スラムダンク cm 資生堂。 【スラムダンク】三井がファンに大人気な理由と、伝説の名言10選

【2018】スラムダンク続編決定の可能性は?NBA編もあり得るか…!

スラムダンク cm 資生堂

長く続いていたり、アニメで人気になった漫画には必ず 都市伝説が出る。 都市伝説は基本的に「裏話」「裏設定」「妄想」のどれかだ。 まれに「名推理」が加わることもあるが、大抵は「こぼれ話」か「勝手な想像によるヨタ」で決着がつく。 Webを検索して見ると分かることだが、 スラムダンクは人気の割に都市伝説が少ない。 これは主に「人物設定と言うほど人物について深く書き込まれていない」のと「ほとんどが試合のシーンばかりである」ことが原因だろう。 つまり 「解釈」が入り込む余地が無いのだ。 この記事では、少ないながら存在するスラムダンクの都市伝説について検証してみよう。 意外な事実が見えてくると思う。 スラムダンクの都市伝説で最も有名な「トレース疑惑」 まず「 トレース」というのをご存じだろうか?これは写真素材などを「 なぞり書き」して絵を描くテクニックのことで、下記の物がそれに当たる。 実際、多くの写真の構図がそのままスラムダンクに採用されていることは見ていただくと明らかである。 しかしこれは、アウトなのだろうか? まず写真の著作権というのは写真そのものにしか発生しない。 例えば写真集が発売となり、その中身を雑誌に載せたい場合に許可なく載せてしまえばアウトだが、写真集を見ているところを後ろから撮って 写真集が「写り込んでしまう」場合はセーフなのだ。 またIllustratorなどのソフトで写真をイラスト加工してしまうと、著作権的にはセーフだ。 写真の構図自体は著作に当たらないので、 構図を参考にして絵を描くことは全く問題にはならない。 逆に試合の様子を迫力ある絵にしたい場合は、積極的に写真を参考にすべきだとすら言える。 風景も背景として使いたい場合には撮影にも行くし、既存の風景写真を参考にすることもある。 またスラムダンクの場合、選手には モデルがいる。 選手の個性を明確にするためにモデルがいる場合は、その選手の独特な動きを漫画の中に取り入れるのは自然なことだ。 またバスケットに関する雑誌の写真を参考にして、漫画のキャラクターに ポーズを付けることも当然と言える。 全ページトレースで埋めたらそれは問題だろうが、「決めカット」を写真を参考に描くのは問題無いはずだ。 スラムダンクの作者は画力が高いことで知られている。 大事なのは「著作権を侵害していないこと」であり、我々は素晴らしい漫画が読めれば文句を言う必要もないのだ。 「他の作品」にスラムダンクの登場人物が!?キャラに関する数々の都市伝説 実はスラムダンクの作者は寡作で、他の作品にと言っても「バガボンド」は時代劇(しかも吉川英治の宮本武蔵という原作がある)なので、同じバスケットを扱った「 リアル」(障碍者による車椅子バスケットを描いた作品)の方だ。 リアルの中の1シーンに「メガネ君」こと、スラムダンクの湘北バスケット3年の 木暮がバスの乗客として書き込まれている。 またリアルに「長野満」というキャラがいるが、スラムダンクにも「 永野満」というキャラがいる。 これは、作者がしばしばキャラの名前に高校の部活の友人や大学サークルでの友人の名前を使っており、 たまたま同じ名前を使ってしまったと思われる。 きっと仲の良い友人なのだろう。 キャラ以外にも、病室のテレビでスラムダンクのアニメが流れていたりもする。 他の記事にも書いているが、湘北高校のシューティングガード「 三井寿」は最初、ただの不良キャラで選手にするつもりは無かったと作者は語っていた。 が、描いているうちに作者も愛着が湧いてしまい「安西先生、バスケがしたいです」の名セリフで選手となった。 彼の名前は福岡の銘酒「 三井の寿」(みいのことぶき)に由来しているという都市伝説がある。 逆に桜木軍団の 水戸洋平は、当初バスケ部の選手となってシューティングガードになるはずだった。 しかし、三井をバスケ部に入れる設定に急遽変更したので追い出された末、彼はモブキャラに近い存在となってしまったらしい。 ゆくゆくは花道の親友として絡む選手になる予定だったが、既に三井・リョータ・花道と3人も不良キャラがいるので、はみ出てしまったのだろう。 桜木軍団と言えば、実はメンバーの「 野間」「 高宮」「 大楠」の名前は作者の友人から取られたわけではなく、都市伝説的には 福岡県の地名から取られたという話だ。 