死にたいとき。 「死にたい」が「死のう」に変わったとき

「死にたいほどつらい...」そんな時には―― SNS相談窓口ができました

死にたいとき

今回は、大切な人から死にたいと言われた場合の適切な対応を考えていきます。 さて、私が本ブログをはじめたきっかけは、自分自身がパワハラを受けて、うつ病になった経験が大きく関わっています。 うつ病の人の特徴の一つとして、希死念慮が挙げられます。 私も、うつ病の時にこの希死念慮を経験したのですが、頭には漠然とした「死にたい」という気持ちがずっと続いていて、これは本当につらいものでした。 「死にたい」という気持ちを口にして、周囲を困らせてしまったときもありました。 もし、大切な人から突然「死にたい」と言われたら、どうすればよいのか…? 今この瞬間に、悩んでいる方もいらっしゃると思います。 そこで今回は、大切な人から「死にたい」と言われた場合の適切な対応を考えていきます。 「死にたい」とまで言われなくても、大切な人から重い相談を受けて、悩んでいる方にも参考になるかもしれません。 なお、今回は記事執筆にあたって、 著書『もしも「死にたい」と言われたら』を参考にしていきます。 この記事の目次• 「死にたい」はどういう意味なのか? 私は、以前本ブログや動画で、うつ病の人がなぜ「助けて」ではなく、「死にたい」と言うのかを考察しました。 (詳細は、以下リンクからご覧ください。 ) そして、この記事をざっくり要約すると、以下のとおりです。 (「死にたい」という選択肢しかない状況にまで、追い込まれている。 ) ・「死にたい」というのは、「生きたい」という気持ちとの葛藤を表している。 ・自分の気持ちを言葉にすることが苦手である。 ・本当に重大なことしか他人に話をしてはいけないという信念をもっている。 そう、つまりは、 「死にたい」というのは、「助けて」と言えない人の心のSOSサインであると言い換えられるのではないかと思います。 著書『もしも「死にたい」と言われたら』の中の言葉を借りると、 「もしもこのつらさを少しでもやわらげることができるならば、本当は生きたい」という意味なのです。 よく「死にたい」という言葉を口にする人に対して、「かまってちゃん」とか「メンヘラ」とかいう言葉を当てはめて、軽視する方もたまに見られます。 だけれども、「死にたい」という言葉は、思った以上に重い言葉なのです。 著書には、次のとおり書かれています。 Kesslerらの大規模疫学調査(Kessler et al, 1999)は、自殺念慮を抱いた者の34%は具体的な自殺の計画を立てており、自殺の計画を立てた者の72%は実際に自殺企図におよんでいたことを明らかにしている。 つまり、 自殺念慮を抱いたことのある者の26%が実際に自殺企図におよんだ経験があったことになる。 このことは、 自殺念慮の存在が近い将来の自殺を予測する重要な危険因子であることを示している。 (中略) 自殺念慮が深刻なものであれば、あるほど、そのアセスメントは困難をきわめる。 フィンランドにおける心理学的剖検研究(Lonnqvist et al. 1995)では、 自殺既遂者の多くが、そうした行為の直前には援助者に自殺の意図を伝えていないことが明らかにされており、周囲に自殺の考えを漏らすのは、それよりももう少し手前の時期、たとえば数週ないしは数カ月前のことが多い。 これには、 自殺を強く決意した患者の心性として、「精神科医や援助者を敵とみなす傾向」が生じることが影響している(Chiles & Strosahl 2005)。 引用:松本俊彦(2015)『もしも「死にたい」と言われたら』中外医学社 そう、つまりは、 「死にたい」という告白は、その後の自殺行為に及ぶ確率が想像以上に高いこと。 そして、 「死にたい」という言葉を軽視して見放してしまうと、いずれは「死にたい」という言葉を発さなくなってしまい、自殺行為にもつながりうるということも言えるわけです。 それでは、もしあなたにとって大切な人が「死にたい」と訴えているとしたら、なぜあなたに「死にたい」と訴えるのでしょうか? 著書には、次のとおり書かれています。 