下村早苗。 猛暑のゴミ部屋で愛児を餓死させた“ホスト遊び母の素性”

下村(中村)早苗【大阪2児餓死事件】

下村早苗

宣伝用に撮影された早苗の写真。 原因は母親である美人風俗嬢の、家庭を顧みないホスト遊びだった。 現場は、酷暑の中クーラーもつけず飲み物もないゴミの山。 彼女はどうして異臭漂うマンションの一室に、愛児を放置したのか。 事件を取材したノンフィクションライター小野一光氏が真相をさぐる。 ******************** 「猛暑のなか、子供たちはエアコンのないゴミだらけの室内に閉じ込められていて、玄関に通じるドアは外からテープが何重にも貼られ、開けることのできない状態でした。 空腹で必死に食料を探したのか、冷蔵庫の扉には手形が残り、暑さのため服を脱いだ姿で、姉弟は寄り添い亡くなっています」 旧知の大阪府警担当記者による説明を聞き、その痛ましい状況に、思わず言葉を失った。 長女(死亡時3)と長男(同1)の遺体を室内に放置したとして、母親の下村早苗(逮捕時23)が死体遺棄容疑で逮捕された(のちに殺人容疑で再逮捕)。 事件発生を知った私は、取材のため現地に駆けつけた。 当時の様子を知る住人は言う。 「彼女はごく普通の若い可愛らしい奥さんといった感じで、下の男の子を抱きながら、上のお姉ちゃんを遊ばせている姿を何度か見かけました」 また、早苗が加入していたSNSには、子供に向けた愛情を思わせる彼女の言葉が残されていた。 同級生によると、この頃から家出を繰り返していたという しかし、離婚からわずか1年の間になにがあったのか。 前出の記者は話す。 「早苗の浮気が原因で、夫婦は離婚しています。 2人の子供を引き取った彼女は、名古屋市内のキャバクラでホステスの仕事を始めました。 その頃から育児疲れと仕事のストレスのはけ口としてホストクラブに通うようになり、家に帰らなくなったことが、今回の事件に繋がったと見られています」 逮捕の4ヵ月前である3月ごろにはすでに、子供たちを部屋に残したまま、何日か家を空けるようになっていたという。 また、近所の公園では、子供たちが「ママ」と呼びかけても返事をせずに、携帯電話のモニターを一心不乱に見つめる早苗の姿の目撃証言もある。 マンションの部屋は、彼女が働く風俗店が契約。 同時期、子供が長時間泣いているという近隣住民の通報が相次いでいた。 そのうち3月30日に『大阪市こども相談センター』に寄せられた通報は、「夜中の2時や3時に部屋のインターホンを使い『ママー、ママー』と子供が泣いている」というものだった。 同マンションの住民は語る。 「以前はしきりと子供の泣き声がしていましたが、ここ1ヵ月くらいはまったく泣き声がなかったので、引越しでもしたのかと思っていました」 逮捕後の早苗は、取り調べに対して「ホスト遊びが楽しくなり、育児が面倒になった。 もっと遊びたくて家を出た」と口にしている。 また、後になってからだが、彼女が家を空けていた間、友人や交際相手の家などを泊まり歩いていたことも判明した。 早苗の出身地である三重県四日市市を取材でまわると、ネグレクト(育児放棄)をした彼女自身が、子どもの頃に親からネグレクトを受けていたとの話が出てきた。 当時の早苗を知る女性は言う。 「3姉妹の長女だった早苗が小学校低学年のときに、両親は離婚しています。 全国大会に何度も出場している県立高校のラグビー部監督だった父親に引き取られた子供たちは、父親の再婚相手とその連れ子とともに暮らしていました。 ただ、父親は仕事にかかりきりで、あまり家のことには構わず、再婚相手の女性も勤めに出ていて、家のことをなにもしない人でした。 そのため早苗は、まだ幼い妹たちの面倒をひとりで見ていました」 幼い頃の早苗については、彼女や妹たちが通っていた保育園の関係者も「下の子の面倒を見る、しっかりしたいい子だった」と語る。 とはいえ、子供にできることには限界がある。 先の女性は次のようにも話している。 「早苗がまだ小学生の頃に自宅を訪ねましたが、玄関や室内に物が散乱し、すごく散らかっていました。 事件のニュースを見て、子どもたちが死んだマンションの室内やベランダがゴミだらけだったことを知り、そのときのことを思い出しました」 もちろん、早苗自身がそうだったからといって、彼女の行為が赦免されることはない。 その後の裁判で、大阪地裁は懲役30年(求刑無期懲役)という、有期刑としては最も重い判決を言い渡した。 彼女は現在、服役中である。 「収監されて2年(取材時)になりますが、だいぶ精神的にも落ち着いて、成長したという印象があります。 人間的にも徐々に変わっているのだと思いました。 最近でこそ話題に出なくなりましたが、最初の頃は『(犯行を)ずっと後悔してる』と口にしていました。 あの子なりに、考えることがあったんだと思います」 実父が逮捕後の早苗と初めて面会したのは、逮捕の半年後だったという。 彼は続ける。 「拘置所の面会室で会うなり早苗は泣いて、『ごめんなさい』て言うてました。 それ以上はあまり喋れなかったと思います。 僕もなんと声をかけていいかわからなかった。 ただ、別れ際に『時間はもう戻らへんから、こっからもう、自分にできる精一杯のことをやって、償っていくしかないし、お父さんもそうしようと思てるから』て言って……。 向こうも頷いてましたね」 間もなく事件から10年となる。 塀のなかの彼女は、みずからが犯した罪について、どのように向き合っているのだろうか。 mixiにアップしていた早苗の写真。 取材・文:小野一光 1966年生まれ。 福岡県北九州市出身。 雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。 アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。 主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 幻冬舎新書 、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか.

