偽慰安婦。 イ・ヨンスさん、偽慰安婦?

韓国の慰安婦支援団体が窮地、疑惑続出で崩壊寸前の現状を元駐韓大使が解説

偽慰安婦

邊顧問は15日(金)午後2時、ソウル鍾路区の慰安婦像前(栗谷路2路、旧日本大使館)で開催された記者会見で、こう述べた。 「慰安婦出身という李容洙氏が『尹美香狙撃手』に急変したが、李氏は過去30年以上にわたり尹美香氏と挺対協(現・正義記憶連帯)でパートナーシップを組んで、慰安婦問題を国際化させる多大な貢献をした人物だ。 しかし、本人の判断で李容洙氏は慰安婦『被害者』ではないとした。 李氏の過去30年間の証言を見る時、彼女が『可哀そうな慰安婦ハルモニたち』のイメージとは全く合致しない人生を歩んできたのは確かだ」 李氏は、これまで少なくとも20回は慰安婦としての自身の人生について証言してきたが、証言をするたびに自らの年齢、慰安婦になった理由、慰安婦として活動した期間と年度などがコロコロと変わった。 証言が矛盾し辻褄が合わない場合も多く、李氏の慰安婦としての経歴と証言は虚偽ではないかという問題提起は常にあった。 邊顧問は、「李氏が1993年の最初の証言当時、赤いワンピースと革靴に魅了され日本人の男について行ったと述べた」として、「(李容洙氏の)最初の証言は、日本軍による強制連行を否定した」と説明した。 さらに「しかし李氏は2018年度の証言で、日本軍が背中に刀を突き付けて連行した」と語った。 また、「過去に李氏が慰安所で電気拷問を受け、70人余りの軍人に毎日性的暴行を受けたと証言した」として、「しかし李氏は最近になって中央日報のインタビューで、自分は慰安婦であり性奴隷ではなかったとして、過去の証言をすべて否定した」と、邊顧問は指摘した。 邊顧問は、「このような李氏の正体を、既に30年以上前から最もよく知っていた人物こそまさに尹美香氏」として、「実際に尹氏は、最近、李氏が挺対協財政問題を暴露するとFacebookを通じて「(30年前)私がこのハルモニの最初の電話を受けた際、李容洙氏が言ったのは『私ではなく私の友人が... 』という話だった」として、李容洙自身が本当の慰安婦ではない可能性があるという反応を見せていた」と述べた。 邊顧問は「李氏の正体が『偽慰安婦』だと明らかになった時、この問題は李氏ひとりの詐欺劇問題に終わらない」として、「李氏は、近年文在寅大統領のメンターとして君臨、文大統領の紹介でトランプ米国大統領と青瓦台で抱擁までして贅沢を享受してきた」と批判した。 李容洙氏が最近記者会見で明らかにした尹美香の専横と、そして挺対協の財政不正などの問題で連日喧しい。 国民は李容洙氏を含めた「可哀そうな慰安婦ハルモニたち」に同情し、彼女たちを荒稼ぎのために利用した尹美香と挺対協を批判している。 しかし、この時点でわれわれが真剣に考えるべきことは、まさに「可哀そうな慰安婦たち」というイメージが果たして正当なのか、ということである。 「可哀そうな慰安婦ハルモニたち」というイメージは、慰安婦が「日本政府、日本軍によって強制連行され、また性奴隷生活をした」という前提として作られたはずなのに、最近この前提が全く事実ではないという話題が『反日種族主義』など、いくつかの厳正な学術書として本格的に台頭しているからである。 これに関連して、私が特に注目している一人が、まさに「可哀そうな慰安婦ハルモニ」の代表格として君臨してきた李容洙氏だ。 慰安婦出身という李容洙氏は「尹美香狙撃手」に急変したが、実際には過去30年余り尹美香氏と挺対協でパートナーシップを組んで慰安婦問題を国際化させる多大な貢献をした人物である。 しかし、私は徹底した取材を通して李容洙氏は慰安婦『被害者』ではないと確信した。 李容洙氏が当初、慰安婦生活をしたことが全くないとの指摘も一部であった。 私はそこまで深く疑わない。 しかし李氏の過去30年間の証言を見るとき、彼女は「可哀そうな慰安婦ハルモニたち」のイメージと全く合致しない人生を生きてきたことは確かだ。 李氏は、1993年度の最初の証言当時、「赤いワンピースと革靴に魅了され、日本人の男について行った「(『強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち1』(ハンウル出版社)と述べた。 最初の証言で日本軍による強制連行を否定した。 