グラブル 埃 まみれ の 書物。 シュテルケ島

#2 お前の人生と共に

グラブル 埃 まみれ の 書物

王都に帰還したジークフリートが騎士団の宿舎に足を踏み入れると、近くにいた団員が慌てた様子で「団長だ!」と大声を上げた。 その叫び声に、あちこちの廊を歩いていた団員達が一斉にジークフリートを振り返る。 「団長が帰ってきたぞ!」「副団長達に連絡を」「まだ間に合うんじゃないか?」と叫び出す団員達で、にわかに宿舎内は騒がしくなった。 駆け寄ってきた団員達が「こちらへ」と有無を言わさずにジークフリートを上階の団長の執務室に連行する。 一応、自分の部屋の一つとも呼べる場所の前に追い込まれ、ジークフリートは首をかしげた。 「……何事だ?」 「はっ。 副団長達に、万が一団長をお見かけした場合、絶対に逃がすなと言われております!」 複数の団員が退路を断つように囲んでくるので尋ねてみたものの、いまいち事態が把握できずにジークフリートはますます首をかしげるはめになった。 ひとまず何か緊急の魔物討伐が発生しているだとか、そういうことではないらしい。 「副団長達は何をしているんだ」 「間もなくこちらにいらっしゃるかと」 うまく会話が噛み合わずに、ジークフリートは困惑した。 とりあえず団員達に囲まれているのも妙な気分なので、執務室に逃げ込むことにして、懐から鍵束を探す。 篭手を外して細い鍵を鍵穴に挿し込む間に、「ジークフリートさん!」と廊下の向こう側から聞き慣れた声がした。 ジークフリートを囲っていた団員達がさっと壁側に避けて場所を空ける。 と、こちらに向かって駆けてくる副官二人の姿が視界に飛び込んできた。 ランスロットもパーシヴァルも、今日はいつもの鎧姿ではなく、隙なく整えられた礼服姿だ。 そのことに気がついて、ジークフリートは目を見張った。 よくよく気をつけて見れば他の団員達もぴかぴかに磨き上げた鎧を着ており、この場で一番薄汚れている格好なのは、旅の土埃にまみれたジークフリートだ。 執務室の前まで駆けてくるなり、パーシヴァルが「こんなギリギリで帰ってくるとはどういうつもりだ」と眉を吊り上げる。 その間にランスロットが団員達に「水と手ぬぐいを用意してきてくれ。 すぐに仕上げるぞ」と指示を出した。 団員達も「了解しました」と勇ましく駆け出して行き、実に手際が良い。 まるで大急ぎで討伐支度をしている時のようだ、とジークフリートが感心している間に、副官二人は目配せ一つで役割分担を終えたようだった。 「ジークフリートさんの礼服をとってくる」 「任せた」 すばやく身を翻したランスロットは廊下を駆ける勢いそのままに吹き抜けの手すりを掴み、二階下の廊下までためらいなく飛び下りた。 階下にいた団員が驚いて悲鳴を上げるのが聞こえてくる。 ジークフリートがそちらに気を取られていると、パーシヴァルがジークフリートを逃がさないようがっちりと腕を捕まえた。 これはもしや、と嫌な予感を覚えながら、ジークフリートは頭の中で騎士団のスケジュールを思い返した。 遠征や部隊の行動予定はきちんと頭に入れておいたはずなのだが、そういえば、王に侍る式典や晩餐会の予定を頭に叩き込んでおくのを忘れていた。 できれば、そういう時の王の随伴こそ、副官達に押し付けてしまいたかったのだが。 「……今日は何があるんだったかな、パーシヴァル」 「他国の文化交流使節の歓迎式と昼食会、夜は晩餐会だ。 二ヶ月前には連絡してあった筈だが、忘れたか」 「なるほど。 それで鎧を着ていないのか」 「ああ。 貴様にもさっさと身なりを改めてもらおうか」 言葉を交わす合間に、パーシヴァルは開きかけていた執務室の扉の向こうにジークフリートを押し込んだ。 自身の礼服のマントと上着を脱いで動きやすいよう袖のボタンを外すと、シャツの袖を丁寧に折って捲る。 「真っ直ぐに立て。 腕を広げて、そのまま動くな」と己の上司に命じると、他の団員にも手伝わせて、ジークフリートから外套を引っぺがし、鎧のパーツを一つずつ外していく。 「そんなに世話を焼かれなくても、着替えくらい一人でできるぞ」 「時間がないんだ。 いいから顔でも洗っていろ」 椅子、水、とてきぱきと命じるパーシヴァルの声に応じて、別の団員が水桶だの手ぬぐいだの座るための椅子だのを運んでくる。 数人がかりであっという間に鎧を剥ぎ取られたジークフリートは、椅子に座り、言われるがままに水桶の水で顔と手足を洗った。 「爪の間もきちんと洗え」と細かく指摘してくるパーシヴァルに睨まれながら手を洗い直していると、ランスロットがジークフリートの私室から発掘した礼服一式を抱え、息一つ乱すことなく駆け戻ってきた。 「おいランスロット、櫛はどうした」 「こっちに無いか?」 「この男が執務室に置いているわけないだろう」 「まあいいんじゃないか。 ジークフリートさんはそのままでも充分かっこいいから」 「お前達は揃いも揃って…! わかった。 着替えは任せるぞ」 「ああ、任せてくれ!」 パーシヴァルが舌打ち一つを残して部屋を出て行く。 