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下村早苗事件

下村早苗

今回決定した暴露するネタは 11月4日金曜日放送になった 金曜日プレミアムで事件の1人 として紹介された、当時 家族の一員だった、子供の 命を食事を与えない方法で奪った 犯人の 下村早苗 被告 の追跡について! 大阪2児餓死事件の全貌が恐怖! もう事件や事故と 国内だけでなく世界各地で 毎日発生するだけに 聞いてしまうだけで、 周辺で起きたくらい 人間とはおびえる 生き物なのでしょうか? 今回の舞台は、 2010年になるので 16年から見ると、6年前に さかのぼる事になりますね! 曜日は 7月30日未明で 時間帯は深夜の未明なので とても、誰もが出ない時間であり 恐怖な時でもあったのか。 場所は 大阪府西区と呼ぶ 地区でありました。 この犯人は、既に公開されている 通りですが、下村早苗 被告 です。 でも、実際の今の名前は収監されて ここの施設で、まさかの 苗字を変えて、その名も [ 中村佳苗]になっていたそうですよ。 いよいよ、その流れを 暴露しましょうか! まず、3月30日の約4ヶ月前から 既に、虐待をしているような 物音や子供の桜子ちゃん 3 と 楓ちゃん 1 の鳴き声が 普通ではないくらい聞こえた事で 虐待相談センターへ ある住民が通報します。 しかし、ここから 4月2日まで一切の応答にも 職員は反応せず 出ることもありませんでした! さらには3日後には 家の主や家族構成を確認したく 管理会社へ相談するが これも断られることに。 その後も5月8日~18日まで 通報して職員が訪問を 繰り返すが、一度も主の反応がない。 すると、ここから約1ヶ月後の 6月中旬頃にようやく 事態が動きだした。 それは、ある日に下村早苗が 2人の桜子ちゃんと楓ちゃんだけを 残し、家出というか ここかから数週間を食事や 家事を手伝わず、放置状態にしたのだ! ていうか ここで、まだ暮らしていたんだ。 すると、数週間後に 再び家を訪れると 何も食べられず、 餓死状態の 2人が無残な姿で見つかる。 すると、やばいのが なんと3回目の家出を7月29日に 確認後に実行して しかも、また家出をしたのです。 そして遂に事件発生日の 30日が訪れてしまいます。 直後に、遺体は見つからず 隠されていたようで この疑惑をすぐに、110番で 警察署へ通報すると 駆けつけた警官が、無事に 無残となった幼い2人の遺体を 発見されたのでした。 もう発生から、約1ヶ月が 丁度経ったことで 遺体の損傷が激しく 子供という体もあり 腐敗と白骨化として放置されていた。 警察側の調べによれば 2人の正体は正式に 桜子ちゃんと楓ちゃんと断定され 当時は長女が3歳で次女が1歳という まだ生まれたばかりだった。 これは非常に可哀想で 普通に暮らす人間から見たら 非常にショックであっただろうね。 また、黒か白かについては 「ご飯や水を一切与えなければ 生きる事は不可能」と知っていたそうだ。 ん~~どうやら 下村容疑者は、当時 仕事が大変で、まだ年齢も 主婦の様な経験が浅く、さらに 2人の子供にお金の負担がのしかかった ことにより、体調も精神面も 限界で、勉強不足も 加わっていたのだろうか。 ここでは、旦那が登場していないので 離婚で、さらに 今後の生活が限界と感じて 自分の命よりも 我が子の2人の命を先に 無駄に殺したのが本音なのか? この下村被告の偏差値の 能力の低さより、勉強などでもなく 常識が無さすぎと感じませんか…..? スポンサーリンク 現在は控訴審判決で懲役30年!? もうこれは確定済でもありました。 それによれば、あの事件発生から 約2年後の3月7日に まず、裁判員裁判という 選出された一般人が 判決結果に加わる、裁判が 大阪地裁で被告人質問のみが 開かれました。 ここでは父親の 元ラグビー界のスターでもある 下村大介氏が証拠人で 幼少期の5歳位の時の 性格などを発言された。 