皇后 雅子 様 誕生 日。 皇后雅子

皇后陛下 56歳のお誕生日

皇后 雅子 様 誕生 日

2019年4月1日に皇太子さまが即位され、新たな元号に切り替わります。 同時に「雅子皇后」が誕生することになります。 30年前に今上天皇が即位し、美智子さまが皇后になられたときは、「ああ、やっと美智子さまの時代になる」と、みんな歓迎し、安心してお祝いしたものですが、今回の即位は、なかなかそういうムードになりません。 それというのも、「雅子さまに皇后がつとまるのか」という基本的な疑問を、日本国民の多くが解消できないからです。 美智子さまがあまりに偉大な皇后であったため、比較される雅子さまは気の毒といえば気の毒ですが、公の場に姿を見せる機会があまりに少なかった。 今回は、「雅子さまに皇后がつとまるのか?」を考えてみたいと思います。 【参考】 雅子さまの病気の原因は、仕事と立場がなかったから 雅子さまは父親が外交官・国際司法裁判所判事・ハーバード大教授職である小和田恆氏と、エールフランスの極東支配人秘書を経験した母親を持つ国際色豊かな家庭で生まれました。 雅子さま本人も、父親の仕事のためロシアやスイス、アメリカで生活しており、英語はもちろんロシア語、ドイツ語、フランス語の語学に通じています。 その語学力を活かし、国際会議の通訳などで幅広く活躍していたスーパーウーマンでした。 あまりに格式が高すぎる天皇家の嗣子である皇太子という立場のため、数あるお妃候補からフラれまくった徳仁親王(当時)のプロポーズをうっかり受けてしまい、自分の活躍の出番が回ってくるのを50代半ばになるまで待たなかればならない人生を選んでしまったのです。 ほんと要領悪い選択をしてしまいました。 皇室の中から「外国に開いた日本」みたいな仕事をしたかったのだと思います。 しかし人間、能力を発揮するのに適した場所があるものですのに、どうしてカゴの中に閉じ込められる人生を選んでしまったのか。 やっぱり海外生活が長かったからか、皇室の伝統と格式を、肌感覚であんまり理解できていなかったのではないでしょうか。 女性は「ロイヤル」という言葉に弱いですしねー。 親が外交官と元CAですから、教育やマナーは身についていたはずですが、ロシア、スイス、アメリカで過ごしてきたのなら、ほどよくフランクな側面もあったはずで、皇室の閉塞的な雰囲気に馴染めなかったのは仕方ないことでしょう。 この一般社会では好意的に受け止められる「ほどよくフランク」が、皇室という空間に一歩入ったら「下品」に早変わりするのです。 皇室とはそういう場所なのですよ! 頭が良く社交的で派手好きな明るい人が、自分の個性や能力を全く発揮できず、皇室の伝統と習慣でいきなり24時間コルセットでがんじがらめ締め付けられ、さらにコンクリで塗り固められるような生活になってしまったのは、さぞや辛かったろうと思います。 仕事がない 皇室というのは究極的な身分制度と年功序列の世界で、天皇陛下と皇后陛下が圧倒的メイン、その他の皇族は、両陛下に比べれば文字通りほぼ「その他大勢扱い」に等しいです。 その中でも夫が皇太子なので立場や仕事はきちんと確保されていましたが、国際的な舞台でバリバリに仕事をしてきた雅子さまにとっては、与えられた公務も、物足りなく味気なく、退屈に感じられたことでしょう。 それをアメリカのニューズウィーク誌で「伝統の中で能力を発揮できない」という主旨の記事を掲載してしまったことは軽率でした。 アメリカの感覚だったんでしょうね。 日本国内では、一般的に20年は下積みに耐えて組織に貢献しないと仲間の一員として認められないという暗黙のルールを、あまり理解していなかったようです。 結婚当初は、ちょっと先走りすぎてしまった様子でした。 男子を産むことができなかった やっぱりここですよね。 