今度はランスロットが、「さあジークフリートさん。 さっさと着替えましょう」と促してくる。 息の合った副官二人のやりとりは実に頼もしいのだが、扱われている内容が自分の着替えというのはどうにもむずがゆかった。 鎧を片付けた団員達が出ていくのを見送って、ジークフリートは大人しく鎖帷子を脱ぎ始めた。 下の服に手をかけたところで、執務机の上に礼服を広げていたランスロットがすかさず振り返ってくる。 「ジークフリートさん! 礼服を着る前に身体も拭いて下さいね」 「……わかった」 手際よく濡らして絞った手拭いを差し出され、ジークフリートが言われるがままに身体を拭くと、息つく暇もなくランスロットが礼服を差し出してくる。 新しい下着にきちんと折り畳まれたシャツ、折り目の付いたズボン、靴下、よく磨かれた革靴に、ベスト、飾り帯、上着、と渡される順番に身に着けた。 ジークフリートが袖口の飾りボタンと戦っている間に、ランスロットが肩に付ける黒竜騎士団の意匠を施したプレートを細い鎖で結びつけていく。 と、そこまで仕上げて、ランスロットが「あっ」と声を上げた。 まだ飾りボタンと戦っていたジークフリートが首をかしげると、ランスロットはジークフリートの襟元を凝視して頭を抱えている。 「どうした、ランスロット」 「タイを持ってくるのを忘れました…!」 「おいランスロット! タイを忘れて行っただろう!」 ランスロットが呻き声を上げたまさにそのタイミングで、ノックと同時に執務室の扉が開き、パーシヴァルが飛び込んできた。 一応ノックはしていたが、中の応答を待たずに開けるのはどうなんだ、とジークフリートがぼんやり考えている合間にも、腕に細々としたものを抱えてきたパーシヴァルがつかつかと歩み寄ってくる。 そちらを振り返ってランスロットがぱっと顔を輝かせた。 「さすがだなあ、パーシヴァル。 確認してきてくれたのか」 「扉が開け放したままだったので見ざるを得なかったんだ。 クローゼットの中身を全部出したのか? 泥棒にでも遭ったかのようだったぞ。 あと一応騎士団長の私室なんだから扉ぐらい閉めてこい」 「待て。 俺の部屋はいったいどんな有様になっているんだ」 思わずジークフリートが口を挟んだが、副官二人はそれどころではないらしい。 パーシヴァルが持ってきたタイ、櫛、整髪剤を手に「全部後ろに流すか?」「前髪は垂らしたほうがいいんじゃないか」「しかし今回は食事会もあるのだから」「晩餐会はまた変えればいい」と真剣な顔で話し始めている。 ジークフリートが声をかけようとそっと手を挙げると、「タイくらいは自分でできるな?」と渡された。 さらさらと指を滑らせる上質な布をどうにか首元に巻き付けて結ぶ。 すると再び椅子の上に座るよう指示される。 「絶対に頭を動かすなよ」 低い声で命じてくる部下の威圧感に頭を押さえつけられ、ジークフリートは黙って袖口の飾りボタンとの戦いを再開した。 繊細な細工で飾られたボタンは下手に力を入れたら潰してしまいそうで、なかなかうまく留められない。 自然とジークフリートの頭が袖口を覗きこむように俯く。 「頭を動かすなと言っただろう!」 「ジークフリートさん、ボタンなら俺がやりますよ」 「……すまん」 背後に立ったパーシヴァルにぐいっと首の角度を直されて、ジークフリートは短く呻いた。 パーシヴァルはジークフリートの肩に手ぬぐいをかけると、絡まった髪に櫛を入れ始めた。 普段から櫛を通さずにあちらこちら跳ねている髪をていねいに何度も何度も梳いていく。 その間にランスロットは手際よく袖口の飾りボタンを留め終え、上着のあちこちに装飾を付け足していった。 肩に付ける飾り、胸に下げる飾りなど、ジークフリートにはちっとも違いがわからないのだが、「先日陛下から下賜された何某を忘れるなよ」「わかっているって」と副官二人が言い交している以上、全て違う意味のあるものなのだろう。 さらに髪をいじりながらパーシヴァルが「ランスロット」と声をかけると、ランスロットがジークフリートの正面に回り込んで、真剣な表情でジークフリートをじっと見つめた。 「前髪半分」「全部」「両側を少しだけ落としたらどうだ?」などとこまめに提案し、パーシヴァルがその都度ジークフリートの前髪の分け目を直しながら櫛を挿し込んだ。 梳かれてすっかり指どおりの良くなった髪に、パーシヴァルの手が整髪剤を塗り込んでいく。 あちらこちらに跳ねていた毛先が大人しくおさまり、長い前髪を左右に分けられると、ジークフリートの視界が広くなった。 「団長! ランスロットさん、パーシヴァルさん。 お時間です!」 「すぐに終わる」 扉の向こう側から声をかけてくる団員に鋭い声を返し、パーシヴァルがジークフリートの襟足を整える。 「どうだ」 「ああ、ジークフリートさんはやっぱり礼服姿でもかっこいいな…!」 「見苦しくないなら問題ない。 おい、まだ剣帯をつけていないじゃないか」 「ジークフリートさん、立ってください」 肩にかけられていた手ぬぐいをとってジークフリートが立ち上がると、ランスロットが剣帯を運んでくる。 