そこから、9日後の 16日に被告として、 裁判員裁判の判決がこの日に 大阪地裁で開かれると 当時の担当の裁判長だった 西田真基さんが、過去の供述で 命を奪う計画的な犯行だったとして これを 殺意 と述べると 1審で「懲役30」の 求刑無期懲役 が 確定したのだった! しかし、一部では ここの最後には、意見を述べる 最終で号泣で「 もう一度2人を抱きしめ これからも2人の母親でいます」と 罪を背負って生きる事を 伝えて、「 控訴」を求めました。 しかし、2審でも 12月5日に開かれたが 裁判長からの撤回は 認められず、13年3月25日に 遂に、ここから 懲役30年が確定したのだ! これが全ての、始まりから 終わりの物語となったのだ。 これは大人の知識と行動として 当たり前ですよ! 多分、他の子供が見たら笑われるのでは? つまり、当時の犯行の年が2010年で 年齢が23歳で 記録に残っていたので 2016年の年齢は 29歳となりますね! 最終的に、卒業できるのは 16年から見たら、 55歳という 更年期をとっくに過ぎた 中年女性の年齢となりますね! 元夫は 羽根直樹って本当なのか? まだ、この情報は 詳しくないが、どうやら 一般のサイトからは そのように噂されていますね。 実は、ネットでは ワードでは、羽根直樹さんが 本当の元恋人だとされているが もう一人、噂となっているのが 羽木直樹さんという男性でした! でも、もしかすると よく見ると、苗字の2番目が 注目の名は 根 でもう一人は 木 と 表示されていますね。 もしかすると、打ち間違えの 可能性があるので 羽根さんが本当の可能性も! 2人は、今から10年前の 10年になりが、 2006年に 結婚を発表された履歴があるそうです。 1年後に、長女の桜子ちゃんと 2年後に、次女の楓ちゃんが誕生します。 実は、この時は 旦那がまだ大学生だったので 就職をされていないため 家事は妻の下村被告がバイトなどで 働いて生計立てたんだとか。 しかし、卒業後にエリート という学歴も噂されており 愛知県の大手自動車部品メーカーの 「デンソー株式会社」へ契約社員で 入社をしたそうです! その研修期間を終了と同時に どうしても続けたくて、 正社員の試験を受けて、無事に 入社が決定して、ここで働いていました。 ちなみに、今現在は 新たな内容が更新されていないので 不明です。 しかし、3年後の2009年に まさかの不倫が、元同級の 中学時代の男性と交際を 密かに始めた事で、家事や 家計の管理を放置した事で 借金となり、その後 2人で、正式に離婚を 発表された流れでしたよ! もしかすれば、夫がこれだけ 安定している、大手企業に 社員として働いていたなら 間違いなく、安定的な 生活が送れていた 事は間違いないですね。 だとすれば、その後事件は あの時に不倫で見つかった 下村被告で、ここで行動を 起こしていなければ、自業自得は 起きず、幸せな生活を送り 今は、かなり幸せに 2人の子供さんも成長していた事は 間違いなかったですがね! 感想&まとめ あ~今回の事件の流れを 戻って調べると、どうやら 元夫との夫婦生活に、何らかの 事態が一致しなかったことで 離婚からの、育児崩壊で 事件に発展したという事実が 判明していますね。 ん~、一度の下村被告の 疑惑が見つかっただけで エリートの夫が離婚するとは 中々、育児や生活には 厳しくしっかりしている気もあるが 逆に1度だけなら、まだ許しても 注意で良いのではないですかね! それよりも、今後の 刑務所生活が26年間って 精神面に弱い、下村被告には きつすぎる刑ですが 今、どんな生活を送っているか 一番、ココがきになり また、まだ先ですが卒業したなら どんな姿になり目標にするのか すご~く気になりますね! 最後まで本当に閲覧お疲れ様でした! そして、いつも 当サイトをご利用ありがとうございます。 次回のネタもご期待して 今後もよろしくお願いします。

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下村早苗の今現在!夫と子供は?生い立ちや映画「子宮に沈める」もチェック!