これはモブキャラだからということではなく、主要キャラの一人である 流川も広島にある 流川(ながれかわ)から取った名前だという都市伝説もある。 湘北バスケ部のキャラと言えば「シオ」と「ヤス」こと、 塩崎と 安田も影が薄い。 塩崎は8番、安田は6番とどちらもレギュラーの背番号を付けているものの、試合に登場するシーンはほとんど無い。 強いて言えば花道にボールをぶつけてしまうシーンで赤木に怒られた場面くらいしか印象に残る姿は無い。 都市伝説的には、この時二人は練習前に ボールを使ってフザケていたという話だ。 Sponsored Link 都市伝説記者が解説!桜木花道が負った「怪我」とは!? この問いに対する作者の意見はこうだ。 「 どういったケガか想定していない」 「 じゃあ、結局分からずじまいか…」と思った人は早計である。 このケガに関しては、医療にも詳しい都市伝説記者が解説しよう。 まず作者が花道を負傷させることにしたわけだが、とんでもない不治の病では第二部(当初描かれる予定だった)に繋がらなくなってしまう。 かと言って、ただの捻挫とかだとドラマチックではないし、テーピングによる固定で戦力として復帰できてしまう。 そこで、高校のバスケ部時代に作者自身が聞いたことのある症状を出したと見るのが正解だろう。 それは ・背中の痛み ・体位を変えると強い痛みがある ・しびれ ・原因がすぐにはわからない ・安静が必要で戦力外になる …といった症状だ。 作者が見聞きしたことがあるのは結構ありがちな「スポーツ障害」の一種であるはずだ。 そこでこの条件から考えると、候補病名はズバリ「 腰椎分離症」になる。 これは使い過ぎによる腰椎の疲労骨折によって起こる病気のこと。 治療法としては、コルセットの装着と安静だ。 もちろん骨折が治るまで運動は禁止である。 そうすると筋力が落ちたり関節の可動域が狭まったりするため、リハビリが必要になる。 大けがと言えば大けがだが、(ある程度治るまでに3か月はかかる)まあ 選手生命に別条はないのでこの辺が落としどころだろう。 学校名がおかしい?スラムダンクの「トーナメント表」にも都市伝説が! まず作者の「命名法」について再度確認したい。 ・友人などの人名 ・関連がある地名 ・土地の名産品 ・実際の学校名 筆者の独自調査によると、主に上記を参考に名付けられている。 例えば陵南高校の「池上亮二」という選手。 彼は、作者が影響を受けた漫画家の「 池上遼一」をもじって命名されたといった具合だ。 そこでスラムダンクのインターハイ、神奈川県大会の トーナメント表を見てみよう。 まず、基本的に地名とは関係ないことが分かる。 これは地図アプリで確認して頂いても構わないが、神奈川県内にはトーナメント表に出てくるような地名は見当たらない。 また、学校名もない。 おそらく実際の校名と被ってしまって迷惑をかけることを回避した結果だと思う。 実はこの件。 実際に神奈川県内のバスケの強豪である松陽高校から「翔陽高校」という名前を作り出したところ、熊本県内に「 翔陽高校」が実在したという珍事(校内には作者が送った「学校名を勝手に使ってすみません」という色紙がある)が起きてしまったのだ。 なので二の舞を防ぐために用心したと思われる。 そこで命名法を「知り合いの名前」に変更したのだ。 ここで都市伝説的には、面白い名前が出てくる。 それは「 浜田中央」対「 松元」、「 南原」対「 内村第二」である。 これはすぐ分かるようにお笑いコンビ「 ダウンタウン」と「 ウッチャンナンチャン」から取られていることは明白だ。 さて、これは都市伝説記者の推理だが…かつてこの2大お笑いコンビが共演していた時代があった。 それは「夢で逢えたら」という番組で、他には清水ミチコと野沢直子がレギュラーだった。 きっと作者は この番組の大ファンだったに違いない。 そうでなければ、この2大コンビを同時に出すはずはないのだ。 ちなみに安西先生が矢沢の墓参りをした際、他の墓の名前が全て 巨人軍の選手名だったという都市伝説は意外と知られていない。 きっとアンチ巨人だったんでしょう… Sponsored Link スラムダンク最大の都市伝説!あの二人は兄妹ではない スラムダンクでおなじみの兄妹キャラといえば、赤木とハルコだろう。 赤木はバスケ部の主将であり、ハルコがいなければ花道はバスケ部に入らないので重要なパイプ役でもあるが… なんとこの二人には「 偽兄妹疑惑」があるのだ。 さて、これは一体どこから来た都市伝説なのか? 