華やかに飾られた帯を腰に巻き、式典用の装飾剣を挿し込む。 ジークフリートは具合を確かめるように少し身を捻り、腰の軽さの心もとなさに嘆息した。 「思うに、もう少しまともな得物にしたほうがいいんじゃないか」 「式典にあの大剣を持ちこんで、来賓を脅す気か?」 「国内向けの式典ではむしろあれを持ってこいと言われるのに、違いがわからん」 あれ、とジークフリートが示すのは、団員が二人がかりで運んで壁に立てかけたジークフリートの愛剣だ。 パーシヴァルはちらりとそちらを見遣って「国内向けならば問題ない」と呟いた。 「あれは竜殺しの大剣だから、民が喜ぶ。 だが、今日は他国の使節相手の文化交流式典だ。 それに、何のために警護の騎士達がいると思っている。 こういう時くらい、お前の騎士団を信じて任せろ」 「だがなあ……ああ、ランスロット。 引き出しにナイフがあるだろう。 とってくれ」 「隠し武器を仕込むな。 礼服のかたちが崩れるだろう」 「まあまあ。 上着やマントで隠れるから、いいんじゃないか?」 「甘やかすな!」 執務机の引き出しに収められていたナイフ数本と細いベルトをランスロットが持ってくると、ジークフリートが受け取る前にパーシヴァルが取り上げる。 しかしジークフリートとランスロットが揃ってじっと見つめると、「……一本だけだぞ」と苦々しげな表情で戻してきた。 先端を鋭く磨き上げた、柄の無いシンプルなナイフを、ジークフリートは鞘ごと腰のベルトに付ける。 上着の裾を下ろせば隠れる位置だ。 ランスロットが肩まわりや袖口などを細かく整えてくれる間に、パーシヴァルが取り上げたナイフを机の引き出しに戻した。 仕上げに、ランスロットからマントと手袋を受け取る。 「ランスロットさん、パーシヴァルさん!」 扉の外から団員が声をかけてくる。 少し焦った声なのは、もう時間切れということだろう。 ジークフリートが見遣ると、パーシヴァルはさっさと自分のシャツの袖を整え直して上着を羽織っていた。 ジークフリートがあれだけ苦労した袖の飾りボタンも何なく留め終えて、颯爽と肩にマントを掛けている。 ランスロットが執務室の扉を開けて、外に待機していた団員達に「待たせたな!」と明るい声をかける。 その後ろからジークフリートが姿を見せると、おおっと歓声が上がった。 「さすが団長! 見事な変身っぷりです」 「ランスロットさん、パーシヴァルさん、お疲れさまでした!」 「とてもいつもの団長と同じ人物には見えませんよ」 「……褒められている気がせんぞ」 口ぐちにかけられる言葉に、ジークフリートが苦笑しつつ首のあたりに手をやる。 と、即座に「髪を触るな」と背後から叱られた。 散らかったままの執務室から水桶を抱えた団員が退出するのを確認して、パーシヴァルが扉に鍵をかける。 「すぐに王城へ向かう。 誰か、先に走って陛下にご連絡を。 今日は騎士団長もいると…」 「無用だ。 陛下は俺が王都に戻っていることはご存知だぞ」 「どういうことですか、ジークフリートさん」 「ここに来る前、一度陛下のところに参上して、帰還の挨拶だけはしてきたからな」 途端に、副官二人が目を見開いて動きを止めた。 何か問題のあることを言っただろうか、とジークフリートが目をまたたかせると、赤毛の副官の気配がみるみる怒気をはらんでふくらんだ。 「あの埃だらけの格好で陛下の前に参上したのか…!? 」 「王都に入る前に、山の川で身は洗っておいたんだが。 まだ少し埃っぽかったか?」 ジークフリートはそっと顎を撫でて自分の身体を見下ろす。 燃え上がる炎の気配を察知した団員達がさっとすばやく距離をとる。 そのうちの一人を捕まえてランスロットは「陛下に少し遅参すると連絡してきてくれ」と走らせた。 そうして同僚が爆発する前に腕を掴んで囁く。 「パーシヴァル、陛下の御前に遅れちまうぞ」 「わかっている! ……もはや呆れ果てて怒る気にもなれん」 掴まれた腕を振り払い、パーシヴァルがさっさと身を翻す。 振り撒かれる怒気に押しのけられ、ざっと廊下の道を空けて左右に分かれる団員達の真ん中を歩く背中を見送って、ジークフリートはランスロットを顔を見合わせた。 「待てよ」と先に駆け出したランスロットがパーシヴァルに追いついて引き留めている間に、ジークフリートも歩き出す。 歩きながら、手にしたマントを肩にかけ、細く編み込まれた飾り房の付いた留金を嵌めた。 金糸で縁取りが施され、背面に向かい合う一対の竜が刺繍された黒竜騎士団のマントは、本来、日々纏う品として王から下賜されたものだ。 だが、あんまり上等な品なので、ジークフリートは式典の時しか纏わなかった。 おかげでほころび一つなく、すべすべとした手触りの布地も艶を保って美しい。 数歩先で待っている副官達も同じマントを羽織っている。 黒と赤と金を配色した礼服はどちらもよく似合っているし、ジークフリートよりよほど着こなしているように見えた。 (だが、やはりいつもの鎧姿のほうが似合っているな) ふふ、と思わず口の端から笑みをこぼして、ジークフリートは副官達に声をかけた。 「では行こうか、お前達」.

