ナオトの今日から俺は。 ナオト・インティライミはどこまで行くのか? ~野村雅夫のラジオな日々 vol.19

初めての味は、ミックスジュース|ざわり|note

ナオトの今日から俺は

原作漫画発行部数 今日から俺は(今日俺) コミックス累計発行部数4000万部を突破した伝説的ツッパリ漫画 東京卍リベンジャーズ(トーマン) 2017年からの連載にもかかわらず、現時点ですでに累計発行部数300万部超え 約束のネバーランド(約ネバ) 単行本の累計発行部数は2020年2月時点で1800万部を突破 今回ご紹介している3作品は、どれもいま注目を集めている個性豊かな若手俳優と若手女優を起用し実写化 それでは映画公開順に3作品をご紹介• 【2020年】原作漫画を実写化・映画 今日から俺は(今日俺) 原作漫画(西森博之)「今日から俺は!! 」は累計4000万部超え、2018年に日本テレビ系列でドラマ化され、最終回視聴率は12. 6%と大ヒット そんな「今日から俺は!! 2019年1月~3月にはTVアニメでも放送され話題になりました そんな原作漫画「約束のネバーランド」が禁断の実写映画化され、2020年12月18日(金)に公開。 ところで「原作漫画を読んでから映画、映画を観てから原作漫画」あなたはどちらのパターンですか? わたしは「東京卍リベンジャーズ」以外はすでに読んだり、TVアニメを見たことがあるので、どうしようか迷っています。 漫画を実写映画化した作品は、原作を観ない方が先入観やキャラクターのイメージがないからか、スーッと障害もなく楽しめるんですよね~。 ん~迷う。 「東京卍リベンジャーズ」は、映画公開がだいぶ先なので、原作漫画を読んじゃうかな…いま外出しにくく、暇だし…。 cocomo888.

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映画『東京リベンジャーズ』10月9日公開!北村匠海や吉沢亮らキャスト陣解禁

ナオトの今日から俺は

ナオトさんが活動休止中に旅に出た映像が収められていますが、やはり多忙な活動の中「旅に行きたい」という渇望が自分の中であったのでしょうか。 ナオト:そうですね、忙しかったですからね。 もちろん嬉しい悲鳴だしありがたいことなんですけど。 2015年がドームツアーやって、ミュージカル31公演やって、夏フェス15公演出て、一年で300日くらいステージに立ったんじゃないかという忙しさで。 さだまさしさんくらいステージに立ってたんじゃないかな(笑)。 その中でシングル4枚出して、アルバム1枚出してって、ずーっとスケジュールが埋まっている状況で。 夢がひとつずつ叶って嬉しい反面、どれにも妥協出来ないからこそ余裕が無かった。 それでお休みをいただいてインプットの旅に行くと決めた時も、半年にするのか1年にするのか、すごく悩みました。 2年行ったら忘れられちゃうんじゃないかな、と思ったり。 ナオト:完全な素ですね。 今回の旅で1000時間撮影してもらっているんですけど、1000時間気を張ってはいられませんから。 せっかくお休みをいただいたのに本末転倒になっちゃう。 もともと一人で行こうと思っていた旅だから。 意外と客観的に見れます。 へこたれないっていうのが一番思うみたいです。 あと前作だと僕が監督に怒っているシーンがあるんですが、なかなかそういうシーンって入れないじゃないですか。 僕が音楽番組でいきなり怒ったりすることも無いでしょう、ライブでいきなり怒ることも無いでしょう。 特に好青年で通ってるナオト・インティライミですから。 ナオト:人間ですから、そういう部分もあるんだよっていう。 今回もキレてますよ! 旅はいろんなことが起こりますからねえ。 楽しい時に楽しい音楽が必要だったり生まれたりするかというと、意外とそうではなくて。 キツイ時に音楽が必要になって、吐き出すっていう。 楽しい時って音楽が無くても楽しいですもんね。 もちろんどちらもあるんだけど。 僕たち人間ってなんでこんなに忘れるんだろうってくらい。 だからこうして映像に残していただくのが有難いです。 旅日記は自分でもつけているんですが、映像や日記を読むことでその時の自分にタイムスリップ出来るのは本当に素敵だなあと思います。 昔なら「俺に歌わせろ!」って自分から行っていたところを、自然な流れで歌わせてもらう事になったのは旅って面白いなと思いました。 後は、タンザニアのザンジバルでのフェス「Sauti za Busara」には4日間で200組くらいのアフリカのアーティストが集結して。 今までに体験した事の無い、とんでもないフェスでしたね。 丸4日間狂喜乱舞で。 あの時点でもう帰ってもいいくらいの刺激でした(笑)。 またあのフェスには行きたいです。 まあ、当たり前なんですけどね。 音楽の原点なんだけど。 自分の中でその順番が変わっちゃっていたから、「これこれ、俺もここから始めたんだった」って気付く事が出来ました。 リハ終わってからビール片手にギター弾きながら3、4時間くらい全く観客がいない所でずーっと歌ってるんですよ。 普通はリハ終わったら帰るのに、本当に楽しそうにずっと歌ってる。 そこには「楽しいから」しか無くて、それを間近で観て変化していく自分を感じました。 ナオト:カーニバルは、もともとの収穫祭からは少し違ってきているかもしれないですけど、「1年に1度自分を解放する」という意味ではすごくパワーを感じますよね。 日本のお祭りも、今みたいなエンタメが無かった昭和初期、江戸時代、ものすごい盛り上がりだったと思うんですよ。 アフリカは今の日本よりはエンタメが発達していないから、1年のうさを晴らすというか想いを爆発させていましたね。 後はパレードはデモ的な意味もあるんだなと思いました。 同性愛のチームがあったり、賃金あげろー!とかね。 訴えることが根本にあって活動していて、その魂をリリースする感じが、皆すごくいい顔してるんですよね。

