藤原 ヒロシ 自宅。 よりよい生活 藤原ヒロシと家電の付き合い方

藤原ヒロシの買い物インタビューと購入品5選

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モノを消費しモノを生み出す 藤原ヒロシのモノとの向き合い方は。 ガジェットからアートまで、あらゆるモノが独自の視点でチョイスされていて非常にモノが欲しくなる本でした。 そんなヒロシさん流の買物へのこだわりがあれば教えていただけますか? 藤原ヒロシ(以下HF) まず、僕は基本的には買物をしにわざわざ外へ出掛けることはないんです。 ただ、本来の使用目的とは違った意味で買うことはありますよ。 それこそ横尾忠則さんのお皿なんかは、お皿として使いたいわけではなく、単に持っておきたいという理由だったり。 だから正直、収納することにもあまり関心がないんです。 クローゼットでカビが生えてしまったモノもあるだろうし。 ただ、昔からあまりモノを処分しないから、ずっと昔に履いていたスニーカーも残っているし。 それでコレクターっぽいイメージが着いているんです。 それこそapple社が受けつけてくれるのであればお金を払いたいくらい(笑)。 だって僕らは、この10万円そこそこで購入できるMacを使って、ものすごい金額の報酬を得られるビジネスができているんです。 それを考えたら、メーカーは僕らのような職種の人たちには定価ではなくもっと高値で販売したって妥当だと思いませんか。 主婦が調べもののためにインターネットだけを使うMacと、僕らが何千万円という報酬を得るために使うMacが、そもそも同じ価格である必要もないと本当に思いますね。 だから、もっと払ったほうがいいんですよ(笑)。 モノの価値とは、本来そうあるべきじゃないですか。 印税は別として、僕のCDとサザンオールスターズのCDが同じ値段であることもおかしいし、払う人のことを考えたら、サザンオールスターズのCDの値段を上げてもいいんじゃないですか。 本でも洋服でも……。 強いて挙げるなら先日、飛行機の機内で使える加湿器を買ったけど、結局1回も使ってないことでしょうか(笑)。 そういった意味では、モノの対価を気にしますね。 HF 最近読んだのは「アルバニアインターナショナル」や「スペクタクルの社会」「オウム事件 17年目の告白」です。 好きな小説のジャンルはノンフィクションやミステリー、サスペンス系が主で、恋愛小説の類いはまったく読みません。 雑誌もほとんど買わなくなりました。 本の選択基準は友人からのオススメもありますが、大抵はネットに書かれている書評で選ぶことが多いですね。 なかなか気の利いたデザインが見つからなくて.

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Andy Warholなど藤原ヒロシの目に止まったアートグッズ9選

