ブルーハーツ マーシー。 ヒロトとマーシーの30年、2人のバンド遍歴を紹介【ブルーハーツ以前から今のクロマニヨンズまで】

THE BLUE HEARTS

ブルーハーツ マーシー

ブルーハーツ解散後は、ハイロウズ。 ハイロウズを休止(事実上の解散)後は、「ザ・クロマニヨンズ」として活動している。 クロマニヨンズのアルバムの売上は以下だ。 blog. html) 1万から下に行っていないことが分かる。 超熱狂的なコアなファンがいるということだ。 2017年から2018年には、全国58公演を開催するなど、「ザ・クロマニヨンズ」として積極的に活動している。 何故か最近、急に公式の「ザ・クロマニヨンズchannel」を作った。 登録者数も2万以上いる。 甲本ヒロトと真島昌利の人気は、根強い。 「THE 虎舞竜」の高橋ジョージは、「ロード」のカラオケ印税で、今でも年間1200万円ほど入ってくると発言している。 順位は、「800位-900位」だ。 モンゴル800も「小さな恋のうた」のほぼ1曲で年5000万入ってくるとか。 つまり、ブルーハーツもメンバーそれぞれ、年間2000万ぐらい毎年入ってきそうな勢いかもしれない。 すごいなー。

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ブルーハーツの人気曲ランキングTOP10!ファンが選んだ10曲をご紹介!