実は作中でハルコの中学が 四中であるのに対して、赤木は回想で 北村中学出身と話していたのだ。 そこで、この件について考察してみよう。 普通は地域の公立中学校に進学するので、一般的な兄妹ならば別居していない限り同じ中学の出身となるはずだ。 「四中」というのはナンバースクール形式なので、間違いなく公立ということになる。 そうなると第一の可能性は、 赤木の「北村中学」が私立であるという可能性だ。 しかしこれはおかしい。 何故なら、私立中学から公立高校(湘北は神奈川県立)への進学は私立を中退するか、もしくは退学処分にでもならない限り通常は有り得ないからだ。 そうすると次の可能性としては、赤木とハルコは異母兄弟か異父兄弟で、 中学校時代は別居していたというパターンが考えられる。 この説に従えば、都市伝説通り「本当の兄妹」ではないことになる。 確かに顔も全然似ていないし雰囲気も違いすぎるので、この可能性は捨てきれない。 しかし、もう一つの可能性がある。 それは「 引っ越しによる地域変更」だ。 赤木が中学を卒業する直前、そしてハルコの中学入学直前に引っ越した場合には公立であっても違う中学校に入ることになる。 高校入試を控えた中学三年という微妙な時期に移動するのなら、卒業直前に引っ越すという手段以外にはない。 これが新学期のスタート以降ということになれば、開始そうそう転校させられるハルコに同情してしまう。 ということで都市伝説記者の結論は、赤木家はギリギリのタイミングで引っ越しをしてその結果、兄妹が「 別々の中学校」に通うことになった…である。 「スラムダンクの続きがある」…は都市伝説だった? 問題は作者が「 第一部 完」と連載終了時に書いてしまったことだ。 しかしこれは、単行本では「 終」に修正されていて、作者は「湘北対山王」という試合を設定した時点で「 これで終わりにするつもりだった」と明言している。 また「トーナメントを最後まで描くという在り来たりなことはしたくなかった」「盛り上がっている最中に終わるのが一番」とも語っている。 スラムダンクはあそこで終わったからこそ名作なのだろう。 スラムダンクの続きに関しては、別に詳細記事を書いたのでそちらを見て欲しい。

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【2018】スラムダンク続編決定の可能性は?NBA編もあり得るか…!

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スラムダンク続編「描きたくなったら描く」可能性アリ! 連載終了時、作者の井上先生は「続編については、あるかもしれない」という含みのある発言をし、自身の公式サイトでは「描きたくなった時に描く」と語っておられます。 スラムダンク連載終了後の動きを追ってみました。 ・2004年7月にジャンプ・コミックス版単行本日本国内発行部数が1億部を突破した。 それを記念して、同年8月11日には全国紙6紙朝刊紙上にて、作者の井上が一面広告で湘北メンバー6人それぞれの描き下ろしイラストを掲載。 ・2004年12月には統合により現在は使われていない神奈川県立三崎高等学校(現・神奈川県立三浦臨海高等学校)校舎において「1億冊ありがとうファイナル」を開催。 各教室の黒板に漫画 「スラムダンク-あれから十日後」を描いた。 作者の公式サイトのみでしか告知されなかったにもかかわらず、3日間で5000人を超えるファンが訪れた。 現段階での正統な続編。 ・2006年9月に発売された『超こち亀』の中で、作者が1Pの作品を寄稿しており、その中で主人公の桜木花道を含めた桜木軍団達が、両津勘吉と一緒に歩いている絵が描かれている。 ・2007年7月に「週刊少年チャンピオン」で「水島新司先生画業五十周年記念号」に1Pの作品を寄稿しており、花道がピッチャーで殿馬一人がバッターの絵が描かれている。 ・2009年4月に「スラムダンク-あれから10日後」完全版が発売。 スポンサーリンク スラムダンク続編が「NBA編」になる可能性は? 推測になりますが、「スラムダンクNBA編」は可能性大いにアリ!だと思います。 その理由として… 「スラムダンク-あれから10日後」のストーリー終盤で、リハビリ中の花道が療法士 から日本人初のNBA選手が誕生したことを教えられ、「次は、俺だ!」と宣言するシーンで終わっている。 公式サイトによると井上先生は、「バスケットボールに恩返しがしたい。 