しかし李氏は2018年度の証言で、「日本軍が背中に刀を突き付け連行した」(フランス議会)と話して、日本軍による強制連行を叫んでいる。 これだけではない。 2つの期間の中間に少なくとも20回、李氏の証言は慰安婦になった経緯、年齢、年度、期間など辻褄の合うことが一つもない。 李氏は「慰安所で電気拷問を受けた」、「70人以上の軍人に毎日性的暴行を受けた」としながら性奴隷生活を証言した。 しかし李氏は最近の中央日報のインタビューで、自分はただの慰安婦で性奴隷ではなかったとして、過去の証言をすべて否定した。 ただの慰安婦としながら、そうであるならば電気拷問を受け、毎日70人以上の軍人に性的暴行を受けたということは嘘なのか。 強制連行でもなく、性奴隷生活でもなければ、李容洙氏の正体は一体何であるのか。 そして過去30年間、「元祖Me too」と称賛を受けてきた李容洙氏の証言活動の意味は果たして何だったというのか。 しかも李容洙氏の証言には、13歳の少女をイメージしたここ鍾路慰安婦像の意味を完全に打ち砕くものもある。 李氏は最初の証言当時、自身が16歳だったと述べた。 女性の中で自分が最も若く、他の女性は18、19、20歳くらいの成人たちだったとした。 慰安婦運動のシンボル的存在の李容洙氏が「慰安婦はみんな成人だちだ」というのに、なぜ13歳の少女が慰安婦像のシンボルになったのか。 このような李氏の正体を既に30年以上前から最もよく知っていた人物こそ尹美香氏ある。 実際尹氏は、最近の李容洙氏が暴露戦として挺対協財政問題を指摘すると、Facebookを通じて「(30年前)このハルモニの最初の電話を受けた際、李容洙氏が言ったのは『私ではなく私の友人が... 』という話だった」として、李容洙自身が本当の慰安婦ではない可能性があるという反応を見せていた。 左派メディアからも衝撃的な関連報道が出た。 ハンギョレは5月8日の記事で、李容洙の暴露戦が、実は自身の相次ぐ「偽慰安婦」是非について、尹美香氏が保護をしてくれないことに対する寂しさと関係があることを示唆した。 尹美香氏は、少なくとも李容洙氏の正体を知っているという、もう一つの傍証だ。 メディアウォッチはすでに2018年の初め、まるで「リプリー症候群」にかかっているように見える李容洙氏の虚偽の実体を一つひとつ分析する企画記事を掲載したことがある。 当時尹氏は、メディアウオッチ側がその記事に対して反論、釈明等を要求したときに、李氏の名誉ではなく挺対協の名誉問題だけ取り上げ懸念する表明に終わった。 これも尹氏は、李氏の正体を知っている傍証だ。 尹氏は、これまで李容洙氏を全面に立たせて、夫であるキム・サムソク氏(「兄妹スパイ団事件」の当事者)のための嘆願、接見活動はもちろんのこと、さらにTHADD反対闘争、教学社教科書反対闘争、朴槿恵弾劾闘争などの理念活動、政治活動も共にしてきた。 30余年つながってきた同志中の同志である。 そんな尹氏が、いざ李氏の核心アイデンティティの問題が台頭して沈黙を守ることなど話にならない。 李容洙氏の正体が「偽慰安婦」として明らかになったとき、この問題はもちろん単に李氏一人の詐欺劇問題に終わるというものではない。 李氏はこの数年で、文在寅大統領のメンターとして君臨し、文大統領の紹介でトランプ大統領と青瓦台で抱擁までして、贅沢を味わってきた。 李氏は『I can speak』 という映画のモデルでもある。 この映画の背景である米国議会慰安婦証言の問題は今後どのようになり、前述のフランス議会慰安婦証言の問題もまたどのようになるのか。 2つの国際社会の公式証言は内容が大きく異なり、海外で先に偽疑惑提起がされることもあり得る。 一日も早く李容洙氏の正体を明らかにして、いまからでも日韓関係破綻の核心である慰安婦問題の結び目を正攻法で解きほぐすこと以外、われわれにできることはない。 この結び目さえも他人が解きほぐすことを期待するなら、大韓民国の国格はより墜ちるより他ない。 最後に、今回尹美香氏と李容洙氏の金と権力をめぐる汚れた争いで、私たち国民が学ばなければならないことは、尹美香の詐欺と横領関連犯罪を処罰することに加えて、常習的嘘つき李容洙の正体、そして日本軍によって強制連行されたという13歳性奴隷、少女像の虚偽と詐欺を我々自ら明らかにして、大韓民国の国格を最小限に守り抜くことである。 2020. 15 邊熙宰メディアウォッチ代表顧問 (翻訳/黄哲秀).