患者は誰彼構わずに自殺念慮を告白するわけではなく、 「この人ならば理解してくれるかもしれない」という相手を選んで告白しているのである。 (中略) 「死にたい」という告白は、 「困難な問題のせいで死にたいほどつらいが、もしもその問題が解決されれば、本当は生きたい」という意味があるということである。 このことは、援助者にとってはよい情報である。 患者の「死にたい」という訴えを聴いていると、あたかもコーナーに追い詰められ、ノックアウトが確定したボクサーのような気分になるが、実際には必ずしもそうではない。 援助者には十分な「勝機」がある。 引用:松本俊彦(2015)『もしも「死にたい」と言われたら』中外医学社 そう、つまりは、 「死にたい」と告白されるということは、あなたが信頼されているからだということになります。 そして、もしその人があなたにとって大切な人なのであれば、「死にたい」の意味から逆算すると、 大切な人の心を救える可能性は十分にあるということになります。 スポンサーリンク 「死にたい」と言われた場合の対応とは? (1)一番大事なのは相手の孤独感を拭うこと こうした相談を受けたとき、 まずは一人で解決しようと思わないことが何よりも大事です。 著書『別冊 NHKきょうの健康 よくわかるうつ病』には、身近なうつ病の人のサポートして、次のとおり記載があります。 家族や周囲の人は、ついイライラしてしまったり、長引くサポートに疲れてしまうこともあります。 共倒れを防ぐコツは、抱え込まないこと。 うつ病の治療は、医師とのチームプレイです。 困ったことがあれば、迷わず医師に相談してください。 また、事情を知っている友人などに、話を聞いてもらうのもよよいでしょう。 引用:総監修 尾崎紀夫(2016)『よくわかるうつ病 診断と治療、周囲の接し方・支え方』NHK出版 「死にたい」という方が、全員うつ病かというとそうではありませんが、大切な人から重い相談を受けた際の対応としては、うつ病の方への支援が大変参考になると考えています。 やはり重い相談を受けた際に一番避けたいのは、自分自身も責任感や罪悪感を感じすぎてしまい、追い込まれてしまうことです。 それを避けるためには、 医師や専門家の力を借りたり、友人に相談したりと、協力者を作っていくことが大事だと思っています。 そのうえで、重い相談を受けた際に、どのように接していければということを考えていければと思います。 大切な人から「死にたい」と言われた際に、一番避けたいのは、自殺を防ぐことです。 近年では、自殺予防の領域では、自殺の発生メカニズムを説明する際に、 「自殺の対人関係理論」が広く支持されているそうです。 その理論によると、他人に助けを求められない人の思考の特徴として、次のことが挙げられています。 著書には次のとおり、書かれています。 最も喫緊の課題となるのは、 所属感の減弱-「誰も自分を必要としていない」、「自分の居場所はどこにもない」という感覚ーを呈する患者に対して、「少なくとも今あなたの目の前にいるこの援助者は、あなたに関心を持っていて、次も会いたいと考えている」と伝えることなのである。 (中略) たとえば、面接に際して患者のことを「あなた」という抽象的な2人称で呼ぶのではなく、 患者の「名前」で呼び、面接のあいだ中、その名前(「~さん」など)を繰り返すことがポイントであるという。 また、患者と話をする際には、 「説得よりも相手の言葉を繰り返すことに時間を割くこと。 説得はしばしば裏目に出て、かえって自殺に対する抵抗感を弱めてしまいやすい」とも指摘している。 引用:松本俊彦(2015)『もしも「死にたい」と言われたら』中外医学社 つまり、 大切な人が「死にたい」と言ってきたときにできることは、相手に寄り添うこと。 そして、 相手を説得しようとするのではなく、相手の名前を呼び掛けたり、相手の言葉を繰り返したり、相手の言葉に耳を貸す姿勢が非常に大事だということが、ここでわかります。 このような姿勢が、基本となります。 (2)「死にたい」と言われたときの対応 それでは、「死にたい」と言われた際の寄り添う姿勢について、具体的な対応例を挙げていきます。 著書を参考に、次のとおり、まとめました。 