下村早苗

大阪市内のマンションで我が子を虐待死させた下村早苗被告(24)は最終意見陳述で、涙を流した。 「もう一度2人を抱きしめたい。 こんなひどい母親ですが、私はこれからも2人の母親でいます。 一生2人を背負って、罪を償って生きていきます」 弁護側は、当時の下村被告が離婚間もなく、特殊な心理状態にあって殺意はなく「保護責任者遺棄致死罪に留まる」と主張した。 だが、3月16日に下された判決は懲役30年。 下村被告の殺意が全面的に認められた形だ。 ネグレクト(育児放棄)として前歴なき量刑を負うことになった下村被告の背後に横たわる「社会の闇」を杉山春氏(ノンフィクションライター)がルポルタージュする。 * * * 名古屋でキャバクラ嬢として勤めながらの子育ては大変だったという。 子どもたちは次々に熱を出し、医者には「お母さんと離れたくないイヤイヤ病ではないか」と言われた。 仕事を休めば収入が下がる。 2009年10月に早苗さんは新型インフルエンザに罹患する。 幼い子どもが命を落とすというニュースが流れていた。 元夫と実父にそれぞれ子どもを預かって欲しいと助けを求めたが、どちらからも仕事があると断わられた。 同じ頃、第二子の楓ちゃんの1歳の誕生日を祝いたいと元夫を動物園に誘ったが、これも断わられる。 しかも、当日は誰からもお祝いのメールや電話がなかった。 「私や桜子(長女)や楓のことは、なかったことにしたいのかなと思いました」 それまで子育てを頑張って来た早苗さんが新しく恋人を作るのは、それから約1週間後だ。 月末には職場を変わった。 借金が返せなくなり、子どもを見てくれた友人とも疎遠になる。 早苗さんの中で何かが壊れた。 2010年1月18日、早苗さんは2歳8か月になった桜子ちゃんの手を引き、1歳3か月の楓ちゃんをベビーカーに乗せて、大きな荷物を持って、大阪ミナミの老舗風俗店に面接に行った。 桜子ちゃんは笑顔で早苗さんに甘え、楓ちゃんはぷくぷく太っていた。 対応した同店主任のMは「子どもたちのために学資保険に入りたい」と応募動機を語る早苗さんを「まじめな人だと尊敬した」と事件後供述している。 Mは店から徒歩10分ほどのところにある単身者向けマンションを寮として提供し、子どもたちのために託児所を探した。 Mはこの日、早苗さんとセックスをした。 待遇を決め、生活全般を管理する彼を早苗さんは拒否できない。 それに中学時代に性暴力を体験しており、男性の性的な働きかけを断わりにくい。 レイプされる恐怖より、無抵抗を選んでしまう。 そのまま、新人女性として仕事に入った。 同店は、全身を重ねあわせて客を愛撫するマットプレーを売り物にしていた。 風俗のなかでもハードな職場だ。 深夜12時に仕事が終わり、託児所まで迎えにいった。 桜子ちゃんが泣きながら駆け寄ってくる。 泣いている子を放置している職員の働き方が腑に落ちない。 二度と子どもたちを預けなかった。 仕事中、レイプされたこともあったようだ。 若い女性が次々参入し、風俗嬢同士の競争は厳しい。 仕事そのものが激しいストレスだ。 3月に入って、客としてきたホストと恋仲になった。 マンションに戻らない時間が長くなる。 「家に帰ると、桜子と楓がいるのが嫌だった。 桜子と楓が嫌いなのではなくて、(二人の周囲に)誰もいない。 その時の状況全てが嫌だった」 早苗さんは桜子ちゃんに自分を重ねていた。 桜子ちゃんは、幼い時、母に置いていかれた自分自身だ。 自分の姿を直視できない。 弁護士が聞く。 「6月9日に2食分を残して部屋を出ましたね」 「戻らないつもりは全然ありませんでした」 「一般的には、食事と水がないと死んでしまうことはわかりますね」 泣きながらうなずく。 「それが50日間続きますが、頭に浮かびませんでしたか」 「考えないようにしていました」 「今思うと、どんな感じですか」 「考えが浮かばないわけではないので、上から塗りつぶすような感じでした」 「子どもたちがいなくなって欲しいという考えは?」 「ありません」 早苗さんの罪とは何か。 それは自分に向けられたあらゆる攻撃や暴力、拒否に反撃せず、逃げ続けたことだ。 感覚を塗りつぶし、全てを受け入れた。 今、SOSのサインを出せない母親は、早苗さんだけではない。

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