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DJ、音楽プロデューサー、ファッションクリエイターとして活躍する藤原ヒロシが、日々体験する出来事を共有するInstagram。 世界の最新トレンドから注目のアイテムやメニューまで、話題満載の画像をめぐって本人が自ら解説やコメントを加えていく新連載。 第1回では2017年を振り返り、昨年ポストされた画像をめぐって話を聞いた。 jp 2017年1月2日——おせち料理 2017年のはじまりは、大門にある「くろぎ」のおせち料理から。 1月31日——山荘シンドローム 泊まりでスノボーに行くときは、たいてい青森の「八甲田山荘」に宿泊する。 山荘シンドロームではないけれど、結局、雪山には雪山好きしかいないから、職業や年齢に関係なく、お金持ちのおじいさんから学生までみんなで話していても一体感があってすごくたのしい。 映画『シャイニング』みたいに、夜の6時か7時には山荘に上がってくる道が閉ざされる。 その孤立感がまたさらに一体感を深めてくれるんだよね。 3月7日——エッグ&ソルジャーズ パリの「カフェ ド フロール(Cafe de Flore)」の「エッグ&ソルジャーズ」。 半熟のゆで卵の頭を割って塩を少しふり、バターを塗ったバゲットを卵につけて食べる。 細長く切ったトーストをイギリスでは「衛兵(ソルジャー)」と呼ぶそうで、昔ロンドンで教えてもらって以来、気に入っている食べ方。 3月28日——オオサンショウウオ ルイ・ヴィトンでイベントをやったときにつくってもらったぬいぐるみ。 小学校の七夕のときに「オオサンショウウオが飼いたい」って短冊に書いたぐらい大好き。 姿かたちもそうだけど、なんといってもあの手の可愛らしさがね。 3月28日——ジュースペアリング 原宿にあるレストラン「フロリレージュ(Florilege)」の「ジュースペアリング」。 料理にワインを合わせるワインペアリングはよくあるけれど、最近ではジュースペアリングやティーペアリングをやっている店も結構あって、ここのジュースペアリングは世界でいちばんおいしい。 写真は、モネの「睡蓮」に着想を得たグリーンティーベースのジュース。 ゲンゴロウが泳いでいそうだけど(笑)、ミント系の甘いジュースといった感じ。 コース料理を頼むと5品ぐらいが出てきて、それにあわせてジュースも5〜6種類ペアリングしてくれる。 フロリレージュに行ったらぜひ試してみてください。 4月5日——フラットな世界 いまの食の世界のあり方は90年代のストリートファッションにそっくりだ。 80年代までのデザイナーはみんなパリに憧れて、そのヒエラルキーの中で追いつこう、追い抜こうとひとりで闘った。 横のつながりなんて考えられず、ヨージ・ヤマモトとコム・デ・ギャルソンのコラボなんて想像もできなかった。 それに対して90年代に生まれたストリートファッションでは、世界中の同世代たちがフラットなネットワークの中でともに活動をはじめた。 5年ほど前から食の世界でも、有名シェフたちがコラボしあい、若いシェフたちが横のつながりを活用しながら世界中でポップアップ的な活動を展開している。 そのフラット感は、90年代のストリートファッションのあり方とすごく似ているように見える。 4月28日——京都の中華 大学の講義があるので月に2回京都に通っているけれど、京都の中華は独特で、定食的なものからガストロノミー的なものまでとにかくおいしい。 その中でもいちばん好きなのがここ「齋華」。 5月26日——英会話 海外にいちばん長く滞在した期間は3カ月。 外国に住んだことのないぼくが英語をきちんとしゃべれるようになるまでにはずいぶん時間がかかったけれど、英語でのコミュニケーションに自信を持ったのは20歳のころ。 東京に出てきた当時はまわりに外国人モデルがいっぱいいて、片言で話してみたら案外通じたのが最初。 でもその後、10代の終わりに初めてロンドンに行ったときには聞けず、話せずで打ちのめされた。 それでも2カ月ほどで馴れてきて。 日本に戻ってまた外人モデルと3人でシェアして暮らしているうちに不自由なく会話できるようになった。 その経験から言えるのは、英会話は完全に馴れだということ。 6月20日——最後のアナログ文化 大塚にある「ぼんご」というおにぎり専門店。 めちゃくちゃおいしいおにぎりです。 と、そんな話をしていると、都心からおにぎりだけのために大塚まで行くの?と驚かれるのだけれど、今や食は唯一残されたアナログ文化だと思う。 昔だったらレコード屋があるから吉祥寺に行ったり、あのブランドのあのアイテムを手に入れるためにパリに行ったけど、ほとんどのものがネットで買えるようになったいま、そもそも出向く理由がなくなった。 その意味で食は、わざわざその場所にまで足を運ぶ気にさせる唯一残された文化だと思う。 7月2日——伊勢神宮の「朔日参り」 伊勢神宮を参拝するなら絶対に月初の1日(朔日)がおすすめ。 31日の夜に東京を出て、1日の朝4時ぐらいに着くと真っ暗な中、伊勢神宮のまわりだけふわ〜っと明るくなっているのに気づくだろう。 すべてのお店が開いていて、すでに千人ぐらいの人がいて、赤福に「朔日餅(ついたちもち)」を買い求める長蛇の列ができているのを見てびっくりするはずだ。 4時すぎには伊勢神宮が開くので暗闇の中を参拝して、帰ってくる頃にようやく日が昇る。 その光の中で、この日にしか食べられない朝粥でお腹を満たす。 ふつうの日に行くよりも10倍はたのしい「朔日参り」。 くれぐれも伊勢参りは1日に! 7月4日——やっぱりナイススティック コンビニで売っている、中に練乳バターみたいな甘いクリームが入った菓子パン。 子どもの頃から食べています。 昨今はすっかり他の商品に押されているみたいだけれど、やっぱり「ナイススティック」が僕のスタンダードだ。 7月11日——天使って大人になったら何になるの? 天使が大人になったら何になるのか不思議だったのだけれど、調べてみたら天使は成長しないのだとか。 そんな天使論議をしていたら銀座四丁目の天賞堂銀座本店の角に天使がいますよと教えられた。 ご覧の通り、晴海通りからのぞいて矢を射ようとしているところ。 成長しないのはわかったけれど、そしたらどうやって生まれたんだろう? 7月12日——居抜感、最高 川口(埼玉)にある「鮨 猪股 」。 居抜きで借りて、キッチンだけ新しくしてそのまま使っている感じがとてもいい。 居抜きで借りるとたいてい内装に手を入れて失敗するパターンなのに、ここは居抜きのまますごくうまく使っている稀有な例。 インテリアにお金をかけず、とにかくいいネタの寿司を安く出す、そのために川口にいるという最高な鮨屋。 東京で同じ値段なら、まちがいなく味は猪股の方が上。 すでに予約が取りづらくなっているけれど、でもまずここで言っておきたいのは「居抜感、最高!」。 7月18日——台所を抜けて広がるパラダイス 名古屋の「蓬莱」(ひつまぶしで有名な「あつた蓬莱軒」とは別のお店)。 元祖うなぎ釜飯を食べたんだけどめちゃおいしかった。 思うに、入り口からキッチンを抜けて奥へと入っていく店には名店が多い。 中華料理屋でもなんでもそのレイアウトの店にはまずハズレがない。 7月18日——東京の中華 広尾の「茶禅華」は何を食べてもおいしい。 六本木の「日本料理 龍吟」のスーシェフがはじめた中華で、いまぼくがいちばん好きな中華料理。 7月19日——いちばん好きなフルーツ お中元でもらった千疋屋のみかんがあまりにおいしかったので思わず撮影。 りんごの皮すら剥くことがない自分にとって、世の中でいちばん好きなフルーツはみかんとバナナで決まり。 7月26日——世界一おいしいイタリアン ミラノにある「ラッテリア(La Latteria)」という食堂は世界一おいしいイタリアンだと思う。 おばちゃんが切り盛りしている小汚い店なんだけど、ミラノの誰に聞いても知っていて、口をそろえて「あそこがいちばんおいしい!」って言っていた。 ここの「レモンパスタ」は、いままで食べたパスタの中でもいちばんの味でした。 7月28日——魚拓 同じくミラノにある「Tokuyoshi」は、「オステリア・フランチェスカーナ」というモデナにある、去年世界一だったレストランの日本人スーシェフが独立してつくったお店。 すごくおいしかったです。 そこのシグネチャーレシピのひとつがこれで、魚の頭が魚拓のようにイカスミで描かれている。 7月28日——クロワッサンの食べかた クロワッサンとミルフィーユはどうしてあんなにきれいにつくられているのに、美しく食べることができないんだろう? どんなに美しい人でも汚くしか食べられない。 ね? だから「ひとくちクロワッサン」ってけっこうよく考えられているなと思う。 もしクロワッサンの美しい食べ方を知っている人がいたらぜひまでご一報ください。