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【グラブル】「埃まみれの書物」集めについて。クエストで集めるならシュテルケ島のクエスト(108章)だけど入手率は低め。なので蒼光の輝石で交換も有り。とにかく風有利古戦場前にジャッジメントを仕上げたいところ。

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資本主義は「煩悩」を全面開花させる いま我々が暮らしている社会は、「資本主義社会」と呼ばれる社会である。 それがどんな社会かというと、「煩悩(ぼんのう)」をかぎりなく肯定していく社会といっていい。 「煩悩」とは仏教用語で、「人の苦の原因となるもの」(Wikipedia)とされ、「人間の心をかき乱す妄念や欲望のこと」と説明されている。 そんなマイナス要素の強い「煩悩」を全面的に肯定し、人間の妄念や欲望をかぎりなく解放していくことが、資本主義の目指すところなのである。 だから、人間の物質的・心理的欲望が消えてしまうと、資本主義は成り立たなくなる。 そのため資本主義は、絶えず人間に向かって、「欲望を持とうよ、快楽に溺れようよ」とささやきかける。 いや、正確にいうと、「主義(イズム)」なんかではない。 「経済システム」という表現がより適切なのかもしれない。 資本主義は、「経済」だけを勉強しても解らない このような資本主義の奇妙な「運動」に最初に興味を抱いたのはマルクスであった。 しかし、資本主義の不思議な面白さに気づいたのは、マルクスやウェーバーだけではなかった。 フェルナン・ブローデル、カール・シュミット、ウォーラーステイン、スーザン・ソンタグ、トマ・ピケティ、山本義隆、宇沢弘文など、経済学の分野に留まらず、人文学の領域を幅広く逍遥する「知の巨人」たちが、みな一様に資本主義の謎を解くことに好奇心を抱いたのだ。 そのような資本主義の核心に挑んだ人たちの書籍を集め、それらを書評する形で きわめて簡潔明瞭に資本主義の本質を解き明かしたのが、水野和夫氏の『資本主義がわかる本棚』(日経プレミアシリーズ 2016年 2月8日初版)である。 新書の発行に際して、新たに書きおろされた原稿もあるが、基本的には日経新聞や朝日新聞の「書評欄」に掲載された原稿を集めたものである。 とにかく面白いのだ。 今回の本でも、「はじめに」という文章では、次のようなことが書かれている。 「(資本主義を考えるための)本をたくさん読むと、ある時ふと点と点が結びついて線になる。 そして線と線が結びついて立体形となる。 線と線をつなぐには、経済書だけを読んでいては無理である。 文学、社会学、哲学、宗教、科学史など幅広いジャンルの本を読む必要がある。 こうした(さまざまな)本の著者たちは、常に人間とは何かを探求している。 人間は、経済学が想定しているように、健全な精神を持って合理的に行動するとはかぎらない。 むしろ、人間の住む世界は『病院』にも似ている。 では、資本主義はどのようにして可能になったのか。 また、なぜそれが病んでしまったのか。 この本が問題にしているのは、 「資本主義はどこから来たのか? 資本主義とは何者か? 資本主義はどこへ行くのか?」 という謎である。 ここで何が言われているのかというと、13世紀に、時の宗教的権威の頂点に立っていたローマ教会が、ついに金銭の貸し借りに付随する「利子」を認めたということなのである。 しかし、貨幣経済が普及し、遠隔地貿易も発達してくると、リスク回避の保証やら商行為のモチベーションを高めるために、ついにローマ教会ですら「利子」を認めざるを得なくなってきた。 「資本の概念は、この時点で、『嘘と貪欲』から『必要と有益』へと変わった」というわけだ。 大黒俊二は、それをもって、「資本主義的な思考が準備された」という。 「近代」とは「資本主義の時代」をいう 「資本主義」は、西欧における「近代」の誕生とともに始まったというのが一般的な見方であるが、では時代区分としての「近代」が西暦何年頃に始まったかというと、それを判断する人の歴史観がそれぞれ反映されるため、諸説並び立つことになる。 しかし、『世界の見方の転換』という本を書いた山本義隆によると、 「コペルニクスの『回転論』の出版(1543年)をもって、近代の真の始まりと見なしうる」 ということになるようだ。 このような認識は、人々に次のようなイメージを植え付けてきた。 すなわち、「世界」は二つの異なる階層から成り立っている。 その一つが、「神様が住んでいる天上世界」。 もう一つが、その下に広がる「人間の住む賤しい地上世界」。 この「のっぺりした均一な空間」は、計量可能な空間として意識されるようになった。 資本主義的な思考というのは、世界を計量化して把握するという視点がなければ成立しない。 つまり、コペルニクス的な世界観が普及することによって、神様のつくった世界であったとしても、それは自然科学的に計測できる世界であるという認識が生まれるようになったのだ。 これを「神学的世界観」から、「数学的世界観」への転換と言いかえてもいいかもしれない。 そのため、どこまでも続く「均質な世界」という世界観は、そっくりそのまま地球の海洋のイメージと重なった。 それまで、海には「果て」があったり、「地獄」があったりするなど、行く先々が階層の異なる世界に分節されていたが、コペルニクス以降、海もまた均質な空間であると意識されるようになったのだ。 