決して自分の考えや信念を「伝えること」は、しないようにする。 参考:松本俊彦(2015)『もしも「死にたい」と言われたら』中外医学社 こうした対応は、相手に寄り添うという姿勢に近づくための方法であり、「死にたい」と言われたときに限らず、 相手から重い相談を受けた際にも使える方法だと思います。 ただ、先述のとおり、 相手から重い相談を受けた際は、自分だけで解決しないということがなによりも最優先で大事になります。 なので、協力者を得たうえで二人三脚の感覚で、大切な人の心のケアに臨むことが重要だと、私は考えます。 スポンサーリンク おわりに さて、今回の記事はいかがでしたでしょうか? 本ブログでは、HSPの生きづらさのみならず、こうした記事も綴っています。 それは、私自身がうつ病になってしまった経験があり、その経験を踏まえて、色々な方に精神疾患のつらさや適切な支援のことをもって知ってほしいと思っているからです。 また、先日のHSPに関する記事の中でも、HSPの人は精神疾患になりやすい可能性があることについて、示唆しました。 私自身も、うつ病になった一要因として、自分のHSP(繊細で敏感な気質)があるのではないかと考えています。 (詳しくは、以下の記事をご覧ください。 ) 今は、自分がうつ病から寛解したということもあり、冷静に語れていますが、当時は本当につらいものでした。 「死にたい」という気持ちがありつつも、他人に迷惑をかけたくないという思いもあり、いろんな思いが錯綜していました。 なので、当事者目線から言うと、他人に助けを求めるというのは非常に勇気がいることだと考えています。 逆に、今客観的な立場として考えると、相談された側としても適切な対処が分からず、深い悩みを感じている方も多いのではないかと思います。 今回の記事は、そんな方にとって一助になれば、それより嬉しいことはありません。 もう少し社会としても、精神疾患のつらさやその周りの人たちが支えることが大変だということについて、もっと広まればという思いを持ちつつ、記事執筆をこれからも続けていければと思っています。 なお、今回の記事執筆にあたって、 松本俊彦さんの著書『もしも「死にたい」と言われたら』を参考にさせていただいたこと、ここでお礼申し上げます。 こんにちは、ぽん乃助と申します。 敏感で繊細なHSPの人にとっての働き方戦略を本気で考えるアラサーの企業戦士です。 社会人1年目の時にパワハラを受け、うつ病になってしまい、その時を境にメンタルヘルスや心理学の分野に興味を持ちました。 HSPの仕事の悩みや適職、特徴や長所を活かした働き方、疲れやすさの改善や休み方、発達障害や内向型との違い、HSS特有のツラさと生き方戦略など… あらゆる観点から、HSPの人が働きながら「生きづらさ」を残り超えるためのヒントを、本ブログやTwitterを通じて発信しています! そして、2019年12月にVtuberデビューしました!YouTubeチャンネル「ぽん乃助の心理ラボ&ゲーム部」でも心理学動画をアップしていますので、ぜひご覧ください。

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死にたいとき、自殺願望の理由や心理は?心が訴えている11のサイン

死にたいとき

ツイッターなどのSNSに書き込まれる「死にたい」 今は、スマホで誰でも簡単に繋がれるし、誰でも情報を発信できます。 特にツイッターは、フェイスブックのように実名でアカウント登録せず、匿名で使われる方が多いです。 リアルな人間関係が反映されない分、心の本音を吐露しやすいSNSと言えます。 死にたいとGoogleで検索した方は、 「」 検索結果画面の上の方にこのようにでできましたよね。 リンク先は、死にたいというハッシュタグがついたつぶやきがまとめられています。 SNSは、同じ心の弱ったもの同士、あるいは理解者のような形で、すぐに相手と繋がることができます。 メリットがある反面、リスクも伴います。 それが2017年に起こった座間市の事件だと思います。 SNSで見ず知らずの人と繋がっても、実際に会うのは本当に慎重になるべきです。 理解者を装った危険な人物かもしれません。 死にたくなるのはなぜ? 