それは、男子バスケを強くすること。 その為にはバスケ強国へと渡る橋をかけることこそが必要」と考え、「スラムダンク奨学金」を立ち上げられました。 そして最後に、こう結ばれています。 「アメリカでのバスケットを心から欲している貴方の応募を待っています。 」 NBAで日本人選手が活躍することは容易いことではありませんが、「スラムダンクNBA編」を描くことで、エールを送る意味になるのではないでしょうか?(あくまでも個人的な推測と願望です!) この2つの理由から「NBA編の可能性アリ!」と、期待を膨らませています。 スポンサーリンク 「スラムダンク」ファンの声 井上先生、突然の無礼申し訳ございません。 私はスラムダンクを愛する者の一人です。 どうかスラムダンクの続編を描いて欲しいです。 何年先になってもいいです。 いつか必ずあの5人が帰って来ると信じてます。 長文失礼しました。 初めて江ノ電乗ったってときも、あの踏み切りも 笑 続編読みたい気持ちはない。 あれで終わりでいい。 花道たちには大人になって欲しくない。 幸せだ。 中には、井上先生へ直々に呼びかけている人までW(どうぞ、先生の目に留っていますように…).

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スラムダンクの続きが明らかに!【インターハイ・その後】

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スラムダンクといえば、バスケットボールを通して、日本中の青少年たちに感動と希望を与えた伝説のアニメです。 そんなスラムダンクのキャラクターの中でも、特にファンを熱くさせたキャラクターが、三井寿です。 なんと、スラムダンクにたくさん登場するキャラクターのなかでも、一二を争う 大人気なキャラなんですよね。 そんな三井は、スラムダンクの名言メーカーと言われるほど、数々の名言を残しています! スラムダンクを知る世代も、知らない世代も、三井の魅力にハマること間違いなしでしょう。 というわけで、ここでは スラムダンクの三井がファンに大人気な理由と、伝説の名言10選についてご紹介していきます。 スラムダンクの三井がファンに大人気な理由 数々の困難や葛藤と戦いながら、情熱的にバスケットボールをやってきた 三井。 そんな三井が、スラムダンクの作中で全力で バスケットボールをプレーしてきた姿には、どんな人でも感動せざるを得ません。 スラムダンクが最初に放送されてからしばらく経ったいまでも、三井はかなりたくさんのファンから人気を集めているキャラです。 スポンサーリンク あまりにも自信にあふれすぎて「オレ様」っぽく思える時もありますが、三井くらい自信にあふれていた方が勝負の世界ではちょうどいいのでしょう。 このようなことと同じで、自信があるということは、それなりに沢山の 努力をしているという事になるのです。 絶対に勝てそうにない相手とでも、諦めず戦って勝ったり、普通では絶対に打てなさそうな場面で シュートを決めてみせたり、感動的な試合がたくさんあります。 特に、高校バスケチームで最強といわれた 山王工業との試合でも、たくさんシュートを決めた三井の姿は、本当に奇跡的でしたね。 もちろん他にも、スラムダンクでは、三井が活躍する試合がたくさん登場します。 しかも、さらに意外なことに、有名な外国人のバスケットボール選手が三井のモデルになっているんです! その名も、アメリカで12年間バスケ選手として活躍した、 マーク・プライス選手です。 マーク・プライス選手といえば、三井と同じく3Pやフリースローの天才と呼ばれた選手ですね。 身長は183センチで、本場アメリカのバスケットボール選手としてはちょっと 小柄でしたが、そんなことを物ともせずに戦っていました。 いまでもアメリカのバスケットボールの歴史に、その名はしっかりと刻まれています。 それでも、バスケに打ち込む三井のカッコよすぎる姿は、人気の 理由として、外すことはできないのです! 三井のギラギラとエネルギーにあふれたまなざしや、真っ直ぐにゴールを見る表情は最高にクールですよね。 そしてもちろん、鍛え上げられた肉体も、男女問わず 憧れを抱いた人がたくさんいるでしょう! たった1つのボールに全力を投じて、真剣に駆け抜ける姿は本当にかっこいいですよね。 バスケをしている三井の姿は、爽やかさと、燃えるような 情熱的な雰囲気の両方を兼ねそなえています。 