それまで、人間に与えられた時間には、「始まり」と「終わり」があった。 神様が「天地創造」を行ったときが「時間」の始まりであり、神様が人間を裁く「最後の審判」が訪れたとき、それまで流れていた時間も止まると考えられてきた。 しかし、ニュートンは、コペルニクスが「無限の空間」を発見したのと同じように、「時間もまた無限である」と言い切ったのだ。 「時間が無限である」ということは、人間の経済活動には終点がないということでもある。 水野氏は、こう書く。 その大繁栄の頂点を示したのが、20世紀であった。 水野氏は、資本主義の原理は次の三つの要素に還元できるという。 すなわち、 「より速く、より遠く、より合理的(科学的)に」 である。 そのどれもが、エネルギー消費の問題と関わっていた。 「より速く、より遠く」を実現するには、エネルギーの大量消費が前提となった。 さらにエネルギーのインプットを効率的に抑えたまま、より多くのアウトプット(工業製品)をつくるには、エネルギーの合理的供給がシステム化されなければならなかった。 この完璧なエネルギー供給が、まさに奇跡のように実現したのが、20世紀である。 資本主義が頂点を極めた20世紀の繁栄というのは、「石油」という化石燃料の上に築かれたのだ。 水野氏は、フェルナン・ブローデルの『地中海』を紹介する文章で、次のように書く。 「20世紀は『アメリカの世紀』であり、『石油の世紀』だった。 この二つを合わせれば、『モータリゼーションの時代』でもあった」 「自動車」は、まさに資本主義的な工業製品のシンボルであり、また資本主義文明そのものの象徴でもあった。 実際に、20世紀の先進国の繁栄は、自動車による大量かつ高速輸送によって実現したといっても過言ではない。 そのような先進国の繁栄は、実は発展途上国との貿易収支の格差によってもたらされたものであった。 19世紀半ばから20世紀にかけて、先進国は工業製品1単位と引き換えに、およそ10倍の量の原油を発展途上国から入手できたのである。 先進国の各企業は、このメリットを維持したまま大量の工業製品を作り続けることによって、利益を増加させ、貿易収支を黒字にもっていくことができた。 しかし、先進国がこのように安価なエネルギーを入手できたのは、1970年代半ばまでであったという。 それまでは、先進国の石油メジャーが油田の開発権を独占し、国際カルテルを結んで価格を仕切っていたが、資源ナショナリズムの台頭によって、多くの産油国が油田を国有化するようになり、石油メジャーはそれらの地域での石油利権を失っていくようになったのだ。 いわゆる「オイルショック」(1973年)である。 実は、この1970年代というのが、資本主義の「終わりの始まり」ではなかったか? … というのが、水野和夫氏の大胆な仮説なのだ。 「近代の限界」とは、どういうことか? 水野氏の叙述を追ってみよう。 「21世紀になって、わずか10年間に、何百年ぶりともいえる事件・事故が立て続けに起こった。 9・11(2001年アメリカ同時多発テロ)、9・15(2008年リーマンショック)、3・11(2011年東日本大震災=福島原発事故)である。 これらの事件・事故はいずれも近代の限界が露呈してきたことを示唆している」 と、氏は述べる。 「前進しようとする衝動」とは、何のことか? それは、「技術の進歩には限界がない」という信仰のことをいう。 20世紀になって、電気機械、自動車、航空機など、これまでの技術水準をはるかに超えた驚異的な発明品・応用品が、次々と誕生した。 「しかし … 」 と、水野氏はいう。 そして、絶対安全神話を誇っているはずの原子力工学も、(3・11の)自然の猛威の前ではなすすべもなかったことが証明された」 つまり、「技術の進歩」という盲目的な信仰から目を覚まさない限り、人間は、「近代の限界」を認知する目を養うこともできず、今後も同じような悲劇を繰り返していくだろう、というのが水野氏の警告なのである。 フロンティアの消滅により変貌を遂げた 21世紀の資本主義 資本主義は、フロンティアを探し出し、それを食い尽くすことで発展を遂げてきた。 そのため、21世紀というグローバル時代の資本主義には、もう物理的なフロンティアが残されていないのだ。 そうなると、資本主義は、フロンティアをもう一度自分の内部に探さなければならなくなる。 それが「格差社会」である。 こういう話になってくると、一般庶民の未来はけっして明るくないように思えてくるが、しかし、本書には、その苦難を乗り越える指針も示されている。 すなわち、近代の資本主義が「より速く、より遠く、より合理的に」を目指してきたのだとしたら、その限界が見えてきた現代こそ、「よりゆっくり、より近く、より寛容に」という精神が求められてくると説く。 そして、そのための具体的な展望にも触れられているのだが、長くなるので、ここではフォローしない。 ジャンヌ・ダルクの火刑から学べるもの とにかく、ここで紹介された著作は、どれもみな素晴らしい。 よくもまぁ、こんな多方面にわたって様々な本を探し出したと感嘆してしまう。 たとえば、フランス史で有名なジャンヌ・ダルクの火刑の話。 ジャンヌの宗教裁判が行われたのは1430年だが、この事件はフランスが近代化を遂げていくためには避けて通れない事件だったというのだ。 すなわち、この時代に、時の為政者や宗教家、そして一般庶民が、ジャンヌを「魔女」だとか「聖女」だと議論しながら火刑することによって、「魔女」や「聖女」が実在した中世的な幻想に決着をつけることができたというわけだ。 