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プラットホーム遠景 (2004年4月22日) 東京の表玄関とも言うべき。 特にとの起点となっており、全国の新幹線網における最大の拠点となっている。 また、やなど主要幹線の起点駅でもある。 当駅から乗り換えなしで実に33都道府県 と結んでおり、1日当たりの列車発着本数は約3000本という日本を代表するターミナル駅の一つである。 赤レンガ造りの丸の内口駅舎はらが設計したもの、に竣工、に国のに指定されている。 「」認定駅でもある。 JR東日本、では前者を使うが、他の旅客鉄道会社では後者を使うことの方が多い。 乗り入れ路線 [ ] 当駅周辺のJR在来線の線路名称と運転系統 当駅にはJRの新幹線と在来線各線(後述)、東京メトロのが乗り入れている。 JR東日本の駅には「 TYO 」のが、丸ノ内線の駅には「 M 17」のが与えられている。 また、当駅を発着するJR線と東京メトロ間とのはのみ行われている。 JRの駅に乗り入れている路線は、正式な線路名称上は、新幹線がとの2路線、在来線が・・・の4路線であり(詳細は路線記事および「」を参照)、東海道本線を当駅の在来線におけるとしている。 管轄会社は東海道新幹線がJR東海、東北新幹線がJR東日本となっている。 これら各路線はすべて当駅を起点としており、当駅構内にはこれら各線の0が設置されている。 ただし旅客案内では後述の運転系統名称が使用される。 案内上の「東北(本)線」は長・中距離列車を意味し、それらはかつて発着であったため、当駅では用いられていなかった。 現在はが開業し、特に東海道新幹線におけるの乗り換え案内を中心に使われるようになった。 なおについてもかつては当駅が正式な起点であったが、当駅 - 神田間における東北本線との重複区間を解消するため、JRへの移行に伴い中央本線はが起点とされた。 ただし、現在でも0キロポストは設置されている。 運転系統では、JR東日本の新幹線ホームには、以下の路線の列車が乗り入れている。 :大宮駅から東北新幹線に乗り入れている。 :高崎駅 - 間は上越新幹線に、大宮駅からは東北新幹線に乗り入れている。 :新青森駅から東北新幹線に乗り入れている。 : - 間はを走行し、福島駅から東北新幹線に乗り入れている。 : - 間は奥羽本線を、大曲駅 - 間はをそれぞれ走行し、盛岡駅から東北新幹線に乗り入れている。 また在来線に関しても多岐にわたる運転系統が発着する。 これらの在来線各線のうち、宇都宮線・高崎線と常磐線、京葉線と武蔵野線が同一の線路を共有している。 それ以外は、各系統ごとに専用の線路が割り当てられている。 なお、東北本線に乗り入れる列車は、中央線電車を除き、日中の全列車が東海道本線と直通している。 東海道本線と東北本線の列車線を走行するおよび特急列車。 長い間、当駅は東海道本線列車線の起点であったが、2015年3月14日より、新設された上野駅からの東北本線列車線が直結し、「」の運転系統として、多くの列車が東北本線列車線を走行する宇都宮線・高崎線・常磐線へをするようになった。 :駅番号「 JK 26」。 東海道本線・東北本線の電車線を走行する近距離電車。 から根岸線へのも実施している。 :駅番号「 JY 01」。 東海道本線・東北本線のを走行する。 - - では線路名称上の山手線を走行する。 :駅番号「 JC 01」。 中央本線の近距離電車。 神田駅から東北本線の専用線を経由して当駅に発着する。 また、青梅方面へのや武蔵五日市方面へのなどとの直通運転も実施している。 :駅番号「 JO 19」。 両線で直通運転を実施している。 特に平日の日中は横須賀線の全列車が総武快速線と直通している。 当駅以南は東海道本線地下線と支線()を経てからに直通、当駅以東は総武本線を走行する。 :駅番号「 JE 01」。 がより京葉線を介して当駅まで直通運転を実施している。 JRでは当駅を「中央駅」と位置付けており、前身である(国鉄)の時代から列車の進行方向を示す「」の基点となっていた。 