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藤原ヒロシのスニーカーやブランドは?嫁や自宅・年収を調査!

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ルイ・ヴィトン、ブルガリ、モンクレールといったハイブランドから、ナイキ、スターバックス、ポケモン、さらには高級船舶まで。 藤原ヒロシがこの1、2年で手がけたコラボレーションだけでも、挙げ出したらきりがない。 それらのコラボを担うフラグメントデザイン(fragment design)を主宰しながら、ミュージシャンとしても活動し、デジタルマガジン「Ring of color」も展開する。 一年中、どれだけ移動するのかと思うほど海外へ行き、かと思えば頻繁に地元の伊勢に帰り、冬には雪山を滑っている。 謎が多く、その「得体の知れない感」が人を魅了している。 中学時代にパンクから多大な影響を受けた彼は、80年代、18歳で上京すると、パンクが全盛のロンドン、そしてヒップホップが生まれたばかりのニューヨークへ。 現地のカルチャーをいち早く持ち込み、日本におけるクラブDJのパイオニアとして活躍する。 当時、インフルエンサーというのは「雑誌で影響力のある人」だった。 つまり、雑誌に出ているという時点で、なにか抜きん出た人だった。 音楽シーンで突出していた藤原は、雑誌で連載を持ち、海外で見つけた面白いものを紹介するようになる。 そして、そこに載ったものが数カ月後に流行っていく。 そんなサイクルが出来上がっていった。 その影響力は、「彼が取り上げるとなぜ売れるのか?」と海外のブランドが注目するほどで、今に続く長い付き合いになるナイキからも声がかかるようになる。 実際、藤原がインフルエンサーという言葉を最初に聞いたのは、「まだネットとかない頃、ナイキとのミーティングだった」という。 発信において藤原がその頃も今も変わらないのが、「自分が面白いと思ったものしか載せない」というところだ。 「連載をしていると、多少のお金を対価に『これ載せてくれない?』と言われることもありましたが、若いながらに一切しなかった。 そういう意味では、読者に対して正直で、裏切りがなかったですね」 また、その頃のことを、「きれいに聞こえるかもしれないけど、お金はあとからついてくるものだと思ってました。 お金がなくても、誰かが奢ってくれたり、ちょっとした仕事をふってくれたり。 バブルを直接的に体験したわけではないけれど、そういうことだったのかもしれない」と振り返る。 それは、DJからプロデュースや作曲に活動を広げていた90年代に遡る。 「コラボレーションという言葉が一人歩きしているというか、あの頃は、そういう言葉はなくて、『餅は餅屋』的な思考でした。 当時自分でGOOD ENOUGHというブランドをやっていましたが、例えばバッグを作るときには、バッグ作りのプロである吉田カバンに作ってもらう、みたいな感じです」.

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