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来歴 [ ]• 、それまで住んでいたからに引っ越す。 、友達の家でのレコードを初めて聴いたのがきっかけで、ギターを始める。 のを1万円で購入。 、で初めて(EG480 ・モデル)を購入。 、中学校の文化祭で、人前で初めて演奏。 のが開催した・・に、「ジョニー&スリー・クール・キャッツ」というバンドを組んで出場。 真島はボーカルとを担当。 コピーを2曲演奏したが、バンドはこの日のライブ一回のみで解散する。 、を卒業後(同級生にがいた)、地元で、を結成• 1984年11月、のちにブルーハーツのメンバーとなる甲本や河口などと1回限りのバンドを組む。 、THE BREAKERSを解散。 、ほぼ同時期にを解散していた が当時住んでいたの(工場跡)でのの際、バンド結成をもちかけを結成。 その後、真島もギターと家財道具を持って工場跡に引っ越し、同居することになる。 に、「」でTHE BLUE HEARTSはメジャー・デビュー。 その後も、「」「」「」などがヒットし、日本を代表するロックバンドの中心メンバーとして人気を集める。 、ソロ・デビュー。 1994年までの間に、計4作のソロ・アルバムをリリースする。 のTHE BLUE HEARTSの解散後、同年、甲本と新バンド、を結成。 その後、甲本のソロ・シングル製作に参加。 、再び甲本と共に新バンド、を結成。 、の、中森泰弘と新バンド、「」を結成。 5月13日に「ガランとしてる」でデビュー。 音楽 [ ] ソングライターとして相棒の甲本ヒロトと共に多くのヒット曲を手がけている。 演奏はやのに影響を受け、を愛用。 ピッキングスタイルは、中指と親指でピックを持って弾く。 現在ライブでは「Gibson Les Paul Junior」をメインで使用している。 他のギターも使用している。 バンドではだけでなくを担当することもある。 「ギター・マガジン」(2014年10月号)のインタビューによると、「最近、また、そろそろ歌いたいななんて気持ちも芽生えてきているので」とのこと。 ソロでは、等、ギター以外の楽器もこなすが、が苦手だった。 「荒野はるかに」のイントロでを吹くというアイディアを提案し実行するが、いくら吹いてもスースーと音を立てるのみに終わり、結局、甲本ヒロトが担当した。 2012年に出演したラジオ番組内でを披露すると綺麗に吹けたため、現在は以前に比べて腕が上達している模様。 歌詞 [ ] 詞に関しては、シンプルな言葉を使いながら、奥の深い表現を醸し出し、独特の世界観を表現している。 「」に代表されるメランコリーな世界と、ソロ・デビュー・アルバム、『夏のぬけがら』に代表されるな世界が、真島の世界観を構成している。 また、が歌詞の中に含まれていることがあり、「終わらない歌」では歌詞が一部削除され、歌詞を聴き取りにくくするよう処理されている。 「ガタガタゴー」でも同じく歌詞を削除され、該当部分にはが入っている(ただしライヴ盤では無修正)。 また、自分の趣味や好物、育った地域がモチーフになった歌詞も多い。 1991年頃から「~のだ」という歌詞が増える。 ちなみにブルーハーツのアルバム、では真島が作詞した6曲の内4曲(闘う男、ホームラン、、THE ROLLING MAN)の歌に「~のだ」が入る。 他の楽曲では、バカ(男の怒りをブチまけろ)など。 人物・エピソード [ ]• トレードマークともいえるは、に影響を受けたものである。 ブルーハーツを結成して間もない頃、汗が垂れてこないようにと巻き始めた。 でデビュー以降、髪型があまり変わらないが、時代の髪型は(60年代のマージービートバンドの影響)や、(のの影響)など様々であった。 また、活動休止発表後の一時期、にしていた。 THE BLUE HEARTS結成前(時代)から、ので、ととで・バンド(の)をやったことがあり、面識はあった。 兄が一人いる。 本人、兄共にのファン。 のメジャーデビュー直後によく着用していた、の死亡時の1面記事や、の「宿酔」の詩の一部がプリントされたは、特注で作成してもらったもの。 ただし真島は、雑誌のインタビューで「(作成した)友達が金に困ってて、の店とかに卸しちゃった」と語っており、一般に出回った可能性もあるとのこと。 「」「」に出演したことがある。 「ごっつええ感じ」に出演した際には、真島&甲本vsで乳首相撲対決をした。 自分でチケットをとって落語会に足を運ぶほどの落語ファン。 がパーソナリティーを務める「」(系列)には、毎年「落語評論家 真島昌利」としてゲストで登場している。 しかし2019年は多忙により出演は無かったが、一之輔一家が真島とスカイツリーへ遊びに行ったエピソードを披露した。 かつては喫煙者だったが、41歳の時にはやめたと、2015年10月23日放送の「」()で話していた。 