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ナオトの今日から俺は!!の年齢や仕事などwikiプロフィール。年収はいくら?

ナオトの今日から俺は

三重県生まれ、千葉育ち。 幼少より音楽とサッカーをこよなく愛し、ウルトラスーパーポジティブと持ち前の情熱で1年半に渡る世界一周28ヶ国の旅を決行!世界各地でストリートライブを行い、世界を肌で感じ、共に奏で、踊り、歌い歩いたことで得た経験、音楽を、文化をその全ての出会いをエネルギーにして、新たなエンターテインメントを日本から発信するべく始動。 2009年5月 Mini Album「ウルトラC」をリリースし、その後、全国の夏フェスで圧倒的なパフォーマンスで大きな反響を呼ぶ。 Childrenツアーサポートメンバーに抜擢され、2009年2月から行われた全国アリーナツアー、さらに11月より行われている5大ドームツアー(全45万人動員)にも帯同するなど、その活動の幅を拡げ、飛躍的に知名度を上げている。 人々の情熱を元気玉に変えてて、新たなハイブリッドエンターテインメントを発信する!! 「クラブサーモン」 VJとして出演中 毎週水曜日22:00-22:15 リピート放送毎週土曜日26:00-26:15、毎週日曜日24:00-24:15 スペシャ視聴者のみなさんにとっては既に「クラブサーモン」のVJ=店長としてもおなじみ、泣く子も彼とともに笑い、唄い、踊る、愛すべきお祭り男、ナオト・インティライミ。 音楽とサッカーに青春の日々を捧げた彼は、数年前に思い立って世界一周28ヶ国の旅に出る。 手にはギター、足にはサッカーボール。 行く先々の土地に生きる人々とそこに根づく音楽の魅力を全身で体感していった彼は、完全独自にして不動のヒューマニズムとポジティヴィティに裏打ちされた音楽的感性を築き上げた。 帰国後は自力で音楽活動を展開し、その過程のなかでミスターチルドレンの桜井和寿と(しかもサッカーを通して)出会い、ついにはミスチルのライヴでサポート・コーラスに大抜擢、一躍彼の存在は多くの音楽ファンに知られるようになる。 その後、満を持してこの4月にシングル「カーニバる?」でメジャー・デビュー。 そして、続くセカンド・シングル「タカラモノ~この声がなくなるまで~」が今月のPower Push! 以下、ナオト・インティライミのパーソナリティと音楽愛がよくわかるインタビューである。 音楽との出会いという意味での最初の記憶はなんですか? ナオト:物心ついたときから唄っていたんですよね。 唄って、しゃべって、変声期まではいつも声が枯れていましたね(笑)。 酷使しすぎて(笑)。 ナオト:うん(笑)。 それぐらい唄ってた。 「どんぐりころころ」とかね。 「パラダイス銀河」的な。 ナオト:そう、「ガラスの十代」的な、「Diamondハリケーン」的な(笑)。 だはははは! もともと家族が音楽好きだったりしたんですか? ナオト:いや、音楽に関しては極一般的な家庭ですね。 だから僕は突然変異なんです。 学校の音楽の時間も大好きで、人一倍大きな声で唄ってた。 ヒット曲にも敏感で、テレビやラジオから流れてるヒット曲は真っ先に覚えましたね。 幼いころから将来はシンガーになりたいと思っていた? ナオト:いや、最初はプロサッカー選手になりたいと思っていたんです。 それぐらい毎日ボールを蹴ってましたね。 だから今日14時からの発表を待っているんですけど(この取材が行われたのはサッカーW杯日本代表の選抜メンバーが発表される日だった)。 あはははは! いいんですか? こんなところにいて。 ナオト:ちょっとナーヴァスになってます(笑)。 