響け ユーフォニアム 誓い の フィナーレ。 劇場版 響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ | 無料映画倶楽部

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響け ユーフォニアム 誓い の フィナーレ

C 武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会 昨年度の全日本吹奏楽コンクールも終わり、北宇治高校吹奏楽部を支えていた3年生が部を去りました。 こうして新体制を迎えることになった吹奏楽部は、吉川優子を部長として1年生を集め、今年度の全国大会金賞を目標に活動を続けます。 そして、久美子が指導を担当する低音パートには、4人の新入生が加入しました。 しかし、この4人は一癖もふた癖もあるキャラクターたちであり、先輩としてさまざまな困難にぶつかる久美子。 もちろん彼ら一年生だけでなく、上級生たちも各々がさまざまな問題に立ち向かうことになります。 果たして、彼らは眼前の問題をクリアし、目標として掲げていた全国大会での金賞を勝ち得ることはできるのでしょうか。 映画『劇場版響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ』のネタバレ感想 新キャラも魅力的でしたが、尺の不足感は否めず… C 武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会 今作は完全新作の劇場アニメではありますが、キャスト・スタッフともに基本的にはTVアニメシリーズからの続投になるので、その点に関しては安心感がありました。 実際、彼らは今までと全く変わらずに素晴らしいパフォーマンスを発揮していたように思えます。 そこで個人的に気になっていたのは、今作より新たに登場するキャラクターたちの存在です。 原作を既に読んでいた筆者としては、果たして新1年生がどのように描かれるのか、という点が良くも悪くも気がかりでした。 とはいえ、冒頭でも書いたように「大外れ」はないと考えていましたが。 今作に登場する1年生は多数いますが、特に中心として出番があるのは久石奏(雨宮天)、鈴木美玲(七瀬彩夏)、鈴木さつき(久野美咲)、月永求(土屋神葉)の低音パートに属する4人の一年生です。 彼らは非常に個性的な一年生であり、彼らと久美子の衝突や和解が大きなテーマとして描かれているという印象を受けました。 まず、彼らのビジュアルや声の出演に関しては、流石の「京アニクオリティ」だけあって完成度が高いと感じました。 既存のキャラに交じっても全く違和感なく、声の出演も安易に芸能人やアイドルを起用することなく実力重視のキャスティングがなされています。 また、彼らが個性豊かであることはすでに触れていますが、その個性もとてもリアリティを感じるものでした。 一見優秀だが心の奥底に何かを隠していそうな奏、幼馴染への嫉妬を感じる美玲、呼び名に徹底的にこだわるような気難しい求、彼らに囲まれる純粋なさつきと、個性のスタイルや部内での衝突がえぐり出されるようにシビアに描かれています。 ただ、詳しくは後述しますが原作2巻分を2時間弱の映画に押し込んでしまっている感は否めないため、彼らの抱えている問題が発覚してから解決するまでのスピードは気になりました。 実際、劇中で奏や美玲は自身の抱えた問題を吐露し、久美子ら先輩たちと本音をぶつけ合いながら壁を取り払っていくというシーンが多く描かれるのですが、それぞれのシーンが「必要最低限だけ」描かれているような印象を受けてしまいがちです。 筆者は原作を知っているので「こういう積み重ねがあっての不満であり、吐露によって解決していくのか」という積み重ねの部分を踏まえることができるのですが、原作未読の視聴者からすれば「描写不足」という感想が生じても全く不思議ではありません。 そのため、新キャラの一年生たちに愛着をもつのはなかなかに難しいという構成上の欠点があり、後述する久美子と秀一の恋愛描写や、コンサートシーンの素晴らしい出来と比較するとやや残念にも思えます。 久美子と秀一の関係が進展していく「恋愛描写」は素晴らしい C 武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会 今作は原作のエピソードを大きく削る形で構成されていますが、原作よりも気合を入れて描写されていたのが「恋愛面」であるという印象を受けました。 これまでのシリーズでは、滝先生と麗奈のように例外的な関係を除いて、部内での恋愛描写は大半がカットされていました。 原作では、久美子は秀一との接し方を悩むような「女子の部分」がアニメよりも描かれていましたが、アニメではそこが大幅に削られていたためです。 