男子を産めず、古今東西共通の立場のない正妻の悲しみと嘆きを、雅子さまも同様に味わったのです。 皇室典範が「天皇になれるのは男子のみ」と規定している以上、次の世継ぎをつくることができなかった正妃は、立場が非常に悪くなり、世間から軽んじられます。 表に出ていないだけで、ストレスで何回か流産していたかもしれません……。 秋篠宮家の紀子さまが男の子を産んだことも二重に辛かったでしょう。 明らかな人選ミス すごく極端な表現をすれば、皇室の人間は、基本的に「今上天皇が崩御されて代替わりがあるまで日の目を見ない存在」です。 皇太子さまは60歳まで順番待ってからの本番人生です、非常に待ち時間が長い世界です。 傍系の皇族となれば、身分と立場のみが突出して高いので、一般社会の中でははっきり言って扱いづらく、仕事らしい仕事もなくて手持ち無沙汰。 死ぬまで暇つぶしの人生です。 傍系の皇族からすれば、雅子さまの立場は非常に恵まれたものに映るのに、それに不満を述べていたので反発もあったのかもしれません。 雅子さまが不調なのは、資質や能力の問題ではなく、能力があるキャリアウーマンであったことが仇となり、時間が重くゆっくり厳格に推移する皇室とは、非常に相性が悪かったから。 一般人の私たちの感覚からすれば、黄昏の年代まで握りつぶされた状態でいるのと同じです。 スポンサーリンク 帯状疱疹と適応障害 人は自分が属する集団の中で自分の役割を見いだせないと、簡単に病みます。 最近まで続いていた雅子さまの病気の最初の症状は2003年の帯状疱疹で、その後「適応障害」と診断されています。 帯状疱疹と適応障害のコンボは、典型的に環境ストレスが原因の精神障害です。 あなたの職場でもいませんか? パワハラやモラハラで適応障害になり、欝になって休職・退職に追い込まれる上司や同僚、後輩が。 雅子さまもまったく同じパターンです。 適応障害とは、ある特定の状況や環境・出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるもの。 だから、自分に不利な環境から離れることができれば、元気になるのです。 仕事なら退職して転職するなり配置転換を願い出ることも可能ですが、しかし雅子さまは逃げることが許されない立場なので、休むしかありませんでした。 公務には皇太子殿下おひとりで出席することが多くて非常にバランスが悪く、見ているこちら側も具合が悪く感じられてしまい、批判が集中しました。 皇太子さまひとりに仕事をさせ、雅子さまは別荘ではわりと元気にしていた様子に世間は怒り、ものすごいバッシングが毎年繰り返されましたが、適応障害というのはそういうものです。 病気ですから、仕方ないのです。 フランクフルトに無理やり連れて行かれたハイジと同じなんです。 皇太子殿下は、男の子をを生むことはできなかったけれど、自分と結婚してくれた雅子さまをちゃんと擁護していました。 昔はわたしも皇太子さまの態度に歯がゆく思ったこともありましたが、今考えれば、この病気のことをよく理解していたからではないでしょうか。 日本の皇室は、世界の王室をみても最も厳しい世界だと思います。 スポンサーリンク 雅子さまに皇后がつとまるのか 自信をもって断言します。 できます。 できるに決まってます。 理由は、今まで雅子さまを苦しめていた皇室の伝統と制度が、代替わりによって、今度は雅子さまを守るようになるからです。 秋篠宮さまの方がふさわしいとか、紀子さまの方が人気があるからとかそういう問題ではなく、天皇家の法律ともいえる皇室典範によって「必然的にそうなる」からです。 皇室の伝統は、すべてが皇室を守るために機能します。 皇室の制度は、秋篠宮妃紀子さまよりも皇后雅子さまを優先して守るようにできてます。 