でも、ホントにプロになりたかったぐらいサッカーに熱中していたんですよね。 ナオト:でも、ホントにプロになりたかったぐらいサッカーに熱中していたんですよね。 ナオト:いまでもプロになりたいですよ。 中学のときに柏レイソルのジュニアユースに入って、高校も選手権を目指して、大学も毎日蹴っていました。 それと同時に中2から曲をつくりはじめたんですよ。 きっかけは? ナオト:友だちの家にみんなで泊まりに行ったときにアコースティック・ギターがあって。 俺の前でフルサワが弾きはじめたんですね。 え、フルサワって誰? ナオト:いや、レイソル時代の友だちなんですけど。 知らねえ~(笑)。 ナオト:(笑)そのフルサワが僕の前でギターを弾いてみせたんですよ。 僕はそれに触発されて、友だちたちが寝静まったあとにずっとギターを練習して、長渕剛さんの「乾杯」のコードを覚えて。 朝6時ぐらいにみんなを起こして、唄って聴かせたんです。 もともと唄うのが好きだったし、母方の叔父がギター弾くのが上手くて。 ずっと憧れていたから、どんどんのめり込んでいきましたね。 すぐにオリジナル曲もつくりはじめて。 当時憧れていたミュージシャンは? ナオト:当時はJ-POPシーンが大好きで。 やっぱりミスチルを筆頭に。 じゃあ、いまそのミスチルのライヴでコーラスをやっているなんてちょっと考えられないですよね? ナオト:ホントそうですよ! サッカーから音楽の道へ本格的にシフトしていくのはどういうタイミングだったんですか? ナオト:高1のときにとても自然な流れで入れ替わったんです。 Jリーガーも目指してはいたんだけど、マスピーの出現で音楽への夢がグッと大きくなって。 またでた、ニューキャラ(笑)。 誰ですか? ナオト:高校1年のときの担任ですね(笑)。 新卒の若い先生だったんですけど。 関西出身の熱い人でね。 二者面談をやったときに「サッカーもやってるんだけど、いまはいつか音楽でご飯を食べていけたらと思ってるんです。 でも、そんなこと無理ですよね~」なんて言ってたら、マスピーが「そんなのわからんやんけ」と。 「どんなに高く見える壁でも、間の前に行ったら自動ドアのように簡単に扉が開くかもしれないやんけ」と。 それはすごく決定的なひとことでしたね。 そのころはナオトさん自身も自分がつくる音楽に手応えを感じていたんですか? ナオト:オリジナル曲を入れた、15曲入り300円のテープをつくったんですけど。 高1で100本、高2で450本、高3で850本売りましたね。 すげえ! それは手応えを感じますよね。 ナオト:毎日サッカーしてたから、ライヴができなかったので。 とにかくテープをみんなに聴いてもらおうと。 高校卒業して大学に入ってからすぐストリート・ライヴをはじめました。 ナオトさんの代名詞にもなっている、世界一周28ヶ国の旅へはいつ出るんですか? ナオト:高校を卒業して、ストリートやって、ライヴハウスで動員を増やしていくという音楽活動をしていたんですけど、なかなかうまくいかなくて。 そこで自分の音楽性を疑うような挫折を味わったんですね。 それで家に閉じこもった時期があって。 え、意外! ナオト:いやあ、ヒドいもんでした。 かなり参ってた? ナオト:まいっちんぐマチコ先生でしたねえ。 全然じゃん(笑)。 ナオト:(笑)いやいや、ホントに。 半年ぐらい続いて。 それまでの俺の人生って、何事もうまく転がって、全部有言実行してこれたんですよ。 でも、はじめて挫折を味わって、いままでうまくいってた分余計にドーンと落ちて。 人と会えなくなってしまって。 でも、いつか世界に出て、ワールドツアーをするという捨てられない夢があって。 それを紙に書いて部屋の壁に貼ってあったんですよ。 