しかし、今作ではまるで今までのカットシーンを取り返すように、久美子と秀一の関係性に焦点が当てられています。 ちなみに、原作では今作よりも前の時系列にあたる短編で久美子と秀一が正式に付き合い始めたため、今作で描かれる久美子と秀一の関係性はほぼアニメオリジナルといっても過言ではありません。 そして、結論から言えばこの二人の関係性は大変魅力的に描写されていました。 これまでは、「ユーフォニアム」「あすか先輩」「麗奈」などとの接点が多く、男性との絡みはあまり強調されていなかったためか、恋する少女としての久美子がとても新鮮で同時に魅力的に感じられました。 特に、秀一と久美子が祭りでデートするシーンは非常に完成度が高く、青春恋愛ストーリーとしては恋愛漫画以上に感動させられるものでした。 特に、筆者は原作の知識をもとに映画を鑑賞していたため、「不意打ち」のようなアニオリシーンにより感動が深まったのかもしれません。 さらに、恋愛にかまけるだけでなく吹奏楽部の活動や後輩の指導で板挟みになっていく久美子の描写もリアルでした。 最終的に久美子は全てを両立することを諦め、吹奏楽部の活動に一区切りがつくまでは秀一と距離を置くことを決断します。 今作の久美子は、「強豪吹奏楽部で奏者として鍛錬する」「後輩の指導をする」「秀一との恋愛にも興味がある」というように、非常に多くのものを背負った状態で行動を余儀なくされています。 これらの点にも、ご都合主義に陥ることなく「高校生らしい」悩み方や決断の下し方をしていた点が高く評価できます。 ちなみに、今作では原作の大きなテーマであった「」、つまり3年生のみぞれと希美の関係性についてはほぼ完全にカットされています。 その理由は単純で、原作の「リズと青い鳥」に相当する部分は、外伝的にスピンオフ映画として公開されているからです。 この作品は独立した作品という位置づけになっており、「リズと青い鳥を見なければ今作は分からない」ということはありません。 しかしながら、制作者によって「リズと青い鳥」を連想させるシーンがいくつも挿入されており、外伝を知っていると楽しめるシーンも多いです。 そのため、可能な限り外伝まで視聴してから今作を見に行くことをオススメします。 さらに進化するコンクールシーン!音響のすばらしさも圧巻でした C 武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会 本シリーズは、総集編や外伝の時点から「劇場で観るべき映画」だと感じていました。 その理由は、アニメ作品ながらブラバンシーンを非常に作りこんでいるため、良い音響で楽しむのにふさわしいクオリティを見せつけていたからです。 実際、これだけ長期にわたって作品が人気を博し続けているのは、演奏シーンのような「萌え」に直接関連しない部分にも力が入れられているためでしょう。 そして、今作は「誓いのフィナーレ」というサブタイトルにもあるように、ライブシーンのクオリティも一種の到達点にあったように感じます。 前作の総集編にあたる「」でも見せた5分間におよぶ演奏シーンのノウハウが生かされ、まさしく総力を挙げて作成されたという様子がうかがえます。 通常、楽器の演奏シーンは音響面はともかくとして、絵図としてはやや退屈で地味に映りがちです。 吹奏楽の演奏シーンを想像していただければ分かると思いますが、基本的に演者たちはある程度規則的な動きを繰り返しながら演奏を進めていきます。 そのため、作画や撮影、演出などに相当こだわらなければ長尺の演奏シーンを魅力的に描くというのは難しいはずです。 しかし、今作では長いライブシーンを全く退屈することなく楽しむことができます。 そこには、「いつ・どのタイミングで・誰を・どのような構図や表情で」描くのか、という点に徹頭徹尾のこだわりが隠されているように感じます。 実際、作品によっては「このカットに必要性はあるのか?」と感じる場面もないわけではありませんが、今作で不必要に思えたカットや意味不明なカットは一つとして存在しなかったように思えます。 このように非常に高い質を誇っていたライブシーンですが、それだけに尺不足が惜しまれるところです。 問題発生から解決までのプロセスをもっとしっかりと描くことができていたら、さらに深い感動を味わえたような気がしてなりません。 【解説】尺不足が想定されるにもかかわらず「劇場アニメ」という選択肢を選んだ理由 C 武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会 ここまで今作には数多くの優れた点があることには言及してきましたが、そのたびごとに「尺不足が惜しまれる」という感想を挟まざるを得ませんでした。 実際、映画としての出来が良かっただけに、なおさらこの欠点が強調されてしまうのです。 