そこに個人の情や国民の人気などを挟む余地はなく、 皇室にはただひたすら「血統による序列」が冷厳にそこにあるのみ。 雅子さまの皇后としての資質がどーこーより、もうシステムが自動的に守ってくれるのです。 次の次の天皇になられる悠仁さまの母親だからといって、紀子さまが現役の皇后雅子さまに優越することなどありえません。 もし皇后雅子さまを差し置いて出しゃばる振る舞いがあれば、今度は紀子さまが周囲の侍従にやんわりと制止されます。 天皇の代替わりによる自分の立場の回復や居場所の確保によって、雅子さまの精神状態はまずは快方に向かうでしょう。 非公式にですが悠仁さまを皇太子一家のもとで生活させ、天皇としての教育をさせる案も出てきてます。 傍系の宮家にすぎない秋篠宮家が、天皇としての教育を悠仁さまに施せることなどできないのですから。 もともと働くことが好きな人ほど、立場や役割が与えられれば元気になる傾向にあります。 最近は、眞子さまのスキャンダルにより紀子さまの立場が悪くなり、その分美智子さまが雅子さまに目を向けるようにもなってきています(このタイミングは、雅子さまラッキーだったよなーと思います^^;)。 「立場が人をつくる」ということわざどおり、雅子さま本人は、多分大丈夫でしょう。 しかし心配なのは、休養していた期間が長すぎて、雅子さまが天皇家の伝統をきちんと踏襲できるか、です。 適応障害になるというのは、周囲の人間に対する不信感も深かったと考えられるので、彼らと天皇家2000年の伝統の公務をこなしていけるでしょうか。 あとは国民の方が、雅子さまに対する印象が薄いので、きちんと国民の理解と好意を得られるよう、日々精進していかなければなりません。 美智子さまは、現代よりさらに締めつけのきつかった50年前に、雅子さまと同様にストレスで心身を病みながらも、不断の努力であの苦しいを時期を乗り越えてしまったので凄かったのです。 お姑さんが立派すぎるというのも辛いですよね。 雅子さまが皇后になる姿を国民がほとんどイメージできないので、最初は好意的に受け入れられるには時間がかかるかもしれませんね。 まず何より求められるのは、雅子さまが国民に真摯に向き合う姿勢でしょう。 これができなければ、 「立場で勝っても人気で紀子さまに負ける皇后さま」で終わる可能性が高くなります。 まとめ:美智子さまとは別ベクトルの皇后に 30年ぶりに、いよいよ時代が大きく切り替わります。 皇室もひとつの家庭であり、皇族といえども人間なので、どの問題ひとつをとっても根深いものがあります。 陛下の退位後の住処、眞子さまの結婚問題、悠仁様の教育問題、いろいろな問題がまだ残っていますが、生前退位は待ったなし。 雅子さまも長年苦しんだのですから、立場と役目が確保されて落ち着けば余裕ができるので、頭のいい人ですし、良い皇后になるようがんばってくださると思います。 管理人も適応障害になったことがあるので、雅子さまの辛さが今はわかるようになりました。 美智子さまのような皇后になるのは……同じことをしていたらまあ 無理でしょうが、皇室の伝統をきちんど織り込みながら、ここは雅子さまなりの皇后像を作っていっていただければいいのかなあと思います。 それでも14年の空白は大きいので、まずは周囲の人と連携していただきたいと期待しています。 政府間の協議でまとまらなかったことが、天皇陛下と皇后陛下が間に入ることで大きく状況が変わった事例もあるので、外国関係に強い雅子さまの時代はどのようになるのでしょうか。 楽しみです。 雅子さまのお印は「はまなす」で、北海道の県花です。 北海道民である管理人は、雅子さまを応援しています。 あ、言い忘れましたが皇太子さまは良い天皇になると思います。 【参考】 スポンサーリンク スポンサーリンク.