こういった三井の姿は、まちがいなく三井が大人気な理由の1つになっていることでしょう。 でも、そんな三井も、最初っから何の努力もせずに天才児だったわけではありません。 スポンサーリンク 三井は、人知れず血のにじむような努力をしてきたし、心のなかでもかなりたくさんの葛藤と戦ってきた「努力の天才」なのです。 まわりから天才児と言われ続けるプレッシャーに苦しんでいたり、自信を無くして不良になったり、さまざまな 困難を経験しています。 そんな背景があるからこそ、バスケットボールのコート場で天才とよばれる三井は、多くのファンから愛されているのでしょう。 努力もしないで完璧な天才なら、たしかにスゴイとは思えても、 共感はできないため、好きになれなかったりしちゃいますよね。 三井がここまでファンに人気なのは、三井がきちんと 努力している姿を見せているからです。 スラムダンクの三井の、伝説の名言 とっても男気にあふれていて、バスケひと筋である三井は、聞いた人々を感動させてしまうような 伝説的な名言を、数多くのこしています。 そんな時には、ぜひ三井のこの名言からパワーを分けてもらってください! 三井はどんなに強い相手と戦う時でも、決して最初から諦めたりすることはありません。 前向きに、強敵にもたちむかう姿勢は最高にカッコイイですし、実際に諦めなかったからこそ 勝つことのできた試合もありました。 いずれにせよ、最後まで諦めないことで、何かを手に入れられる!ということを教えてくれているのが、この素晴らしい名言ですね。 このころの三井は、かつての三井とはまるで別人で、見る影もありませんよね。 このように、三井が不良として荒れていた時期は、スラムダンクでもかなり印象的で、いまだに語り継がれている超有名なシーンです。 そんな不良になった三井も、かつての師である 安西先生の顔を見ると、本当はまだまだバスケットボールに触れていたいという感情があふれてしまいます! その時に、あの男らしい三井がなんとも言えない悲しい表情で言った 本音が、このセリフになります。 ボロボロになり別人のように荒れてしまった三井が、泣きながら言ったこの名言に、 感動して泣いたファンも多いのではないでしょうか? まさに、三井の感情が痛いほどに伝わってくる、伝説の名言です。 三井のこの名言からは、彼の強い自信と、精神力をうかがうことができます。 それに、三井がここまで自信を持つことができるようになるまでは、 簡単な道のりではありませんでした。 多くの困難をのりこえ、自ら 成長してきた三井だからこそ、こうして自信にあふれている姿やセリフがとてもカッコイイものに感じられるのでしょう。 しかし、そんな状態でも三井の心は決して折れたりはしませんでした。 体力的にはかなり 限界だったはずが、三井は「もうオレには リングしか見えねえ」と、驚異の集中力と根性を見せ付けます! この時の三井の、ただならぬオーラや、倒れそうになりながらも決して試合を諦めたりしない姿は本当にカッコイイものです。 なにがあっても、絶対に最後まで諦めたりしないで勝ちたいという、 強い思いがあったからこそ、三井は立っていられたのでしょう。 この名言からは、三井のバスケへの大きな 愛と、メンタルの強さがよくわかりますね。 いい脇役がいないと 主役も生きないだろ!!」 たとえば、どんなにジャンケンが強くても、弱い人に勝つだけでは、ただ「へー、強いんだね」で終わっちゃいますよね。 そうなるよりも、めちゃくちゃ強い人に勝ったほうが、「めちゃくちゃスゴイじゃん!」と思いませんか? つまり、最高に強い主役が、その強さに気がついてもらうためには、対戦相手も強くなければならないということを三井は教えてくれています。 このセリフからは、三井が「強いものは、しっかりとその強さを認められるべきだ」という 大人な考えを持っていることがうかがえますね。 バスケットボールという 勝負の世界で、全力で努力してきた三井だからこそ言えた、伝説の名言でしょう。 まとめ いかがでしたでしょうか? 今回は、スラムダンクの三井がファンに大人気な理由と、伝説の名言10選についてお伝えしました。 とても真っ直ぐで強い心をもちながら バスケットボールに向き合い、自信に満ち溢れている三井は本当に素晴らしいキャラクターでしたね。 それに、不良になってしまった三井が、泣きながらバスケ部に復帰した時の名言も、かなり 感動的でした。

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