個性豊かな一年生や大迫力のライブシーンは確かに単体でも十分楽しめるものでしたが、やはり積み重ねがあればもっと感動が深かったのも事実でしょう。 しかし、この「尺不足」という問題に関していえば、全く想定外の事態であったとは思えません。 筆者を含め、映画の公開が決まった時点でこの点を懸念しているファンは少なくありませんでした。 そもそも、小説丸々2巻を2時間弱の尺で映画化を選択したことが問題といえば問題であり、この尺不足という厳しい問題については、ファンだけにとどまらず製作陣すらもその制約を認識していたのではないでしょうか。 そのため、尺不足感を感じてしまったのは製作陣の落ち度ではなく、より会社の上層部に問題の根源が隠されているのです。 もっとも、今作に関しての尺不足は「京アニ作品の慣例」に従った結果生じただけ、という見方もすることができます。 実際、京アニの作品は原則「人気アニメでもアニメ3期目の放送は行わない」という特徴があります。 例えば、『涼宮ハルヒの憂鬱』は1期2期と劇場版でアニメ化が終わっており、3期がつくれるだけの原作と人気がありながら新規プロジェクトは進行していません。 また、『けいおん!』も全く同様の放送構成をしているため、京アニの基本的な考え方は「アニメ1期+2期+劇場版」という構成なのかもしれません。 今作の尺不足は予見された事態ではありましたが、尺が多く確保できるアニメ3期目という選択ではなく、あえて劇場版を選択したという見方ができるのではないでしょうか。 ファンからすればなんともやきもきしてしまう考え方ではありますが、筆者としてはこの姿勢こそが京アニの「リーディングカンパニー」としての立ち位置を確保できている理由であると感じています。 これはどういうことかというと、ヒット作の続編という存在は言うなれば「約束されたヒット作」といえますが、一方で「守りの作品作り」を強いられることが多いという特性があるためです。 続編ものはある程度のヒットが見込めますが、冒険が難しくだんだんと飽きられていくことが予想されます。 そのため、京アニとしては続編を重視するよりも「新たなヒット作」を生み出すことに力を入れているのではないでしょうか。 【考察】続編の可能性は「今作の興行収入次第」であると感じる C 武田綾乃・宝島社/「響け!」製作委員会 今作を見終わった方が最も気にされるのは「続編の有無」ではないでしょうか。 原作ファンはすでに続編にあたる小説が出版されているので言うまでもないですが、初見の方も最後にあっさりと敗退してしまった点などからも分かるように、続編を前提とした物語であることはなんとなく察せたのではないかと思います。 ただ、原作小説で続編が発売されていることと、続編が実際にアニメ化されるかという事は全くの別問題です。 実際、原作は先に進んでいるにもかかわらず、その部分がアニメ化されないというのはよくある話で、今作の続編が出るかどうかは全く確定していないというのが実情です。 そこで、ここからは続編の制作を後押しする要素と遠ざける要素の両面から続編の可能性を考えていきます。 まず、続編が出る可能性を裏付ける根拠は「原作小説の立ち位置」にあります。 原作を読んでいた方は分かると思いますが、作者の武田先生としては「初年度で物語を畳もうとしていた」節が確認できます。 しかし、アニメ化によってシリーズ人気に火が付き、おそらく京アニやファンの後押しがあって続編にあたる小説が執筆されたと考えることもできます。 つまり、アニメ人気と原作小説は密接にリンクしており、今作の売り上げによっては完結編に相当しそうな久美子3年生編が製作されても全く不思議ではないでしょう。 しかし、一方で続編を遠ざける要素についても触れなければなりません。 まず一点は、先ほど触れた京アニの「アニメ1期+2期+劇場版」でワンセットという法則でしょう。 この考え方にあてはめていくと、続編への望みは薄いという事になります。 ただ、過去にはこの法則に当てはまらない作品もあるほか、原作小説に大きく介入しているという点で過去の作品とは異なる点があることも指摘できます。 もう一点は噂程度の信ぴょう性ですが、以前公開されたスピンオフの「リズと青い鳥」の興行収入が芳しくなかったという話を聞いたことがあります。 詳細な数値は記憶していないのですが、同時期に公開されたアニメ作品と比べても数字的に落ちるところがあったように感じたことを覚えています。 これが仮に事実であれば、売れっ子制作会社の京アニが売り上げの見込めない作品を製作するとは考えられず、続編は立ち消えになっても不思議ではありません。 つまり、論点を整理すると続編は「今作の興行収入次第」ということになるのではないでしょうか。 この記事を読んでくださった皆様はすでに映画を視聴済みかと思いますが、続編を望む方はリピーターとして何度も劇場に足を運ぶことをオススメします。 (Witten by とーじん).