次の

雅子様に皇后は無理?仕事と立場が確保されれば回復するけれど…

皇后 雅子 様 誕生 日

2019年4月1日に皇太子さまが即位され、新たな元号に切り替わります。 同時に「雅子皇后」が誕生することになります。 30年前に今上天皇が即位し、美智子さまが皇后になられたときは、「ああ、やっと美智子さまの時代になる」と、みんな歓迎し、安心してお祝いしたものですが、今回の即位は、なかなかそういうムードになりません。 それというのも、「雅子さまに皇后がつとまるのか」という基本的な疑問を、日本国民の多くが解消できないからです。 美智子さまがあまりに偉大な皇后であったため、比較される雅子さまは気の毒といえば気の毒ですが、公の場に姿を見せる機会があまりに少なかった。 今回は、「雅子さまに皇后がつとまるのか?」を考えてみたいと思います。 【参考】 雅子さまの病気の原因は、仕事と立場がなかったから 雅子さまは父親が外交官・国際司法裁判所判事・ハーバード大教授職である小和田恆氏と、エールフランスの極東支配人秘書を経験した母親を持つ国際色豊かな家庭で生まれました。 雅子さま本人も、父親の仕事のためロシアやスイス、アメリカで生活しており、英語はもちろんロシア語、ドイツ語、フランス語の語学に通じています。 その語学力を活かし、国際会議の通訳などで幅広く活躍していたスーパーウーマンでした。 あまりに格式が高すぎる天皇家の嗣子である皇太子という立場のため、数あるお妃候補からフラれまくった徳仁親王(当時)のプロポーズをうっかり受けてしまい、自分の活躍の出番が回ってくるのを50代半ばになるまで待たなかればならない人生を選んでしまったのです。 ほんと要領悪い選択をしてしまいました。 皇室の中から「外国に開いた日本」みたいな仕事をしたかったのだと思います。 しかし人間、能力を発揮するのに適した場所があるものですのに、どうしてカゴの中に閉じ込められる人生を選んでしまったのか。 やっぱり海外生活が長かったからか、皇室の伝統と格式を、肌感覚であんまり理解できていなかったのではないでしょうか。 女性は「ロイヤル」という言葉に弱いですしねー。 親が外交官と元CAですから、教育やマナーは身についていたはずですが、ロシア、スイス、アメリカで過ごしてきたのなら、ほどよくフランクな側面もあったはずで、皇室の閉塞的な雰囲気に馴染めなかったのは仕方ないことでしょう。 この一般社会では好意的に受け止められる「ほどよくフランク」が、皇室という空間に一歩入ったら「下品」に早変わりするのです。 皇室とはそういう場所なのですよ! 頭が良く社交的で派手好きな明るい人が、自分の個性や能力を全く発揮できず、皇室の伝統と習慣でいきなり24時間コルセットでがんじがらめ締め付けられ、さらにコンクリで塗り固められるような生活になってしまったのは、さぞや辛かったろうと思います。 仕事がない 皇室というのは究極的な身分制度と年功序列の世界で、天皇陛下と皇后陛下が圧倒的メイン、その他の皇族は、両陛下に比べれば文字通りほぼ「その他大勢扱い」に等しいです。 その中でも夫が皇太子なので立場や仕事はきちんと確保されていましたが、国際的な舞台でバリバリに仕事をしてきた雅子さまにとっては、与えられた公務も、物足りなく味気なく、退屈に感じられたことでしょう。 それをアメリカのニューズウィーク誌で「伝統の中で能力を発揮できない」という主旨の記事を掲載してしまったことは軽率でした。 アメリカの感覚だったんでしょうね。 日本国内では、一般的に20年は下積みに耐えて組織に貢献しないと仲間の一員として認められないという暗黙のルールを、あまり理解していなかったようです。 結婚当初は、ちょっと先走りすぎてしまった様子でした。 男子を産むことができなかった やっぱりここですよね。 男子を産めず、古今東西共通の立場のない正妻の悲しみと嘆きを、雅子さまも同様に味わったのです。 皇室典範が「天皇になれるのは男子のみ」と規定している以上、次の世継ぎをつくることができなかった正妃は、立場が非常に悪くなり、世間から軽んじられます。 表に出ていないだけで、ストレスで何回か流産していたかもしれません……。 秋篠宮家の紀子さまが男の子を産んだことも二重に辛かったでしょう。 明らかな人選ミス すごく極端な表現をすれば、皇室の人間は、基本的に「今上天皇が崩御されて代替わりがあるまで日の目を見ない存在」です。 皇太子さまは60歳まで順番待ってからの本番人生です、非常に待ち時間が長い世界です。 傍系の皇族となれば、身分と立場のみが突出して高いので、一般社会の中でははっきり言って扱いづらく、仕事らしい仕事もなくて手持ち無沙汰。 死ぬまで暇つぶしの人生です。 傍系の皇族からすれば、雅子さまの立場は非常に恵まれたものに映るのに、それに不満を述べていたので反発もあったのかもしれません。 雅子さまが不調なのは、資質や能力の問題ではなく、能力があるキャリアウーマンであったことが仇となり、時間が重くゆっくり厳格に推移する皇室とは、非常に相性が悪かったから。 一般人の私たちの感覚からすれば、黄昏の年代まで握りつぶされた状態でいるのと同じです。 スポンサーリンク 帯状疱疹と適応障害 人は自分が属する集団の中で自分の役割を見いだせないと、簡単に病みます。 最近まで続いていた雅子さまの病気の最初の症状は2003年の帯状疱疹で、その後「適応障害」と診断されています。 帯状疱疹と適応障害のコンボは、典型的に環境ストレスが原因の精神障害です。 あなたの職場でもいませんか? パワハラやモラハラで適応障害になり、欝になって休職・退職に追い込まれる上司や同僚、後輩が。 雅子さまもまったく同じパターンです。 