! なおこれより前の10月5日には、『』でも番組10周年を記念して、3代おねえさんが出演した。 酒井時代の1976年12月31日の『ママとあそぼう! ピンポンパン』では、1976年の締めくくりとして「1976 ピンポンパン紅白歌合戦」を開催した。 審査員として、シンガーソングライター・フォークシンガーの、女優・タレントのが出演した。 酒井時代の1977年4月8日には、がフジテレビ全番組に出演するイベント『』の一環として、萩本欽一が出演した。 酒井がお姉さんだった時代、1976年から1978年までの毎年12月31日には、酒井も出演した子供向け年末特別番組『』が放送され、1976年には『』のと、1977年は『』(第2期)の萩本欽一とと、それぞれ共演した。 また酒井時代の1978年には、放送の期首特番『』に出演し、『ポンキッキ』のガチャピンとムック、そして当時のレギュラーである・はせさん治(当番組にも出演有り)・と共演した。 そして番組では双方のヒット曲を番組出演者たちと歌い、最後は皆で「ピンポンパン体操」と踊った事が有った。 2007年12月6日放送の「」において、がお姉さん役となりピンポンパン体操が番組内で再現された。 この時の石原の衣装は、3代目お姉さんである酒井ゆきえバージョンのものを再現していた。 1978年頃、番組の枠内でイタリアの人気キャラクター「」の人形劇コーナーが設けられていた。 声はが担当した。 関東地区では放送開始から1年半後の1968年4月から、平日17:00枠で当日放送分の再放送が行われていた。 再放送は1978年9月に打ち切られた後、1979年10月から平日16:30枠で再開されたが、年内に打ち切った。 なお、土曜版は一貫して再放送されなかった。 また、1974年と1975年の夏には、特別編成として『』(1974年)と『(第1作)』(1975年)がそれぞれ再放送されていたことから、その間は当番組の再放送は休止された。 放送局(1966年の放送開始から1982年の終了まで) [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年3月) 系列はネット終了時のもの。 放送対象地域 放送局 系列 備考 制作局 1972年1月14日のサービス放送開始から番組終了まで TBS系列 現・IBC岩手放送 1972年10月から1973年9月時点は、月曜 - 金曜 17:00 - 17:45に放送。 フジテレビ系列 テレビ朝日系列 1969年10月開局から番組終了まで。 1971年8月から1973年9月時点は同時ネット。 フジテレビ系列 1970年4月開局から番組終了まで。 1971年8月から1973年9月時点は同時ネット。 フジテレビ系列 1967年10月から番組終了まで同時ネット。 フジテレビ系列 テレビ朝日系列 1971年4月 - 1971年9月に放送。 月曜 - 金曜 17:00 - 17:45 TBS系列 フジテレビ系列 1973年4月から1975年3月まで放送。 月曜 - 金曜 10:55 - 11:40(1973年4月 - 1973年12月) 月曜 - 金曜 10:45 - 11:30(1974年1月 - 1974年3月) 月曜 - 木曜 10:45 - 11:25(1974年4月 - 1975年3月) フジテレビ系列 テレビ朝日系列 現・NST新潟総合テレビ 1971年10月25日 から番組終了まで。 ピンポンパン』のリメイク番組として放送された子供向けテレビ番組である。 放送前に公表された仮題は「 デジタルピンポンパン」であった。 放送時間は毎週月曜 - 金曜 18:00 - 18:30 (日本時間)。 再放送は毎週月曜 - 金曜 8:00 - 8:30 (日本時間)。 BSフジ開局に伴い平日の夕方と朝を中心に編成された子供向け番組群の1つである。 同時期に放送された子供向け番組には『PLAY ROOM』『Myポンキッキーズ』『』『 』などがある。 番組内容 [ ] 番組進行を務めるお兄さんとして、お姉さんには、アシスタントのお兄さんとして山元全、高橋竜大が出演した。 番組キャラクターは熊のビンゾー。 花田を除いた3人は音楽ユニットのメンバーである。 