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響け ユーフォニアム 誓い の フィナーレ

北宇治高校吹奏楽部の部員全員をパートごとに紹介します! 第3章 キャストインタビュー&コメント 北宇治カルテットをはじめ、メインキャスト陣がアフレコの様子などを振り返りました!• ・座談会インタビュー 黒沢ともよ、朝井彩加、豊田萌絵、安済知佳• ・コメントインタビュー 雨宮天、七瀬彩夏、久野美咲、土屋神葉、石谷春貴、藤村鼓乃美、山岡ゆり、津田健次郎、小堀幸 第4章 『誓いのフィナーレ』ができるまで• ・制作資料コーナー 池田晶子(キャラクターデザイン)による、『誓いのフィナーレ』版のキャラクターデザインが完成するまでのラフ画などを収録。 石原監督の解説コメント付き。 ・楽曲紹介 劇中で演奏された吹奏楽曲を大和田雅洋(音楽監修)、斎藤滋(音楽プロデューサー)のコメントで解説。 ・TRUE(主題歌)、松田彬人(音楽)からのスペシャルコメントも収録!• ・制作の裏側紹介 鵜ノ口穣二(3D美術)、郄尾一也(撮影監督)、冨板紀宏(3D楽器)による各セクションの制作解説。 『リズと青い鳥』コーナー• ・童話、本編のストーリー紹介• ・キャラクター紹介• ・キャラクターデザインラフ画紹介 西屋太志(キャラクターデザイン)が『ユーフォ』シリーズのキャラクターを、『リズ』の世界観でどのように再構築したのかを紹介します。 予めご了承ください。 予めご了承ください。

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誓いのフィナーレ 考察・吹奏楽部員のドラマについて

響け ユーフォニアム 誓い の フィナーレ

~誓いのフィナーレ~ ネタバレ全開です、閲覧ご注意ください。 はじめに 「 ~誓いのフィナーレ~」を観てきたので、その感想考察をまとめます。 なお、ユーフォに関しては、アニメはテレビと映画を全て視聴済み、原作小説は「波乱の第二楽章」以降全て既読です。 総括 「」を例外とすれば、アニメ2期が2016年12月に放送終了し、それを継続する作品として考えて見ると、2年4カ月のブランクを経ての新作。 テイストはさんのキャラデザによるテレビシリーズの正当な後継。 久々の再会が懐かしくもあり、劇場版としての軸を久美子と奏のドラマに据えて、原作小説の枝葉をバッサリカットした事で、非常に見やすい映画だったな、というのが鑑賞後の率直な感想。 ただし、色々と思う事あり、後半にその事を書きます。 かなり辛口です。 感想・考察 キャター 鈴木美玲と鈴木さつき 美玲が抱えていた問題は、以下。 周囲との親しい関係を築けず孤立(本心は周囲と打ち解けたい)• 慣れ合いを嫌う• プライドの高さ• 高い演奏技術や、効率的な練習方法の体得(=上手)• 以外の時間も大切にする(=頑張っていないと見られる)• 周囲はさつき(下手&頑張ってる)の面倒を見る• 本心では美玲も周囲と打ち解けたい願望を持ちながら、北宇治吹部で心機一転やり直そうと思っていたところ、さつきの存在が自分にとって不利な事を直感し、さつきを邪険にしたのではないかと思う。 この問題に対し久美子は、以下の二つの施策で問題を解決。 美玲の頑張りを認める(承認欲求を満たす)• 美玲のプライドを外すため「みっちゃん」という呼び名を受け入れさせる こう書いてしまうと、本当にビジネスの現場とかで見られる、チーム内の部下の問題を解決するリーダの話にしか見えないが、久美子の2年生での成長はこうしたマネジメント能力の向上にあったと思う。 久石奏と中川夏紀 奏が抱えていた問題は以下。 中学時代のトラウマ• 大会前:周囲は上手いから上級生を差し置いて大会にでるべき• 大会後:どうせ結果出せないなら、上級生が大会に出れば良かった、という陰口• 北宇治での態度• 人柄で左右される事への反抗心• 愛されたい、承認欲求 奏はもともとの性格か、中学時代のトラウマか、他者に対しての警戒心が強く、自分への攻撃に対して先制攻撃をしかける好戦的な性格なのだと思う。 