死にたいと思う原因は色々あるでしょう。 いじめ、うつ病、リストラ、借金、その他にも様々なことが複合的に絡まっているかもしれません。 生きていく上で、その問題を支えきれなくなってきたため、死にたくなるんですよね。 逆に背負っているものを、おろすことができれば死ぬ必要なんてありませんし、生きることにポジティブになれるでしょう。 だだ、それができない……。 街を歩けば、自分以外の人はわりと幸せそうに見える。 ちょっと辛いことがあっても、それをおぎなう幸せなことも日々の中にきちんとあって、生きる糧になっているんだろう。 なんで、自分にはそれが許されないのか? そんな一般的で平凡な日々を送る資格さえ、神様は私に与えてくれないの? 生きるのが辛い、もう死んだほうがマシ……。 そんな風に考えているかもしれません。 でも「本気で死にたいと考えている」のはあなただけではありません。 実際、どれくらいの人が本気で死にたいと思ったことがあるのか? 『自分以外の人は本気で死にたいと思ったことがあるのか?』という疑問にこたえる調査結果が、日本財団の大規模調査で明らかになりました。 出典: この図から、25. 4%の人が本気で死にたいと考えたことがあるという結果がわかります。 つまり 4人に1人が自殺を考えたことがあるということですね。 続いて、死にたいと思う理由についての調査結果です。 出典: このグラフから特徴的なのは、女性は「家庭問題」、男性は「勤労問題」「経済生活問題」が男女に明らかな差がでています。 逆に「健康問題」は男女差はほぼありません。 女性の社会進出がテレビでも話題になることが多いですが、やはり家庭のことをこなすのは女性ということなのでしょうか。 「働きにでていて、家庭のこともやらなければいけない」という状況が多大なストレスとなっているのかもしれません。 また年代別の推移も述べられていて、20代がいちばん多く15万人、次いで30代が12万人なっていました。 中高年より比較的若い世代に死にたいと考えた人が多いようです。 この世代は日本がバブル時で好景気だった時代を知りません。 逆にリーマンショックでの不景気・年金問題など、どちらかというと社会に対して、ネガティブなイメージを抱く人が多いようです。 死にたい時、最後にもう一度考えてほしいこと 先ほど述べたように『多くの人が死にたいと考えたことがある』ことがわかりました。 あなたがこの文章を読んでいる今この瞬間。 同じように「死にたい」という思いで、この文章を読んでいる人がたくさんいます。 あなたと同じように死にたいと自分の人生に希望を失った人たちです。 あなたはひとりじゃない、同じように苦しんでいる方の存在を知ってもらいたいです。 そのために次のようなものを集めました。 たくさんの人に寄稿してもらった 『死にたいと思った体験談』です。 もしかしたら、あなたと似た境遇の人がいるかもしれません。 先ほどのグラフからは見えない、実際の声に耳を傾けてみてください。 死にたいほど辛い想いを相談することができない方へ あなたは死にたいと思う悩みを誰かに打ち明けましたか?その悩みが深ければ深いほど、中々人に相談できませんよね。 きっと自分の気持ちをわかってもらえない• そもそも相談できる相手などいない このような声をよく聞きます。 少し考え方を変えて、相談相手を自分の知り合いから、自分のことをまったく知らない相手にしてみてはどうでしょうか。 「こころの健康相談統一ダイヤル」と「いのちの電話」をご紹介します。 電話であなたが抱えている悩みに、真摯に向き合ってくれます。 こころの健康相談統一ダイヤル 死にたいと悩む人のために、相談しやすい環境を整えることを目的に平成 20 年よりはじまった支援サービスです。 電話番号: 上記の電話番号にかけると、今あなたがいる所から一番近い公的な相談機関につながるようになっています。 注意が必要なのは、相談機関の場所によって運営時間と定休日が異なる点です。 一度下記のホームページよりご確認ください。 いのちの電話 こちらも死にたいと悩む人のための電話相談サービスです。 違いとしては、先ほどの「こころの健康相談統一ダイヤル」は国の政策の一貫で、「いのちの電話」は一般社団法人が運営しています。 