その世界に行きたいという夢はいつごろから持っていたんですか? ナオト:大学生のときから1ヶ月単位でいろんな国に旅に行ってたんです。 その最初にニューヨークに行って、アポロシアターで唄ったんですよ。 おおっ。 それはどんな状況だったんですか? ナオト:最初はお客さんとして観に行って。 ダンス・バトルをやっていったんですね。 アマチュアナイトみたいな? ナオト:そうそう。 そこにテンションの上がった俺がMCのところに行って、マイクを奪い取って、唄ったんですよ。 そしたらお客さんが総立ちで盛り上がって。 ダンス・バトルなのに優勝しちゃったんです。 すげえなあ、おい! ナオト:その経験が大きいですね。 世界に出て唄いたいなと思った。 引きこもっているときも部屋の壁の紙を見る度にそのことを思い出して、少しずつ何かしなきゃと思いはじめたんですね。 それである日思い立って「よし、下見に行こう!」と思って。 そこから全財産をかき集めて全28ヶ国を廻ったんです。 ギターはイスラエルで買って、いろんな国のいろんな場所で唄いましたね。 ナオトさんの音楽は、ラテンからの影響を特に強く感じます。 ナオト:例えばインドでシタールを習ったり、どの国の音楽も身体に入ってきたんですけど、そのなかでもラテンは期間が長かったというのもあるし、自分のキャラクター的にも合っていたんでしょうね。 唄って踊ってるときに現地の人に「ナオトはラテン人よりもラテンだな!」って言われましたからね。 日本人の概念が崩れていく瞬間みたいな(笑)。 音楽性の幅がグッと広がったのは旅をしてからですか? ナオト:いや、旅をする前から幅広くはなっていて。 高校まではJ-POPだったんですけど、大学に入ってクラブに行くようになったりしたなかでブラック・ミュージックにドップリ浸かった3、4年があって。 しかも70年代に特化した形で。 ファンク、ソウル、ディスコと呼ばれる音楽をひたすら漁っていましたね。 そこからレゲエもスカもジャズも聴くようになって。 で、世界に行ってさらにいろんな音楽が自分のなかに入ってきて。 ナオトさんにとっての音楽は、まず踊れることが最重要という気がしますね。 ナオト:ああ、それはある。 で、プラス、キャッチーであること。 ナオト:そうそう、キャッチーなのが好き。 旅に行っても各国の伝統音楽と最新の人気曲を同時に体感しようとしていたから。 旅をすることで人生観も変わりましたか? ナオト:変わりましたね。 いろいろあるなかでもふたつ挙げるとすれば、ひとつは表現の仕方がシンプルになった。 旅の前まではムダが多すぎて、いかに自分を大きく見せるか、そればかり考えていたんですよね。 でも、旅のなかでいろんな人に触れたり、いろんな経験をしていくなかで変わっていきましたね。 旅の最初はドレッドだったのが、最後にはボウズになったことが象徴的なように。 もうひとつは直感力がついた。 何かを感じたなら、それを突き詰めることで未来が変わることを覚えたんです。 具体的に言うと? ナオト:気になった道に入っていくと、レストランがあって、そういえばお腹がすいてたなと思う。 店内に入って、自分の席の前にいるお兄ちゃんと意気投合すると「おまえ音楽をやってるだろ、俺にはわかるよ。 うちに遊びに来いよ」と言われる。 実はそいつもミュージシャンで、そいつの家でセッションするみたいな。 それは最初の道を選ばなかったらなかった未来なわけで。 なるほど。 その直感力はいまも衰えていないですか? ナオト:最近また蘇ってきた感じがあって。 自分の活動が形になってきて、いろんな選択を即座に迫られるような状況があるんですけど、そこで直感力がすごく役だっていて。 