久美子の事は攻撃してこない優しい(ちょろい)先輩である事を確かめたくて、入部前に久美子と面会し、それを確信した。 (後に、それは思い違いと分かるが) 美玲がサンフェスで自らのバリアを崩した時にも、その慣れ合いを舌打ちした。 人望があり技術で劣る夏紀とのオーディションは、中学時代のトラウマの再現。 結局、ワザと手を抜いてオーディションに落ちようとする魂胆が夏紀に見抜かれ、オーディションは一時中断。 奏が夏紀と久美子に吐いた言葉は、結局自分が疎まれるなら、自分を守るために大会に出たくない、という趣旨。 任侠の夏紀は、おそらく、先輩を思って手を抜いたのではなく、利己のために手を抜いたという事実に驚いたのだと思う。 雨の中飛び出した奏を追って久美子が説得する。 ここで奏の中学時代のトラウマが判明。 ここで、久美子が奏にした事は下記の二つ。 奏の努力を認めて褒める。 (奏の承認欲求を満たす)• 結果が出なくてもプロセスが重要であり、それが認められると諭す。 昨年、北宇治は、全国大会出場したから、麗奈の抜擢は正当評価されたのでは?• いいえ、一昨年、東中3年の麗奈は府大会ダメ金で大泣きしてる。 個人の努力が無駄になる/される事は無い、という話で、その場はまとまり、奏の心のブレーキを外して行ったオーディションの結果は、夏紀も奏も合格という円満解決。 そして、肝心の関西大会の結果はダメ金。 結果が出せなかった。 バスの中の不満顔の奏に、久美子が「悔しいか?」と問えば、涙を流しながら「悔しくって、死にそう」の返事。 かつて、中学3年の麗奈が府大会ダメ金で泣いたのと同じ、1期12話で久美子がの上で走りながら泣いたのと同じ、上を目指して頑張れる根源の気持ち。 奏は中学時代に結果が出せなかった事に対し、周囲の誹謗中傷によりコンクールに向き会えなくなっていたのだと思う。 しかし、北宇治吹部でコンクールを経験する事で、奏はコンクールに真正面から向き合い、その結果を自分の事として悔しさを受け止める事が出来るようになった。 それは、久美子が昨年体験してきた事に似ている。 久美子は奏に過去の自分の姿を見て、安心したのだと思う。 1年生の時は、みぞれの問題に対し、指をくわえて見ているしかできない事をあすかに指摘された。 しかし、そのあすかに食って掛かって、吹部に戻って来させたという、本気で他人に介入する経験を経て、新一年生に対して、積極的に介入し、適切なアドをし、大前相談所としての実力をつけてきた久美子。 久美子は吹部という組織の中間管理職なので、仕事で後輩を持つ社会人も共感できるテーマだったと思し、その視点で共感している人も多いと思う。 それが今回の久美子の成長なのだと思う。 本作のストーリー構成の欠陥 まず言っていおきたいのは、でよく見かける、原作小説のあのシーンが欲しかった、という議論は意味が無いと思う、という事。 本作が1本の映画としてみて、過去のテレビシリーズ1期2期の続編としてみてどうか?という視点で評価しなければ、本作に真正面から向き合っている事にはならないと思う。 そうしてみた時に、本作のテーマは下記だったと思う。 美玲や奏の、上手下手、頑張る頑張らない、という他者の評価との葛藤 本来、ユーフォは群像劇であり、それを100分で描くにはドラマの波が作れないなどの配慮があって、このようにテーマを絞ったのだと思う。 しかし、映画は関西大会の壮大な「」の演奏シーンでクライマックスを迎える。 ある意味、美玲や奏の頑張りも含めた集大成なのだが、その演奏にこれまでのドラマが重なって来ない。 1期で言えば香織の気持ちを乗せて麗奈のソロを吹くというシーンがあり、2期で言えば、あすかと一緒に全国大会で吹きたいという久美子のシーンがあり、そのドラマの気持ちがあっての演奏シーンであったが、今回はそれが無い。 一言で言えば、入口と出口が違う。 また、主人公の久美子は今回、黄前相談所としての成長、結果を残すが、本分であるとしての頑張りは描かれない事も、物足りない要素だと思う。 (原作小説と比較するのは何ですが、久美子が2年生で全国大会に行けなかった事が、久美子が3年生で部長をし、全国大会を目指すうえで、非常に大きな意味を持つことになります。 原作小説では、久美子は関西大会では放心状態でしたが、数日後、北宇治高校で、ダメ金だった悔しさを受け入れ、大泣きするシーンがあります) 全般的に、トラウマを排除するためのドラマだったが、演奏に全力で立ち向かう部員の姿が描かれていないから、部の物語として不満を感じてしまう。 ユーフォは、北宇治高校部の物語、だと思っているから。 今までテレビシリーズでは、各話に盛り上がりを付けて、丁寧に練習を重ねて、それぞれの部員の心理描写を積み重ね、合奏がその部員全員の想いを乗せて、その集大成としてコンクールの合奏を描く事は出来ていた。 しかし、今回の映画では、そうはなっていない。 ユーフォという素材が、単発映画としては向かないのではないか?とさえ思ってしまう。 ちなみに、では、みぞれと希美にフォーカスを当て、丁寧過ぎる描写でその二人の葛藤を描き、練習の合奏シーンだけで、キャラの想いを乗せて見事なを描いた。 みぞれの覚醒のスケールの大きさ、希美の圧倒され腰が抜けてフルートを置いて溢れ出す涙。 そうしたものと比較した時に、どうしても物語としてのスケールの小ささに、気持ちを乗せられなかった。 テレビシリーズ1期に似たテイストの演出 演出面についても、物語同様見やすい感じはあったが、若干の物足りなさを感じた。 テレビシリーズでいうと、1期12話のを走る久美子の悔しさだとか、2期4話の理科室での南中カルテットの気持ちのぶつかり合いだとか、2期9話の久美子があすかの家に訪問する際の緊張感だとか、2期10話の久美子渾身のあすか説得だとか、そうした尖がった演出の感じはしなかった。 も演出的には尖がり過ぎていたが、これは例外だろう。 こうしてみると、もしかしたら、テレビシリーズで各話毎の演出、絵コンテが、他の話に負けない作品作りを目指し、ある意味、切磋琢磨しあって作品の質を上げていたのかも知れない。 しかし、映画というフォーマットの中では、100分全体の中で前後配分を考慮しながら、盛り上がりを決めていく。 その意味で、今回の演出がダメという事は無いのだが、どうしても、ユーフォというブランドにその尖がった演出を求めてしまう、期待してしまう気持ちがあり、そのギャップを感じてしまったのかも知れない、などと思った。 面倒くさい原作小説既読者の独り言 原作小説を一旦忘れて、アニメを観るべき のときも感じた事だが、原作小説既読だと、その記憶に引きずられ、が改変してきた所の解釈を間違えやすい。 だから、原作を一旦記憶の外に追い出し、アニメだけで解釈できるもので再構築する必要がある。 そういう難しさがある。 原作小説から無くなったり薄まったりしたモノ 重々理解しているつもりではあるけど、原作小説既読者からすると映画の尺、により落とされたり薄まった要素に旨味が多く、どうしてもその事を惜しんでしまう気持ちがある。 もう、愚痴レベルになってしまうので、その気持ちを箇条書きする事で供養する。 (逆説的には原作小説を読めば、これらの旨味を味わえます)• 優子部長のリーダシップの強さと、夏紀副部長の下支えの気配り• 夏紀と奏の絆• (映画ではの1シーンで集約)• 久美子のダメ金の悔しさ• 関西大会直後は放心状態• 何日か経って、修一の前でダメ金を受け入れて泣く• 友恵がオーディション前の夏紀をにエール• 関西大会以後のイベント全般• 夢が人前で完全な演奏• 友恵が北宇治吹部への感謝と誉め言葉• おわりに ちょっと辛口になり過ぎましたしたが、今回は思い切って書きました。 一旦、誓いのフィナーレを作ってしまったので、それを周到する形でしか、続編を作れないと思いますが、そうした時に、原作小説の群像劇を映画でアニメ化するのは難しいのではないか?というのが率直な感想でした。 itoutsukushi.

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