「いのちの電話」は24時間対応している都道府県も多いので、時間を選ばないところがいいですね。 ただ問い合わせも多く、つながりにくいこともあるみたいです。 まずは、あなたのお住まいがある都道府県の電話番号を下記のホームページからご確認ください。 (スマホ対応していないので少し閲覧しにくいです…。 ) 死にたいと思った経験は人生に深みを与える 人生の豊かさは何にあると思いますか? 私はどれだけ大きな挫折を乗り越えたのかだと思います。 あなたの周りにもいるかもしれません、何をやってもうまくいき人生挫折知らずの人。 要領がいいんでしょう。 でも、そんな人が語る人生論を聞きたいと思いますか? 私は思いません。 その人の話に心が動くことはないでしょう。 それよりも「死にたい」と思うほどの絶望から這い上がった人の話を聞いてみたいです。 その振り幅が大きいほど、人生に深みを与えると思います。 あるフランス人の小説家が次のような言葉を残しています。 人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時なのでなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来に成し遂げる展望がわき上がるのを感じたときなのだ。 The most glorious moments in your life are not the so-called days of success, but rather those days when out of dejection and despair you feel rise in you a challenge to life, and the promise of future accomplishment. それはあなたと同じように死にたいと悩む人たちです。 心を動かすことができるのは、同じように悩んだあなただけです。 死ぬまで生きる 私も過去に、死にたいほど辛い経験をしました。 「もうこの世から消えて楽になりたい」と毎日のように思っていました。 でも、今それを乗り越えて、あなたに向けてこのメッセージを書いています。 もう死のうと思うこともないでしょう。 私は生きる上で、たった一つだけ決めたことがあります。 死ぬまで生きる。 人が死ぬことは、生まれてきたときから決まっている運命です。 今、自ら命を絶つことをしなくても、死はやってきます。 明日、不慮の事故でそうなるかもしれないし、長生きして100歳で老衰かもしれません。 つまり、こういうことです。 人は死ぬことが決まっているけど、誰もそのエンディングを知らない。 だからこそ、人生は面白いのだと思います。 それなのに、自ら人生のピリオドを打つなんて、とても悲しいことです。 あなたにはきっとまだできることがあるはず。 今日より明日、1mmずつでも前に進めば、きっと一年後には大きく前進できます。 また負けそうなときは、私のことを思い出してください。 私もあなたと同じ時代を日本のどこかで懸命に生き抜いています。 ささやかなアドバイスしかできないかもしれませんが、何かあれば下のコメント欄に記入してもらってもかまいません。 死にたいと思ったその気持ちは、将来あなたにとってかけがえのない財産になります。 あなたはまだ変わることができる。 これが最後に私からあなたへ贈る言葉です。

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死にたいときはありますか? それはなぜですか? もし、死,,,

死にたいとき