適応障害とは、ある特定の状況や環境・出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるもの。 だから、自分に不利な環境から離れることができれば、元気になるのです。 仕事なら退職して転職するなり配置転換を願い出ることも可能ですが、しかし雅子さまは逃げることが許されない立場なので、休むしかありませんでした。 公務には皇太子殿下おひとりで出席することが多くて非常にバランスが悪く、見ているこちら側も具合が悪く感じられてしまい、批判が集中しました。 皇太子さまひとりに仕事をさせ、雅子さまは別荘ではわりと元気にしていた様子に世間は怒り、ものすごいバッシングが毎年繰り返されましたが、適応障害というのはそういうものです。 病気ですから、仕方ないのです。 フランクフルトに無理やり連れて行かれたハイジと同じなんです。 皇太子殿下は、男の子をを生むことはできなかったけれど、自分と結婚してくれた雅子さまをちゃんと擁護していました。 昔はわたしも皇太子さまの態度に歯がゆく思ったこともありましたが、今考えれば、この病気のことをよく理解していたからではないでしょうか。 日本の皇室は、世界の王室をみても最も厳しい世界だと思います。 スポンサーリンク 雅子さまに皇后がつとまるのか 自信をもって断言します。 できます。 できるに決まってます。 理由は、今まで雅子さまを苦しめていた皇室の伝統と制度が、代替わりによって、今度は雅子さまを守るようになるからです。 秋篠宮さまの方がふさわしいとか、紀子さまの方が人気があるからとかそういう問題ではなく、天皇家の法律ともいえる皇室典範によって「必然的にそうなる」からです。 皇室の伝統は、すべてが皇室を守るために機能します。 皇室の制度は、秋篠宮妃紀子さまよりも皇后雅子さまを優先して守るようにできてます。 そこに個人の情や国民の人気などを挟む余地はなく、 皇室にはただひたすら「血統による序列」が冷厳にそこにあるのみ。 雅子さまの皇后としての資質がどーこーより、もうシステムが自動的に守ってくれるのです。 次の次の天皇になられる悠仁さまの母親だからといって、紀子さまが現役の皇后雅子さまに優越することなどありえません。 もし皇后雅子さまを差し置いて出しゃばる振る舞いがあれば、今度は紀子さまが周囲の侍従にやんわりと制止されます。 天皇の代替わりによる自分の立場の回復や居場所の確保によって、雅子さまの精神状態はまずは快方に向かうでしょう。 非公式にですが悠仁さまを皇太子一家のもとで生活させ、天皇としての教育をさせる案も出てきてます。 傍系の宮家にすぎない秋篠宮家が、天皇としての教育を悠仁さまに施せることなどできないのですから。 もともと働くことが好きな人ほど、立場や役割が与えられれば元気になる傾向にあります。 最近は、眞子さまのスキャンダルにより紀子さまの立場が悪くなり、その分美智子さまが雅子さまに目を向けるようにもなってきています(このタイミングは、雅子さまラッキーだったよなーと思います^^;)。 「立場が人をつくる」ということわざどおり、雅子さま本人は、多分大丈夫でしょう。 しかし心配なのは、休養していた期間が長すぎて、雅子さまが天皇家の伝統をきちんと踏襲できるか、です。 適応障害になるというのは、周囲の人間に対する不信感も深かったと考えられるので、彼らと天皇家2000年の伝統の公務をこなしていけるでしょうか。 あとは国民の方が、雅子さまに対する印象が薄いので、きちんと国民の理解と好意を得られるよう、日々精進していかなければなりません。 美智子さまは、現代よりさらに締めつけのきつかった50年前に、雅子さまと同様にストレスで心身を病みながらも、不断の努力であの苦しいを時期を乗り越えてしまったので凄かったのです。 お姑さんが立派すぎるというのも辛いですよね。 雅子さまが皇后になる姿を国民がほとんどイメージできないので、最初は好意的に受け入れられるには時間がかかるかもしれませんね。 まず何より求められるのは、雅子さまが国民に真摯に向き合う姿勢でしょう。 これができなければ、 「立場で勝っても人気で紀子さまに負ける皇后さま」で終わる可能性が高くなります。 まとめ:美智子さまとは別ベクトルの皇后に 30年ぶりに、いよいよ時代が大きく切り替わります。 皇室もひとつの家庭であり、皇族といえども人間なので、どの問題ひとつをとっても根深いものがあります。 陛下の退位後の住処、眞子さまの結婚問題、悠仁様の教育問題、いろいろな問題がまだ残っていますが、生前退位は待ったなし。 雅子さまも長年苦しんだのですから、立場と役目が確保されて落ち着けば余裕ができるので、頭のいい人ですし、良い皇后になるようがんばってくださると思います。 管理人も適応障害になったことがあるので、雅子さまの辛さが今はわかるようになりました。 美智子さまのような皇后になるのは……同じことをしていたらまあ 無理でしょうが、皇室の伝統をきちんど織り込みながら、ここは雅子さまなりの皇后像を作っていっていただければいいのかなあと思います。 それでも14年の空白は大きいので、まずは周囲の人と連携していただきたいと期待しています。 政府間の協議でまとまらなかったことが、天皇陛下と皇后陛下が間に入ることで大きく状況が変わった事例もあるので、外国関係に強い雅子さまの時代はどのようになるのでしょうか。 楽しみです。 雅子さまのお印は「はまなす」で、北海道の県花です。 北海道民である管理人は、雅子さまを応援しています。 あ、言い忘れましたが皇太子さまは良い天皇になると思います。 【参考】 スポンサーリンク スポンサーリンク.