これは、1964年の東京オリンピックのときに、世界最強といわれたソビエト連邦の女子バレーチームを破って金メダルに輝いた日本の女子バレーチームのドキュメントである。 そのときの日本女子チームの主軸となったのが、日紡貝塚という繊維会社の選手たちであり、その彼女たちを率いた大松博文監督だった。 書評によると、1950年代まで、日本の女子社員の勤続年数は短かったという。 当時、女子中卒者の多くは20歳前後で離職し、その後「音信不通」になっていった。 そうした社会状況を改善するために当時の繊維業界は官民あげて「絶え間ない努力」を行った。 そして、「工場の近代性・安全性を喧伝し、面倒見のよい職場であることをアピールしようと」、米国でレクリエーショナルとして考案されたバレーボールを採用した。 60年代、高卒女子が中心となった日紡貝塚チームを率いた大松博文監督は、他の一般労働者と同等の工場勤務をこなす彼女たちに、睡眠時間を削っての猛練習を課し、世界最強のソ連の女子バレーに挑んだ。 大松は彼女たちの望んだ「結婚」、すなわち女性性を取り戻すために、いったんそれを否定して「鬼」と化し、金メダルを取ることで「魔女」から「解放」した。 翻って、グローバル時代の21世紀には「泳げない者は沈めばいい」を標榜するグローバル企業のトップが名経営者としてもてはやされている。 それが正しいのかどうか。 今の経営者たちに、ぜひ一読を薦めたい。 … というのが、新雅史 『「東洋の魔女」論』の書評の結びの言葉である。 水野氏は、すでに現在のグローバル企業のトップたちが抱えているニヒリズムを読み切っている。 世界の富を手に入れたグローバル企業のトップたちがいま求めているのは、すでに物への欲望でも、精神の充足でもない。 マネーゲームの高揚感に過ぎない。 そういう彼らの終末論めいた荒廃感も、文芸的には興味深いんだけどね。 芸術映画から見た資本主義の誕生) >木挽町さん、ようこそ この拙稿に関して、ご丁寧なコメントをいただき、本当にありがとうございます。 で、ご指摘のとおり、最近は「智恵だけを備えた悪いヤツ」というのがたくさん出てきてますね。 いま問題になっているのは、「パナマ文章」で摘発されたタックスヘイブンに関わった国家元首やグローバル企業のトップ、さらに民間のセレブたち。 格差社会がこれほどまでに深刻になってきたのは、やはり稼げる層の頂点に立っている人たちが、自分の地位や立場を利用して、脱税や蓄財の高等技術を身に付けてきたということもあるかもしれません。 アメリカの大統領選で、トランプ候補やサンダース候補がそれなりの支持層に支えられているのも、やはり全米に広がってきた格差社会への怒りといったものが反映されているのでしょうね。 ただ、トランプ候補の場合は、格差拡大の構造についてはわざと口をつぐんで、自分に都合の悪いことは言わないので、もし仮に彼が大統領になったら、いま彼を支持しているプアホワイト層の失望は大きくなりそうに思えます。 今 豊田美術館でデトロイト美術館展をやっている 先月予定なく立ち寄ったところ来週からといわれ 是非期間中にと思っている デトロイトはまさにアメリカの黄金時代の舞台だ 1988年頃 2、3回 レンタカーで兄妹でアメリカを横断した サンフランシスコから塩のユタ州を抜け ミシガンのデトロイト自動車博物館 美術館に選りNY に至る5000余キロを走破した 生の若々しい アメリカの風に吹かれた その際 デイエゴリベラたちの 素朴でダイナミックな壁画を存分に見たが それらはあのあとデトロイトの衰退とともに どうなったのかとても心がかりだったが やっとその後がわかるのかもしれない いま思いだすと 1970年頃から安価で安全 コストパホーマンスに優れた日本車の台頭により打撃を受けたと説明を受けたっけ 私たちはぎりぎり安全なデトロイトを見聞したと思っている 既にその頃 街は空疎化してテナントのいない巨大なビルに 1ドルと プライスが表示してあり 買おうかと冗談も出たほどだった 失業中の若者や住人の好奇と空虚の眼差しの集中砲火を浴びたものだ 市内で目立つ建物はデトロイト美術館 オペラハウスなどだったがその美術館展が初公開ということでたのしみである 不況となれば真っ先に無視されるかの美術分野、、しかしそのとき たとえコピーであろうと一瞬心が遊ぶもの、、、 其れが美術であり それが在るといいと思う 尻切れとんぼで終わります >なかじま けいこ さん、ようこそ デトロイトにいらっしゃったことがあるんですか。 それだけに、ご指摘のとおり、70年以降、デトロイトの市民たちは、同市が日本車の輸出攻勢によって衰退していったという意識を持ちやすいのかもしれませんね。 私はデトロイトには行ったことがないので、どのような街なのか具体的なイメージすら浮かびません。 だから、当時の街の様子を伝えたレポートは非常に参考になりました。 不況になると、確かにアート系の文化は迫害を受けそうですね。 美術系に属する「心の文化」は、直接的な生産性を持たないので、「無駄なもの」の代表的な存在に思われてしまうのかもしれません。 デトロイト美術展は、いい作品がいっぱい集まっているようですね。 私も行きたいけれど、なかなか行く機会がありません。 もし行かれたら、楽しんできてください。 検索:• 最近の投稿• 最近のコメント• に 喜多一郎 より• に ちょす より• に より• に より• に 町田 より• に より• に Jutaro. shikata より• に 町田 より• に よしひこ より• に 町田 より• に 木挽町 より• に より• に より• に show より• に ようこ より• に より• に show より• に より• に イトヤン より• に より• に イトヤン より• に より• に より• に より• に イトヤン より• に ようこ より• に より• に イトヤン より• に 町田 より• に 山田 より• アーカイブ• カテゴリー• メタ情報•