や等、他のアーティストのライブにゲスト出演したことは多々あるが、自身のソロライブにゲストを招いたことはほとんど無い。 唯一、94年12月新宿にて行われたソロライブ2daysの2日目にはのがゲスト出演。 これは、の番組内で企画されたコーナーにおいて、当時、同じレコード会社に所属していた真島と中山が対談。 対談中、12月のソロライブ開催が決まっていた真島が中山に出演を打診、中山が快諾したことで実現したもの。 対談時に「ヘドロマンをやりたい」と中山が話したことから、当日のライブでは真島のソロ楽曲「GO!GO!ヘドロマン」と、の「Walking the Dog」を演奏した。 ここに書いてあるのが初期のじゃなくてのまんま(笑)最近のラモーンズのTシャツ着るヤツ(笑)」 客「ダセェー(笑)」 真島「最近でもラモーンズはかっこいい(笑)。 みんなでラモーンズを日本に呼ぼう!」 甲本「たしかに。 その通りだ…」 というやりとりもあった。 ディスコグラフィー [ ] シングル [ ]• 収録曲「HAPPY SONG」はグランプリ作品『おばけ』()のエンディング曲に提供。 PFFアワード2019や映画祭での上映時点では「劇場でのお楽しみ」となっていた。 リリース直前まで「月のウサギ,太陽のカラス」というアルバムタイトルだった。 青空(時代の楽曲の絵本化、 歌詞、 絵、2019年12月、) 参加楽曲 [ ]• 「プラチナ」( 「MIRACLE DIVING」収録)• The Swamp Tramp名義アルバム『』• 」収録)• 「シークレット・ダンス」(トリビュート「Fork&Spoon」収録)• 」収録)• 「Forever Young」「たたえる歌」(「」収録)• 「I FEEL GOOD」(「Les beat」収録)• 「風とロックの主題歌」(「 創刊100号記念号」収録) 楽曲提供 [ ]• 「煙突のある街」 -作詞・作曲(自身もしている)• 「世界中の時計を止めてしまいたい夜」「踊ってよスマイリー」「ANGEL」 -作詞・作曲• 桑田りん 「まぼろし」「素敵なBEAT TIME」「ぼくら」「100年たっても」 -作詞・作曲• 「」 -作詞・作曲(ブレイカーズ時代の曲 のちにソロでセルフカバー)• PEACE BIRDS ALL-STARS 「正義の味方」 -作詞のみ(HIROSHIMA'89のテーマ曲)• 小山卓治 「DANCEを踊ろう Sha-La-La-La」 - 作詞・作曲• 「夏の朝にキャッチボールを」 - 作詞・作曲(ザ・ハイロウズでしている)• 「お金」「LOVE MAN」 - 作詞・作曲• 「岬」 - 作詞・作曲• 「天国野郎」「コスモス」 - 作詞・作曲(歌詞・題名を変え、ザ・ハイロウズで)• 「大丈夫」 - 作詞・作曲• 「」 - 作詞・作曲(歌唱楽曲)• 「ずっと」 - 作詞・作曲(歌詞を変え、ましまろでセルフカバー• 「スタールースター」 - 作詞・作曲(ギターで参加)• 「雪」 - 作詞・作曲• 「アゲハチョウ」 - 作詞・作曲• 「はやいクルマ」「はさんじゃうぜ」 - 作詞・作曲(「はさんじゃうぜ」はクロマニヨンズでセルフカバー)• 「死ぬまで夢を見る男」 - 作詞・作曲• 「洗濯日和」 - 作詞・作曲• 近藤真彦 「男が目を閉じるとき」 - 作曲(作詞は)• 「笑顔」 - 作詞・作曲• 「逃げろ!逃げろ!」 - 作詞・作曲• 「新宿サノバガン(SON OF A GUN)」 - 作詞・作曲• 「恋するギター」 - 作詞・作曲• 「さぁいこう」 - 作詞・作曲• 「師匠」 - 作曲(作詞は。 2019年10月14日の「ナイツ独演会」で披露された曲で、音源化はされていない。 「満月の音」 - 作詞・作曲 劇伴 [ ]• (2014年、)と共同 ソロでのTV出演 [ ]• 「アンダルシアに憧れて」「夜空の星くず」-• 「俺は政治家だ」-• 「GO! ヘドロマン」-• 「」(2015年11月24日、)- 、塙宣之()との鼎談。 脚注 [ ]• 日付まで覚えている理由は、ギターを買いにいく際、友人を誘うと「今日はの解散コンサートに行くからダメだ」と断られ、結局、父親に付き添ってもらったというエピソードから。 ちなみに秋葉原でエレキギターを購入したのは、エレキギター=電気製品、電気製品=秋葉原という考えがあったからとのこと。 ザ・コーツ時代の甲本の楽曲やパフォーマンスについて、後に真島は「僕、ヒロトのファンだった」と語るほど衝撃を受けていた。 2015年2月25日. 2015年2月26日閲覧。 まあくまさこ 2014年5月30日. JUGEM BLOG. 2019年3月15日閲覧。 togetter 2014年12月21日. 2019年3月15日閲覧。 Inc, Natasha. 音楽ナタリー. 2020年2月21日閲覧。 音楽ナタリー. 2016年8月26日. 2016年8月26日閲覧。 otonano. SONY 2015年11月24日. 2019年3月15日閲覧。

