大人 に なれ なかっ た 弟 たち に。 中1国語「大人になれなかった弟たちに・・・」について。

村上睦/大人になれなかった弟たちに……

大人 に なれ なかっ た 弟 たち に

しかし「ヒロユキ」とカタカナで書くことにより、戦時中に栄養失調で死んでいった多くの子ども達すべてを表現するために、「たち」という複数形を用いたのだと思います。 ちなみに戦争で死んだ子どもというのは、「ちいちゃんのかげおくり」のちいちゃんのように空襲で死んだり、ヒロシマやナガサキで原爆で死んだりした子どもばかりではありません。 戦争末期から戦後にかけて食糧不足の中、弱い者から栄養失調や病気(当時、薬も不足していました)で死んでいきました。 一番弱い者…それは乳幼児でしょう。 「・・・」の省略法には、どんな気持ちがこもっているのか、それは作品を読んだ読者に任されていると思います。 ちなみに、原作の絵本には「母に捧ぐ」という言葉が添えられています。 もしこの話が、作者の母親に捧げるものであるとするならば、「弟たちに・・・」の「に」にはどんな言葉が続くのでしょう。 この作品は、栄養失調で亡くなった子ども達への鎮魂歌(レクイエム)のような気がしますね。 そのときの 顔を、僕は今でも忘れません。 強い顔でした。 でも 悲しい悲しい顔でした。 僕はあんなに 美しい顔を見たことはありません。 僕たち子供を必死で守ってくれる 母の顔は、美しいです。 この部分には「顔」という言葉が5回も使われています。 読者の注意を喚起する反復表現です。 それぞれの顔は以下の関係になります。 強い顔+悲しい悲しい顔=美しい顔=母の顔 「強い顔」とは「子供を守ってくれる顔」です。 そして「悲しい悲しい顔」とは、誰にも頼らずに一人で命がけで守ろうとする顔」です。 この叙述の直前、親戚に「食べ物をもらいにきた」と誤解され、弁解せずに「くるりと後ろを向いて」帰ってしまいます。 誰にも頼ることができないことを悟り、たった一人で子どもたちを守っていかなくてはいけないと決意した、強さと悲しさがあるのでしょう。 思うはずがありません。 「子供を必死で守」ろうとした母親ですが、ヒロユキを守りきることができなかったのです。 そして「子供を守れなかった」という事実を一番受け入れることができなかったのは母親自身です。 この言葉は、「『ちいちゃんのかげおくり』のようにひとりぼっちで死ぬよりずっとましだった」と、なんとか自分を納得させようとする言葉です。 ヒロユキの死を「自分のせいだ」と思って、それでも自分をなんとか納得させようとする言葉なのでしょう。 そして納棺の時に、母親はヒロユキ自身が大きくなっていることに気づきます。 自分の中では「小さい」赤ちゃんで、自分が守ってやらなくては生きていくことができないと思っていた母親ですが、ヒロユキ自身もまた「生きよう、成長しよう」としていたことに気づき、ヒロユキの無念さを思って初めて泣くのです。

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中1国語「大人になれなかった弟たちに・・・」について。

大人 に なれ なかっ た 弟 たち に

しかし「ヒロユキ」とカタカナで書くことにより、戦時中に栄養失調で死んでいった多くの子ども達すべてを表現するために、「たち」という複数形を用いたのだと思います。 ちなみに戦争で死んだ子どもというのは、「ちいちゃんのかげおくり」のちいちゃんのように空襲で死んだり、ヒロシマやナガサキで原爆で死んだりした子どもばかりではありません。 戦争末期から戦後にかけて食糧不足の中、弱い者から栄養失調や病気(当時、薬も不足していました)で死んでいきました。 一番弱い者…それは乳幼児でしょう。 「・・・」の省略法には、どんな気持ちがこもっているのか、それは作品を読んだ読者に任されていると思います。 ちなみに、原作の絵本には「母に捧ぐ」という言葉が添えられています。 もしこの話が、作者の母親に捧げるものであるとするならば、「弟たちに・・・」の「に」にはどんな言葉が続くのでしょう。 この作品は、栄養失調で亡くなった子ども達への鎮魂歌(レクイエム)のような気がしますね。 そのときの 顔を、僕は今でも忘れません。 強い顔でした。 でも 悲しい悲しい顔でした。 僕はあんなに 美しい顔を見たことはありません。 僕たち子供を必死で守ってくれる 母の顔は、美しいです。 この部分には「顔」という言葉が5回も使われています。 読者の注意を喚起する反復表現です。 それぞれの顔は以下の関係になります。 強い顔+悲しい悲しい顔=美しい顔=母の顔 「強い顔」とは「子供を守ってくれる顔」です。 そして「悲しい悲しい顔」とは、誰にも頼らずに一人で命がけで守ろうとする顔」です。 この叙述の直前、親戚に「食べ物をもらいにきた」と誤解され、弁解せずに「くるりと後ろを向いて」帰ってしまいます。 誰にも頼ることができないことを悟り、たった一人で子どもたちを守っていかなくてはいけないと決意した、強さと悲しさがあるのでしょう。 思うはずがありません。 「子供を必死で守」ろうとした母親ですが、ヒロユキを守りきることができなかったのです。 そして「子供を守れなかった」という事実を一番受け入れることができなかったのは母親自身です。 この言葉は、「『ちいちゃんのかげおくり』のようにひとりぼっちで死ぬよりずっとましだった」と、なんとか自分を納得させようとする言葉です。 ヒロユキの死を「自分のせいだ」と思って、それでも自分をなんとか納得させようとする言葉なのでしょう。 そして納棺の時に、母親はヒロユキ自身が大きくなっていることに気づきます。 自分の中では「小さい」赤ちゃんで、自分が守ってやらなくては生きていくことができないと思っていた母親ですが、ヒロユキ自身もまた「生きよう、成長しよう」としていたことに気づき、ヒロユキの無念さを思って初めて泣くのです。

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村上睦/大人になれなかった弟たちに……

大人 に なれ なかっ た 弟 たち に

国語の問題がわかりません。 『大人になれなかった弟たちに…』という教材の問題をやっているのですが、次の問題の答えがどうしてもわかりません。 どなたかわかる方いらっしゃったら回答してく ださるとありがたいです。 (所々改変してます。 ) Q. 文章中に「その時、母は初めて泣きました。 」とありますが、この時『僕』が感じ取ったことを次の中から2つ選びなさい。 母がそれまで涙をこらえて頑張ってくれていたこと。 母の方がヒロユキを愛していたこと。 母は戦争を憎んでいる思いをずっと隠していたこと。 母は成長に気付かないくらい弟に興味がなかったこと。 弟の命を守れなかったことに対して母は悔やんでいるということ。 『ナガサキ』、『ヒロシマ』などと作品中で所々片仮名になっているのは、作者のどんな意図があるからですか。 よろしくお願いします。

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