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グラブル 埃 まみれ の 書物

幼少期のオレに他人から向けられた感情の殆どがそれだ。 母親に言われた記憶がある。 「あなたは神様のそばへ行くの、だから悲しいことじゃないのよ」 ガキの頃のオレでもその言葉の意味はわかった。 死ぬってことだ。 そしてそれを子供に言うということは、この親はオレのことを諦めたということだ。 そもそも「神様のそばへ行く」ってなんだよ。 神様のそばに行くのが悲しいことじゃないなら、何で皆さっさと死なねぇんだ。 さも良いことのように言いやがって、ただ現実から目を背けてるだけじゃねぇか。 馬鹿野郎お前オレは生きるぞお前。 さっさと死ぬのがオレの運命だって言うなら、そのクソみたいな運命に全力で抗ってやる。 どんな手を使ってでもな。 両親は郷土史の研究家だった。 そもそも裕福ではなかった上に大して金にならないことをやっていたので、はっきり言って家は極貧だった。 家は常に埃っぽく、寝床もその辺の農家からタダでもらってきた藁を敷いてあった。 ただ、書物だけは充実していた。 他の全てを切り詰めて両親は書物の蒐集に金を費やした。 今から思えばあの二人は生きるために研究をやっていたのではなく、ただ単純に自身の知識欲を満たすためだけに生きていたのかもしれない。 両親はオレに「神のそばに行く」と宥めることしかしなかった。 金が無いから、遠い街の医者に診せに連れて行く余裕が無かったのだ。 両親にとって、オレの命より書物を蒐集のほうが有益だと考えていた。 妹は健康上問題が無かったから家事の働き手として使えたが、オレは常に臥せっている厄介者。 流石に研究者として、知識人としての体裁を気にしたのか表向きに邪険にすることは無かったが、内心さっさと死ねばいいのにと思っていたかもしれない。 それが「お前は神のそばへ行くんだよ」という言葉として表れていたのかもしれない。 さっさと死ぬと周りに思われていながら、何度も死にかけながらなんだかんだでオレは十歳になっていた。 そんなある日、両親が死んだ。 研究で立ち入った森の中で魔物に襲われた。 遺体の損壊が激しく、身につけているもので身元を判断しなければいけないほどだった。 妹は泣いていた。 妹は明るい性格で、よく家の手伝いもしていた。 両親はそれを当たり前のことだと思っていたようだが、褒めることも忘れていなかった。 機嫌を良くすることで家事仕事の効率を上げようという意図があったのだろう。 よく褒めてくれる両親のことを妹は慕っており、両親との突然の別れをそれは悲しんでいた。 だが、オレにはそんな余裕はなかった。 死という眼の前に常にチラつく現実。 両親が死んだことで収入がなくなり、そもそも食べていくことができなくなる。 そうなればオレの生命を維持するのも極めて困難になる。 それにどう抗うか、それしかオレの頭にはなかった。 オレは藁にもすがる思いで両親が残した書物を読み漁った。 何か生きるための手がかりが得られるかもしれない。 とにかく必死だった。 両親の死から数日、オレたちの処遇を村の有力者たちで話し合っていた。 オレたちには身寄りがなかった。 親戚もおらず、両親が死んだことで子供二人が残されたのだ。 両親は村の連中には慕われていたようだった。 郷土史の研究をしていたが、色々な学問に精通していたのでその知識を生かして様々な助言をしていたようだ。 世話になった先生の忘れ形見を見捨てるのは如何なものか。 村の連中はそう考えたらしく、村全体で面倒を見ていこうということになったようだ。 しかし、問題になったのはオレの存在だ。 体が弱く、何度も死にかけているオレを、街の医者に連れて行って診せるのか。 その費用まで村全体で持つのか。 診せたところで死んでしまうかもしれない。 そうなったら、金も無駄になる。 結局必要最低限の援助だけをして、その結果オレが死んでしまったら残念だったということにしよう、ということで落ち着いたらしい。 それでもとりあえず食っていくことが出来るようになったことは有難かった。 家の事は全部妹に任せてオレは書物を読み込むことに時間を費やした。 歴史、魔術、医術、呪術、神学……。 親が残した様々な書物を読み漁る。 そこで、ある考え方に辿り着く。 人は死ぬと魂が肉体から離れる。 故に人は死ぬと体が軽くなる。 ということは体というものは魂の入れ物だということになる。 もし、この病弱でポンコツな体を捨てて魂だけを頑強な肉体に移すことが出来たら……。 そうすればオレは死ぬ運命から脱することが出来るかもしれない。 オレは今の「器」を捨てて新たな器に魂を移す方法を探すことにした。 新たな「器」を創る作業は困難を極めた。 そんなことを今までやろうとしたやつどころか考えたやつもいなかったらしく、両親が集めた膨大な書物のどこにもそんな記述はなかった。 今になって冷静に考えれば新たな器を作るなんて無理な話だ。 