現在、中央本線は当駅 - 神田間は戸籍上東北本線となっているが、起点であった当駅へ向かう列車が引き続き上りとされている。 なお、「中央駅」である当駅はおよび各駅を発着するJR線長距離のを算出するためのキロ数基準駅ともなっている(前者:201km以上、後者:101 - 200km)。 歴史 [ ] 丸の内側正面前で敬礼するの隊員(1938年) (22年)にまで全通した官設鉄道のと、私鉄・のを結ぶ高架鉄道の建設が区改正計画によって立案され、(明治29年)の第9回帝国議会でこの新線の途中に 中央停車場を建設することが可決された。 施工はが担当。 が終わった(明治41年)から建設工事が本格化し、(3年)に開業した。 中央停車場は皇居の正面に設定され、 東京駅と命名された。 建設 [ ] ドイツから招へいされて日本の鉄道建設を指導していた技術者により駅の位置や規模、構内の配置が決められた。 駅舎はのある東側(現在の八重洲側)ではなく、練兵場跡地だった西側(現在の丸の内側)と決まった。 の正面と対峙することになり、国家の象徴的な位置付けであった。 はレンガ積の高架式4面8線で、まで複々線の高架橋が計画された。 東側には貨物ヤードが置かれることになった(後に車両基地に変更)。 バルツァーは日本風の駅舎を提案していたが日本側に反対意見が多く実現しなかった。 駅舎はとが設計し、から鉄道輸送された と造り、3階建て総建坪9,545・長さ330mの豪壮華麗な洋式建築である。 南北にそれぞれドーム状の屋根があり、当時は丸の内南口が乗車口、丸の内北口が降車口と分けて使用されていた。 中央の玄関は皇室専用とされ、規模は小さいものの、細かい装飾が各所に施されていた。 中央玄関と東西の一般出入り口との間に、各1つ別の出入り口があるが、これは荷物の搬入搬出口として設けられた。 開業年のはの開戦の年でもあり、を指揮した陸軍司令官が凱旋し、皇居に参内するイベントに合わせて開業式を行った。 が当駅舎を設計する際のモデルになったという説があるが、以降にらをはじめとする西洋建築研究者により設計者の系譜や建築様式の両面から、否定的な意見も出ている(要出典)。 辰野は英国留学の経験がありロンドンのを参考にした可能性もある。 (以降は・を参照のこと) 発展 [ ] (大正8年)に中央本線が、(大正14年)に東北本線が乗り入れ、(4年)には東側に口(現在の八重洲口)が開設する など、徐々にとしての体裁を整えていった。 にはで被災したものの大きな被害はなく、とののの来日においてはが出迎えに来たほか、の東京来訪や、のの来日などにおいては東京の玄関口として機能した。 戦災と復興 [ ] 戦災復旧後、復元工事以前の丸の内口駅舎の近景() 末期の(昭和20年)5月25日、によるでは丸の内駅舎の降車口にが着弾、大火災を引き起こした。 これによりレンガ造の壁やコンクリート製の床など構造体は残ったが、鉄骨造の屋根は焼け落ち、内装も大半が失われた。 同年8月の直後から修復計画を立案し、から(昭和22年)にかけて修復工事を行った。 3つのドーム部分の外壁は修復したが、安全性に配慮してその他の焼失の著しかった3階部分内外壁は取り除いて2階建てに変更、中央ドームは木造小屋組で元の形に復原、南北両ドームは丸型から台形に変更、軒蛇腹・・壁面・柱型・窓枠などは2階建てになっても忠実に復原、南北ドーム内のホール天井はのを模したデザインに変更 、といった内容だった。 仮の修復だったが、当時のや大林組の努力で日本の中央駅として恥ずかしくないデザインで修復をした逸話が伝えられている。 一方、八重洲口には、(昭和23年)にモダンデザイン建築の八重洲駅舎が竣工したが、翌(昭和24年)に失火で焼失してしまい、(昭和29年)10月14日に鉄道会館ビルが建てられが開業した。 が埋め立てられて、、八重洲橋、鍛冶橋が解体撤去された。 近年 [ ] (昭和39年)10月1日に東海道新幹線が開業し、(昭和47年)には総武地下ホーム、(平成2年)には京葉地下ホームがそれぞれ営業を開始、(平成3年)には東北新幹線が乗り入れた。 (平成12年)、丸の内駅舎を創建当初の姿に復原する方針がまとめられた。 500億円とされた復原工事のは、東京駅のを丸の内地区のへ移転(売却)することで賄うことになった。 復原工事自体は、(平成19年)に起工 され、(平成24年)に完成した。 (平成27年)、が開業。 東北新幹線の東京乗り入れに伴い以来分断されていた東京-上野間の東北本線の線路が再接続され、東海道線との直通運転が実現した。 将来の計画 [ ] つくばエクスプレス延伸・都市部臨海地下鉄構想 のがを利用してから当駅に乗り入れる計画がある。 駅は直下に建設される予定である。 の・によるでは当駅起点での整備を求めながらも、採算面の問題で秋葉原駅始発へ変更された経緯がある。 さらに、2016年の・によるでは、が推進している「」(方面)との一体整備および相互直通運転が盛り込まれている。 都心直結線(新東京駅) とを当駅経由でつなぎ、成田空港から30分台、羽田空港から20分台のアクセスを実現させるの構想がある。 この構想では京急と京成の通勤電車も乗り入れるとしている。 設置場所はつくばエクスプレスと同じく丸の内仲通りの直下が有力とされている。 京葉線の中央線方面延伸 2000年のでは、京葉線を大深度地下で新宿駅経由までの延伸を行い、中央線と直通運転させる延長線を、ともにまでに整備着手するのが適当であるとした。 2016年の答申第198号にも引き継がれているが、計画の具体化には至っていない。 東京モノレール延伸 止まりとなっているを東京駅へ延伸する計画がある。 完成すればまで18分、まで23分に短縮されるとしている。 しかし、親会社であるJR東日本がこの計画と競合するの計画を発表していることもあって、計画は停滞しており、答申第198号には盛り込まれなかった。 駅構造 [ ] かつて、現在のJR東日本とJR東海の駅は同じ国鉄の駅であったが、のを機に、東海道新幹線は(JR東海)、それ以外は(JR東日本)の管轄へと分離された。 ここでは会社別に解説する。 JR東日本 [ ] JR東日本 東京駅• 出入口は東西南北に設けられており、西側を口、東側を口、北東側を口、南側を京葉地下出口と称している。 東西の駅舎を連絡する改札内通路は北・中央・南の3本があり、それぞれの通路に対応して丸の内側・八重洲側それぞれの地上に3か所の改札口がある。 丸の内側の地下3か所と八重洲中央口の地下にも改札口があり、丸の内側は東京メトロ丸ノ内線や・方面へ、八重洲側は方面へ通じる。 また、丸の内側と八重洲側を改札外でつなぐ北側自由通路(1階・地下1階)がある。 なお、南口にも東西の駅舎をつなぐ通路があるが、こちらは通行する人が限られている。 このほか、新幹線の日本橋口改札などがある。 日本橋口は唯一改札の外から新幹線乗り場に直接入ることができる。 新幹線乗換口(中央・南とも。 乗換窓口・精算所業務を含む)、丸の内地下北口、京葉地下丸の内口、日本橋口の業務はに委託している。 在来線の構内は非常に広い。 1階は改札内商業施設が充実している。 長年、地下1階はが多く商業施設が少なかったが、にJR東日本の「グランスタ」がオープンした ことにより人通りが爆発的に [ ]増えた。 これに合わせて、八重洲地下中央口の改札内にある待ち合わせ場所として有名な「銀の鈴」のリニューアル が行われ、1階と地下1階を結ぶが新設された。 対して、新幹線の構内はあまり広くなく、商業施設はホーム上にほぼ限られている。 駅コンコースにはJR東日本の管轄エリアも多く、それらの店舗やレストランなどでは電子マネーとして、およびこれと相互利用可能な交通系ICカードが利用できる。 (兼 常務執行役員)・配置ので、のとを管理する。 南北ドーム内のレリーフ (2012年10月4日) プラットホーム [ ] 在来線地上ホーム(1 - 10番線) [ ] 5面10線ので、丸の内側から1・2・3…と順に振られている。 中央線の1・2番線は3・4番線のさらに上、3階相当の高さにあり、2番線の直下に3番線がある。 