帰国後は何をすることからはじめたんですか? ナオト:帰ってきてまた音楽活動をするんだけど、上手くいかなくて。 でも、ライヴだけはずっとやっていました。 とにかくお客さんをひとりずつ増やしていくべきだと思って。 それで、最初は青山の月見ル君想フの100人からはじまって、渋谷BOXXで250人、代官山UNITで350人、2回目のUNITで400人、渋谷クアトロで500人、渋谷DUOで700人、赤坂BLITZで1000人、メジャー・デビュー・ライヴの渋谷AXで1500人、そして今度のツアーのZEPP TOKYO(10月11日)に立つという。 ホントに1歩1歩ここまできて。 そのバイタリティはハンパないですね。 その過程でミスチルとも出会って。 ナオト: そうですね。 ミスチルと同じステージに立てることで学ぶことはホントにたくさんあって。 ミスチルの世界を間近で体感することでJ-POPに回帰できたのも大きかったですね。 4月にリリースしたデビュー・シングル「カーニバる?」とは一転、今月のPower Push! に選ばれた「タカラモノ~この声がなくなるまで~」はメロディアスな曲ですね。 ナオト:自分のなかでいろんな面があるうちの、「カーニバる?」は根っからのお祭り男としての、お祭りチューンで。 ライヴでずっと戦っていきたい自分としては、ライヴ映えのする名刺代わりの一発という感じです。 ただ、24時間、365日カーニバってるかっていったら、そうはいられない瞬間もあるわけで。 そういう意味ではまた違う一面を2ヶ月連続シングルでリリースできることの喜びをすごく感じていますね。 「タカラモノ」はバラードなんだけど、ビートは4つ打ちで踊れるという側面もありますね。 ナオト:これがいまの時代のバラードなんじゃないかと思っていて。 恋してる瞬間とか、恋がしたくなる、あの人が気になりはじめる瞬間って、胸が高鳴っているじゃないですか。 あの人に会いたい、触れたいと思うドキドキ感はこの4つ打ちのビート感に近いと思う。 ミュージック・ビデオ(以下MV)は、走りながらウエディングドレスを脱いでいく女性の言葉なき力強い意志が描かれていて。 ナオト:このMVの観どころはまっしぐらなところですよね。 直感や本能、それの向けてまっしぐらになっている瞬間。 きっと、彼女にとってしたくない結婚だったんでしょうね。 それを振り切って、本当に好きな人のもとに走っていくという。 ドラマティックないいMVになったと思います。 ナオトさんとスペシャといえば、なんといっても「クラブサーモン」なわけですが、VJの仕事の醍醐味はなんですか? ナオト:この番組は、尖っていて、まだまだいい意味で整理されていないバンドやアーティストをゲストに迎えるので、自分自身にもすごく刺激になるんですよ。 それが醍醐味ですね。 では、最後にナオトさんがいま描いている夢を聞かせてください。 ナオト:やっぱりいつかまた世界に出て、音楽を通していろんな人とコミュニケーションを交わしたいですね。 それが自分の音楽をやっている理由なので! text:三宅 正一 photo:後藤 淳 『世界よ踊れ 歌って蹴って28ヶ国珍遊日記』(中村直人/幻冬舎) 4年前、僕が本名で出版した一冊です。 28ヶ国の旅について書いています。 当時、旅をしながら日記を書いていて、それをホームページに上げていたんです。 この本はそれをまとめたもので、だからこそ当時の生々しい感情がそのまま詰まっています。 旅の経験を本として形に残せたのは自分の人生にとって大きかったですね。 いまは絶版になっているんですけど、大幅に原稿を追加して、7月7日に文庫化されます!.

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