ただ、オレは冷静でいるなんて無理だった。 それは自分の命を諦めるということだ。 無理かもしれないと諦めて死んで一体何が得られるというのか。 村の人間の中にはオレのことを狂ってると言ってるやつもいた。 死の恐怖を目の前にして頭がおかしくなったと。 逆にオレから言わせれば死を目の前にして冷静でいられるヤツの方がおかしいと思うがな。 書物を読み漁り始めてニ年程が過ぎただろうか。 オレは自分の命のリミットを感じ始めていた。 成長期。 オレはその厄介な時期に差し掛かり始めていた。 弱々しいクソみたいな体でも成長をしようとはするらしく、それがオレの命をいよいよ脅かし始めていた。 弱々しく生きるのがやっとのこの体に「成長」という余計な事象のせいで生命の維持が難しくなってきたのだ。 時間が無い。 早くしなければ。 もう何でも良かった。 人の形をしていなくても、この体を捨てて生きながらえることができれば。 妹に素材集めの手伝いをしてもらいながら魔術をベースに「器」を創る試行錯誤をする。 殆どがゴミのようなものですぐに形が崩れた。 まるで、自分自身。 この世に生まれても、儚く脆く、一瞬で朽ちる。 形作るのに失敗して崩れ去ったゴミの塊を見て、自嘲した。 もう無理なのだろうか。 そう考えたこともあった。 今から思えば、根を詰めて毎日毎日「器」を創る研究をしていたことが弱々しい生まれつきの「器」の寿命を縮めていたかもしれない。 日に日に生まれつきの「器」は弱っていった。 そんなある日だった。 ヤケに近かった。 なんでもいい。 生きながらえられれば。 この体を捨てることができれば。 そう思いながら、必死の思いで……。 初めての成果だった。 オレは宝物を見つけたかのようにそっとそれを拾い上げ、捧げるように両手に乗せた。 「は……、はは……。 出来た……」 モゾモゾと動くそれは、オレにとって一条の光だった。 自分らしいとまたも自嘲するが、すぐに何がどう影響してこのウジ虫のようなものを創ることができたのかを検証した。 まず、気がついたのは等価交換だった。 ウジ虫を創り出した際に使用した材料とウジ虫の物質の量は全く同じだった。 ということは人の形をした代わりの「器」を創るには相応の物質量が必要ということだ。 そしてもう一つ気づいたのは無理な結びつきはさせられないということ。 オレは自身の弱々しい体を意識するあまり、頑強な器を求めすぎていた。 それは結果として物質の結びつきに無理を生じさせ、それが崩壊を招いていたのだ。 あくまで、自然であるべき。 それを意識して「錬成」を試していった。 掴んでからは早かった。 ネズミ、ウサギ、ネコ、イヌ……。 小動物から始め、少しずつ大きな生き物を形創っていく。 これならいける。 人の形をした「器」を創ることが出来る。 それに関しては最早問題は何もなかった。 最後の難問はどうやって魂を新たな器に移すかだ。 器を創るという第一難関をクリアしたオレは、極めて冷静だった。 魔術、呪術、神学書を改めて読み直し何かを依代とすることで命を移す術式を完成させることが出来るのではないかと考えた。 結びつきが強い依代。 元々の体が一番いいだろう。 オレは新たな器を形作る際、自分の体の一部を混ぜることにした。 今でこそ「真理」に到達し等価交換で自分の体を創ってしまえば魂を入れ換えるなんてことは容易く出来るが、当時は探り探りだった上に初めてだったから確かな方法が必要だった。 全てが決まり、オレは入れ換える体の設計図を書いた。 最初はそのまま生きてきた感覚のまま男の体を創ってそれに入るつもりでいた。 「お兄ちゃん、何書いてるの?」 普段は激しく咳き込み難しい顔をしながら研究をしているオレが、機嫌よく図面を書いていたので妹が興味深そうに覗き込んできた。 「次の体の設計図を書いてるんだよ。 やっとこの弱々しい体ともおさらばだ」 八割ほど書けた図面を目の前に、オレは感慨深かった。 ようやくここまで来れた。 死の恐怖と戦い何回も死の淵に立ちながら研究を続けて……。 「お前にも苦労かけたな。 新しい体になったら家のことも色々とオレが……」 ふと、妹に目を向けて言葉に詰まった。 髪はボサボサ、服も継ぎ接ぎのボロボロ。 手は家事仕事で荒れに荒れていた。 妹と同じ年頃の女の子たちは、そろそろ見た目にも気を使い出すころだ。 妹は家事、村の手伝い、そしてオレの世話で忙しく、自分の見た目に気を回す余裕など微塵も無かったのだ。 「……っく」 自然と涙がこぼれた。 目から流れ出た涙が書いていた図面に滲む。 「お兄ちゃん? どうしたの? どこか痛いの? ちょっと休む?」 オレの涙を見て妹が動揺し気遣ってくれる。 「いや……、大丈夫だ。 大丈夫。 悪いな、心配かけて」 オレは完成間近だった図面を破った。 「え! お兄ちゃん?」 「気が変わった。 設計図を書き直す」 オレは決意を込めて図面を何回も破った。 親が早く逝き、自分のことを犠牲にしてオレの世話をしてくれていた。 遊びたかっただろう。 可愛い格好もしたかっただろう。 それを全部犠牲にして、オレの命のために尽くしてくれた。 次はオレの番だ。 オレが妹の人生に尽くす。 妹には女として幸せな人生を謳歌してもらいたい。 新たな「器」は女として創ることにした。 元が男なので、感覚や思考、そういったところの違いもあるのでどこまで徹することができるかわからないが、オレは妹の人生に寄り添って新たな人生を歩むと決めた。

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