1・2番線はホームの両端は階段、それ以外は長いエスカレーターとホーム中央にあるでと結んでいるが9・10番線のエレベーターのみ地下1階まで結んでいる。 9・10番線は南側のエレベーターが2つ設置されている。 5・6番線有楽町方の駅事務室前には、開業当時からの面影を残す鋳鉄製の柱が2本、設置されている。 柱は高さ2. 6メートル、柱周470ミリメートル、下部には「明治四十一年一月 株式会社東京堅鉄製作所」と刻印されている。 また、一部の屋根と柱は木造である。 2014年度に改修工事が行われ、老朽化が進んでいた開業時からの柱14本を含む約103m分が新しい屋根に置き換えられた。 9・10番線ホーム屋根には屋根材一体型のが設置され、発電した電気を東京駅の照明や空調機の電力として活用している。 また、発電状況を駅構内4か所の発電量表示モニターで確認できる。 9・10番線ホーム(2019年3月11日) 新幹線ホーム(20 - 23番線) [ ] 島式2面4線の高架ホームである。 このうち20番線は10番線のすぐ東にある。 当初、東北・上越新幹線が当駅に延伸した際は現22・23番線(当時12・13番線)の島式1面2線のみで発着し、一部の定期列車とは発着を原則としていた。 しかし、の北陸新幹線 - 開業に伴い1・2番線を高架化した上で3 - 10番線を丸の内側にスライドする工事を行い、当時9・10番線(東海道線)だったホームを20・21番線とし、現在の2面4線の構造になるとともに定期列車の全列車と臨時列車の大半が当駅発着になった。 1日300本を超える列車をこの2面4線ホームで扱っている。 各ホームに中央改札と各ホームを結ぶが8号車付近に設置されている。 直接改札内に入れる改札口は八重洲北側の日本橋口改札口のみ。 発車標(2011年1月10日) 総武地下ホーム(総武地下1 - 4番線) [ ] ( ) 島式2面4線ので、地下5階に位置する。 中央通路を丸の内側へずっと向かった階段の先にのりばがあり、東京メトロ丸ノ内線との乗り換えは比較的近いが、京葉線との改札内乗り換えは非常に遠い。 このホームと下記の京葉地下ホームは地上・高架ホームとは番線番号が通しではない。 ホームへはまたは長いを使用することになる。 客用エレベーターは1・2番線には方向に2台、3・4番線には方向に1台のみ設置されているが3・4番線のエレベーターは地下4階(総武地下通路)までしか行かないため地下1階まで行く場合は地下4階で1・2番線のエレベーターまたはエスカレーターに乗り換える必要がある。 総武快速線の最終電車は4番線から発車するが、このときのみ出発合図のベルが鳴る。 ホームがある東京トンネルの区間の保安設備はにからに更新されている。 ATS-P対応車両であればこの地下ホームへの発着が可能である。 このホームは構造上、がある。 駅名標 2019年10月 京葉地下ホーム(京葉地下1 - 4番線) [ ] ( ) 島式2面4線の地下ホームで、地下4階に位置する。 新幹線八重洲南乗り換え口脇から南に約500mの所、の地下(との中間点)にあり、ホームは東西に伸びる。 地下3階には総武地下通路のように通路があり、皇居よりの地下では横須賀線シールドトンネルが駅躯体を横断する。 は1・2番線と3・4番線にそれぞれ1台設置されている。 総武地下ホームのエレベーターとは異なり両方ともホームまで直通する。 また両方とも地下3階でも乗降が可能。 この位置にはもともと、用の駅が計画されていた。 他の乗り場から南に大きく離れたこの位置が選ばれたのは、将来的に新宿方面への延長をにらんだものであった。 しかし成田新幹線は、沿線住民の反対運動によって計画が頓挫し、東京駅構内では東北新幹線の高架橋を造る工事に合わせて、現在京葉線への乗り換え通路として使われている通路が建設されただけで、乗り場部分の実際の掘削工事は行われなかった。 現行のプラットホームなどがある地下部分は、京葉線に転用されることが決まってから新たに工事されたものであり 、設計も在来線用に1から異なった設計がされており建設予定位置以外の共通点は存在しない。 