次の

皇后雅子さま 初日の衣装は「ローブ・デコルテ」 ティアラにも注目

皇后 雅子 様 誕生 日

いきなり失声症になったから原因は知られてないのでは。 バッシングというけど、ヒマなおばちゃんたちが週刊誌で読んで 勝手に皇室の内部事情を知った気になってギャイギャイ騒いだだけ。 事実はおそらく違う所にある。 とりあえず皇室ジャーナリスト・松崎敏弥の説明文は下記。 しかしこんなバッシング、自分は記憶にない。 この時期より、もっと昔の結婚後のイジメのほうがすさまじかったからなー。 声が出なくなる「失声症」になられたのである。 原因は一部の月刊誌、週刊誌によるバッシング報道だった。 たとえば、こんな具合である。 大内の記事には誤記や事実誤認が多く、悪意で書かれたものと言わざるをえない。 天皇の代替わりのときには、侍従や女官なども皇太子・皇太子妃に仕えてきた人々にそっくり入れ替わるので、お役御免となった人々の口から偏った情報が漏れだすことはよくある。 昭和天皇即位のときにもあったそうだが、当時はメディアが発達していなかったため、国民に広く知られることはなかった。 こういった美智子皇后への誹謗中傷記事は、宮内庁付の記者から見れば首を傾げざるをえないような内容ばかりだったが、活字となって世間に出回れば、それを信じる人も出てくる。 94年に失声症から回復した際、美智子皇后は、「どの批判も、自分を省みるよすがとしていますが、事実でない報道がまかり通る社会になって欲しくありません」とコメントされている。 メディアに対してこのような厳しいお言葉を発せられたのは、後にも先にもこれだけである。 近年は、美智子皇后が雅子妃に辛く当たっているといった報道が見受けられるが、これも事実無根である。 民間人が皇室に入る辛さを身をもって感じてこられたのが美智子皇后で、仮にそう見えたとしても、早く皇室に溶け込んでほしいという愛情からである」.

次の