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ブルーハーツ時代のマーシー(真島 昌利) 使用機材

ブルーハーツ マーシー

甲本ヒロトの障害や宗教の噂とは?ブルーハーツの解散理由があきらかに 甲本ヒロトの出身校や真島昌利との関係が? 甲本ヒロトさんはミュージシャンとして 第一線で長年活躍をしている方ですね。 1963年3月17日生まれなので、2017年には 54才になります。 岡山県出身で 「岡山大学教育学部付属小学校」 「岡山大学教育学部付属中学校」 「岡山県立岡山操山高等学校」を卒業後 「法政大学経済学部経済学科」に進学しました。 中学生のときに「セックス・ピストルズ」に 衝撃を受けて、中学を卒業したら高校へは 行かずに状況してロックンローラになりたい!という ことを親にいったところ反対をされたそうです。 シド・ヴィシャスの影響でもともと ベーシストに憧れていたようですが・・・ ボーカリストになっています。 高校3年生の夏休みにボーカルが抜けた 友達のハードロックバンドに誘われて 加入したことが初めてのバンド体験だった ようですね。 1985年に「真島昌利」さんとともに 「THE BLUE HEARTS」を結成しました。 1987年にシングル「リンダリンダ」で メジャーデビューとなりました。 楽曲の良さと心に訴えかける歌詞がうけて 若者の間でカリスマ的バンドへと成長をしました。 しかし、1994年にザ・ブルーハーツは活動を 休止して、翌年に解散を発表しています。 その後、ソロアルバムの発表などが計画されて いましたが、契約上のトラブルで未発表に 終わっています。 と・・・同時に真島昌利さんと 「有限会社ハッピーソング」を設立しています。 1997年9月に甲本ヒロトさんと真島昌利さんで 資金を出しあってスタジを完成させています。 1995年には真島昌利さんに誘われて 「THE HIGH-LOWS」を結成しています。 THE HIGH LOWSでも多くの楽曲を発表し 多くの人に衝撃を与えました。 2005年に活動休止を発表しています。 2006年にやはり真島昌利さんとともに 「ザ・クロマニヨンズ」を結成しています。 そもそもブルーハーツ結成時から甲本ヒロト さんと真島昌利さんはバンド活動をする中で 決して離れることはありませんでした。 すでに30年以上バンド活動をともに行って います。 真島昌利さんは若いころから甲本ヒロトさん の才能を見抜き働く気のなかった甲本さんを 叱咤激励をし続けて活動をしてきたようですね。 甲本ヒロトさんはなかなか友達ができるタイプ ではないようで、唯一理解してくれた真島昌利 さんの期待を裏切りたくないという一心で ともにバンド活動をやってきたということが あるようですね。 まさに「甲本ヒロト」さんと 「真島昌利」さんは切っても切り離せない 存在であり2人がいないと伝説の楽曲たちは 生まれてこなかったんでしょうね。 甲本ヒロトの障害や宗教の噂の真相とは? 甲本ヒロトさんを検索すると「障害」や 「宗教」といった言葉が目に付きます。 まず「障害」ということに関してですが 甲本ヒロトさんはテレビ出演をしたときや ライブなどでも寄り目にしたりベロをだしたりと パフォーマンスが奇抜です。 歌うときにも飛んだり跳ねたりと激しく 動き回ります。 このような状況を見た人がなんだか普通の 感じではないぞ?もしかしてなにかの障害 があるのか?と思ったようですね。 しかし、甲本ヒロトさんはそのようなことは なく、どちらかというと頭の回転のよい人 なんです。 中学生のときにバンド活動に目覚めていますが 法政大学に入学していますし、作詞作曲も 手がけています。 さらに「宗教」という謎ですが・・・ 甲本ヒロトさんが関わったバンドの歌詞が 社会的問題を投げかけていることも 多いことからそのようなことがいわれてる ということもあるようです。 さらに、メンタルが弱いといわれています ので何かに頼っていないと厳しいのでは? という見解があるようですが・・・・ 甲本ヒロトさんには真島昌利さんという ベストパートナーがいます。 さらに、ブルーハーツが解散した理由に メンバーだった「河口純之助」さんの 宗教傾倒疑惑があります。 河口純之助さんは幸福の科学に入信して ファンを勧誘するなどの騒動をおこしていた ようですね。 そのためにブルーハーツは解散したのでは といわれています。 スポンサードリンク.

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