長期にわたって死にたいと思い続けてきた人間にとって、死にたいと思うことはすでに中毒となっていてちょっとやそっとでは消えません。 将来への希望がなく、不安や絶望だらけでは、死にたいと思っても不思議はありません。 実際、多くの人にとってこの世は生きにくく、誰もが一度は死にたいと思ったことがあるのではないかと思います。 とは言っても、安楽死でもない限り、人間は簡単に死ぬことができません。 死にたいけど死ねない。 そんなジレンマを抱えた人がこの世には多い。 死にたい人の多くは、不安や絶望感を含んでいます。 また、ものの見方も悲観的です。 最悪の状況を推定し、その場で生きているのが耐えられない、もうダメだなどと、もがき苦しむのは耐え難いです。 いわゆる 取り越し苦労をしている状態です。 死にたいは不安要素のシグナル 不安症、そして生きていくのは苦しい(生きにくい)、絶望的だという考えは死にたい気持ちを呼び込みやすい。 ならばこういった不安症はどこからきているのだろうとさらに理由を探ってみます。 勇気のいることですが、 自分がもっとも恐れていることを考えてみましょう。 私の場合は失業でした。 失業して邪魔者扱いされることが一番の恐怖でした。 とは言っても仕事は辛い。 いつまで続くか分からない。 こういった不安を解消しようと始めたのが、収入源をもうひとつ増やすこと。 収入源を増やすことによって、上記の不安を解消した次第です。 しかし、一度でも働かない期間が長いことがあれば、社会から弾き飛ばされます。 やはり 生きにくい世の中ではあります。 また、 働くこと=当たり前と周囲は洗脳されています。 仕事は辛いものだからしょうがないと あきらめています。 でも、死にたいほど働くのがイヤ、だったらどうする?という問題ですよね? 厳しいことを言いますが、 死にたいと思うだけでは一生死にたいままです。 本当は死にたい人など1人もいません。 「不安」「絶望」による死にたいは、自分が何を恐れているのか把握することから始まり、その不安の根源を断つ・緩和することによって改善される場合も多いようです。 もっと言えば死にたい気持ちを抱いていることは、 自分の中に何か不安要素があり、その不安要素を解消する必要があるというサインとも言えます。 信号で言えば黄信号です。 自分にとって不安・不満なものは何か、それを解消するには? という課題にさしかかっているのです。 なお、という記事で不安を解消したり軽減する方法を書いておりますので、こちらも一読いただければ幸いです。 過労・精神的に疲れて死にたいとき 時には、生きているのに疲れて死にたくなるときもあります。 精神的に疲れて死にたいという時もあります。 いわば楽になりたいという心の声です。 そんな時は「 気力不足」。 こうであらねば、動かなければ、と自分を追い込んでも思うように動けません。 逆に自分を追い詰めることになってしまいます。 気力不足で「死にたい」と思ったときは、 ゆっくり休みましょう。 休息が一番の栄養です。 ゲームや映画、読書、入浴なども心のリフレッシュに貢献してくれます。 無理して動けば動くほど、鬱に傾き、復帰が難しくなります。 不安で死にたい場合は 上記の方法で死にたい気持ちが和らげばよいのですが、それでも和らがないときもあるかと思います。 死にたい気持ちは悪いことばかりではありません。 差し迫った死にたい気持ちは危険ですが、適度な死にたい気持ちであれば、「勇気」に変えることができます。 不安症を緩和するためにその死にたい気持ちを利用してはいかがでしょうか。 私が若いころ、不安に襲われ苦しい時は、「そうだ!最悪の状況になった時は自分の理想の死に方を考えておけばいいんだ!」と思い、理想の死に方をいろいろと想像したことがあります。 私の理想の死に方は、お酒を飲んで北海道の雪原でゆっくりと眠るように死ぬことでした。 行き詰まったら、北海道の雪原でお酒を飲んでゆっくり眠ればいいんだと若い頃は考えておりました。 実際には行いませんでしたが、 行き詰まった時の「リセットボタン」を用意しておくことで幾分気持ちが軽くなりました。 ただ、この 「リセットボタン」はライフワークなどで心を満たされると、消えてしまいました。 正しくは忘れ去られてしまいました。 これは一歩幸福に近づいたという証です。 代わりに「 生きるための知恵」というボタンが出てきます。 これは最悪の状況になっても楽に死ねるようにというネガティブな考えではなく、最悪の状況にならないように準備しよう」とか「このような状況になったらこのように対応しよう」などというポジティブな考え方です。

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