番組のオープニングはスタジオで出演者と子供達が一緒にピンポンパン体操を踊る。 花田が元大相撲力士だったことから、この版では歌詞の「 」は「 お相撲さん」に改変された。 その後はお兄さんお姉さん達がゲームやクイズをするコーナー、『』で放送された歌やショートアニメ、著名人が幼稚園や保育園に赴き子供達と料理や工作などをする様子を撮影したレポートなどで占められた。 『ママとあそぼう! ピンポンパン』と内容は異なり、『ポンキッキーズ』のコンテンツやキャラクターを流用・共用した再編集番組の傾向が強い。 同時に放送されたでは、リモコンのボタンを押すことでタンバリン・トライアングル・カスタネットの音色をテレビの音声に重ねて出すことができた。 これらの電子打楽器は番組内で歌や音楽が放送された際に、視聴者の幼児も一緒に演奏をしてもらおうという意図の下で制作されたものである。 夕方の 前番組 番組名 次番組• 同日には同じく平日朝の『』も終了している。 2番の時は、や内の番組スタッフがカットインされた。 このエンディングは、に同局で放送された『人気バラエティ最終回 感動の大特集』(『』に伴い急遽編成された番組)で放送(同日終了の『小川宏ショー』も放送)、番組では放送当時のお姉さん・本間淳子(井上佳子)がゲスト出演した。 なお『起きてますか』は当番組と同日に開始。 『ニュース7:30』は『サンケイテレビ朝刊』に再度改題。 『チビッコ劇場』は『小川宏ショー』繰り上げに伴い、平日放送を廃止して土曜限定に変更された。 『』を放送。 それまで北海道のフジテレビ系放送局であったでは未放送。 1981年以前はフジテレビ系列フルネット局。 1975年4月から1980年3月31日まではフジテレビ系列・テレビ朝日系列クロスネット。 現在はテレビ朝日系列フルネット。 1981年3月まではフジテレビ系列・日本テレビ系列・テレビ朝日系列トリプルネット。 平日の全日放送開始とともにネット開始。 ただし、当初は17時からの放送だった。 1979年3月31日まではテレビ朝日系列とのクロスネット。 1978年9月30日までは日本テレビ系列フルネット。 早朝放送に移行後も放送していたが、1979年3月からスタートした系列の朝の情報番組『』をネットすることになったために打ち切りとなった。 テレビ長崎と同じ理由で月 - 金は打ち切り• テレビ長崎と同じ理由で打ち切り 出典 [ ]• 「ピンポンパン体操の歌のレコード 二週間で三十万枚 視聴率も押し上げる」『』1972年1月21日付朝刊、23頁。 「子どもにもてもて ピンポンパンの金森勢 ママよりおにいさんの一言」『読売新聞』1972年3月22日付夕刊、7頁。 2014年11月14日閲覧。 ORICON STYLE. 2013年2月19日. 出典:「タイムテーブルからみたフジテレビ35年史」(フジテレビ編成局調査部)31 - 91頁 1994年• 金森勢(かなもり せい、本名・金森松里。 - 出身。 宮澤芳春(みやざわ・よしはる、本名・同じ。 - 出身。 石村治樹(いしむら はるき、本名・石村正夫(いしむら まさお))。 2002年6月24日死去、享年53歳。 ただし、同書では「お姉さん」の実名の記載はない。 『』1972年10月16日 - 1973年9月7日付朝刊テレビ欄。 『』1967年10月2日 - 10月27日、1982年3月1日 - 3月31日付朝刊テレビ欄。 『福島民報』1971年4月5日 - 1971年9月30日付朝刊、テレビ欄。 『福島民報』1973年4月3日 - 1975年3月24日付朝刊、テレビ欄。 『長野放送二十年の歩み』(1989年5月25日、長野放送発行)174pより。 関連項目 [ ]• (以上の番組は、ピンポンパンとともにフジテレビが制作した子供向け番組)• (1988年3月31日に同局で放送。 ミニコーナー「 ピンポンパンですよ〜! 」では歴代のお姉さんを紹介、そして「集まれ! フジっ子No. 1クイズ」の賞品プレゼンターにはカータンが出演した)• (放送開始当時のフジテレビ社長)• (の『』との視聴率競争).

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