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トランプに抱き着いた「元慰安婦」李容洙の正体

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武藤正敏 [元・在韓国特命全権大使] むとう・まさとし 1948年生まれ、1972年横浜国立大学経済学部卒業。 同年、外務省入省。 在ホノルル総領事(2002年)、在クウェート特命全権大使(07年)を経て10年より在大韓民国特命全権大使。 12年に退任。 著書に「日韓対立の真相」「韓国の大誤算」「韓国人に生まれなくてよかった」(いずれも悟空出版)「真っ赤な韓国」 宝島社、辺真一との共著 など多数。 元駐韓大使・武藤正敏の「韓国ウォッチ」 冷え込んだままの日韓関係。 だが両国の国民は、互いの実像をよく知らないまま、悪感情を募らせているのが実態だ。 今後どのような関係を築くにせよ、重要なのは冷静で客観的な視点である。 韓国をよく知る筆者が、外交から政治、経済、社会まで、その内側を考察する。 これまでユン前理事長をかばってきた政府与党も、不正疑惑が深刻化するにつれてユン前理事長に対して厳しい発言をし始めている。 政府与党はこれまで同様、政権内の不正疑惑は断固としてもみ消す姿勢であった。 だが、今回は不正を告発したのが元慰安婦の中心的活動家、李容洙(イ・ヨンス)氏であるだけに、勝手が違うようだ。 当初、ユン前理事長や正義連に批判的だったのは、保守系の野党とメディアであったが、最近では文在寅政権に近いハンギョレ新聞などもこの疑惑に関して積極的に取り上げるようになっていることも、もみ消しを難しくしている要因だろう。 これを受け、与党内の雰囲気も徐々に変わってきている。 事態の推移を見極める必要があるが、正義連を守るためにはユン前理事長を犠牲にせざるを得ないのではないかという見方も出始めている。 正義連とユン前理事長の態度の変化 イ・ヨンス氏の記者会見に注目 元慰安婦のイ・ヨンス氏の告発に対する正義連の反応はひどいものだった。 最初は「イ・ヨンスさんの記憶が歪曲(わいきょく)された」という人格を否定するようなもので、その後はさらに「大金のために態度を変えた」(ユン氏の夫)と侮辱。 最終的には「保守勢力の謀略だ」と開き直った。 しかし、各種会計不正と公金流用疑惑が次々と明らかになると、正義連の反応に耳を貸す国民も少なくなっていった。 中でも、最も疑惑が深まった契機が、安城(アンソン)の不動産購入疑惑である。 この不動産は元慰安婦の憩いの場という位置付けでありながら、元慰安婦のためにほとんど利用されてこなかった。

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韓国社会、【慰安婦詐欺ビジネス】慰安婦団体 今度は企業からの寄付金6億ウォン中5億ウォンを申告漏れ│韓国経済危機&崩壊特集

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公刊されている資料から彼女の略歴を簡単に見渡して見ると、次の通りである。 1928年、韓国の南東部・大邱で生まれ。 1944年に慰安婦として台湾に連行され、1947年まで慰安所で拷問を受けたと主張している。 現在は京畿道広州市にある「ナヌムの家」に居住し、日韓の市民団体などの求めに応じて政治色の強いパフォーマンスや講演をすることで知られている。 韓国各地はもちろん日本・アメリカにまで渡航し、抗議運動や糾弾活動を行うことでも有名で、2000年に東京で行われた「国際戦犯法廷」にも証人として参加している。 ちなみに、この「模擬裁判」で韓国側の「検事」を務めたのが、現ソウル市長の朴元淳(パク・ウォンスン)である。 特に有名なのが、2007年に米下院で可決された従軍慰安婦問題の対日謝罪要求決議」(米下院121号決議)の審議の席上、米国議員たちの前で泣き叫びながら証言を行ったことである。 その後も韓国・日本・アメリカを渡り歩き、従軍慰安婦に関する講演活動、日本政府や日韓の慰安婦合意に対する抗議運動、慰安婦記念碑の建立などを精力的に行っていることで知られている。 一方、李容洙が語った内容は変遷や矛盾が多いことが知られており、慰安婦として名乗り出た当初は「国民服を来た日本人の男から、ワンピースと革靴をもらってうれしくてついて行った」と証言していたが、その後「日本の軍服を着た男らが家にやってきて、男から何かとがったものを背中に突きつけられ船に乗せられて行った」などと主張し、「軍による強制連行」を訴える内容に変化している。 1992年に李容洙が「挺身隊対策協議会」で証言した内容は次の通りである。 それから何日かたったある日の明け方、プンスンが私の家の窓をたたきながら「そうっと出ておいで」と小声で言いました。 私は足音を忍ばせてそろそろとプンスンが言う通りに出て行きました。 母にも何も言わないで、そのままプンスンの後について行きました…行ってみると川のほとりで見かけた日本人の男の人が立っていました。 その男の人は四十歳ちょっと前ぐらいに見えました。 国民服に戦闘帽をかぶっていました。 その人は私に服の包みを渡しながら、中にワンピースと革靴が入っていると言いました。 包みをそうっと開けてみると、本当に赤いワンピースと革靴が入っていました。 それをもらって幼心にどんなに嬉しかったかわかりません。 もう他のことは考えもしないで即座について行くことにしました。 私を入れて娘たちが全部で5人いました。 そのまま駅に行って汽車に乗り、慶州で一軒の旅館に入りました。 (韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編『証言・強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』、明石書店、1993年、133~134頁) 竹嶋渉 元在韓ジャーナリスト。 昭和40年代生まれ。 平成になって渡韓し、日韓の歴史・文化を学ぶかたわら、日韓関係について研究を深める。 韓国での日本関連報道の不正確さや韓国人の反日感情の不合理さに驚き、帰国後も韓国に対する取材を続ける。 最新刊に『喧嘩上等-反日国家の中心で反韓を叫ぶ』(宝島社)がある。

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