他のホームから離れていることから八重洲口側にが3つ設置され、その両端にエスカレーターとエレベーターが設置されている。 当駅を挟む京葉線八丁堀駅以東 ー 東海道本線新橋駅以南の乗車券またはICカードを所持していれば、当駅と有楽町駅の有人改札を経由しての乗り換えが可能である。 車止め側の長時間露光(2013年) のりば [ ] 以上のように、高架、地上、地下の全ホームを合わせて11面22線のホームがあり、JR東日本の駅では最多のホーム数である。 東海道線および宇都宮線・高崎線・常磐線の列車について、7・8番線から発車する東海道線の列車が、23時台に平日2本・土休日1本ある(そのため、上野東京ライン開業直後は、7・8番線にも「東海道線」の表記を残していたところ、東海道線利用者に混乱が生じたため、しばらくして7・8番線 の階段付近の表示から「東海道線」の表記を隠しているが、少し離れた場所からの誘導案内標識では「7-10 東海道線・上野東京ライン 宇都宮・高崎・常磐線 」という形で纏められたままとなっている。 なお、直通運転中止時は7・8番線においても東海道線が発着する)。 特急「踊り子」・「サフィール踊り子」、寝台特急「サンライズ出雲」・「サンライズ瀬戸」は9番線から発車する。 ほか、7番線は東海道線方面からの宇都宮線・高崎線直通、8番線は品川発の常磐線列車及び東海道線方面からの上野止まりと当駅始発宇都宮線・高崎線直通、9番線は及び常磐線発品川行き、10番線は東海道線横浜方面の普通・快速列車が発着する頻度が多いが、全列車がこの通り発着するわけではない。 ちなみに品川駅止まり列車の場合、駅員によって「新橋停車の品川行き」と案内される場合がある。 京葉線のホームは概ね列車によって番線が使い分けられており、1番線は特急列車、2番線は武蔵野線電車、3・4番線は京葉線電車が使用することが多いが、全てがこの通りに発着するわけでは無い。 東海道線・上野東京ラインホーム、総武地下ホームはそれぞれ元々終端駅だった関係から、両線共に両方向からそれぞれの4本全てのホームへ入線が可能。 総武地下ホームでは、総武快速線の横須賀線へ直通しない列車のうち、上り線から一番遠い下り4番線に入線して折り返す定期列車などがある。 東海道線・上野東京ラインホームでは、上野東京ライン不通時に東海道線が7 - 10番線全てを使用して折り返したり、かつて行われた品川駅配線工事で東海道線が東京駅に入線不能だった際、上野東京ライン宇都宮線直通列車は7・8番線、同じく高崎線直通列車は9・10番線で折り返したりした実績がある。 発車メロディ・発車ベル [ ] 全ホームで発車メロディ・発車ベルを使用している。 1 - 6番線と総武地下1・4番線では、総武地下2・3番線では、京葉地下1 - 4番線では制作のメロディを使用している。 1 JR-SH1-1 2 JR-SH2-3 3・6 JR-SH5-1(東京Ver. ) 4・5 JR-SH3-3(東京Ver. JR東海直営の切符売り場はJR東日本のみどりの窓口とは違い「新幹線・JR全線きっぷうりば」と簡潔な表現で大書されており、相互に発売可能なJR東日本と競争している。 JR東海系列のの店舗もある。 専用改札口は八重洲改札と、JR東日本の新幹線と並んで設置されている日本橋改札他全部で5か所がある。 丸の内側からはJR東日本の在来線改札内経由()で改札内に入れる。 八重洲口を含めた出口・駅舎はJR東日本の所有のものを共同使用する形となっている。 また一部の改札口にはが設置されていない。 東海道新幹線とJR東日本の新幹線とを直接繋ぐ乗換口もあるが、JR他社同士で直通列車がなく、システムが統一されていないためICカード(EX-IC、Suicaなど)は利用できない(在来線乗換口を2度経由すれば利用可能)。 新幹線中央乗換口、新幹線南乗換口ともに窓口業務を含めてに委託している。 商業施設はホーム上にほぼ限られているが、のJR東海社長の定例会見で「新幹線改札口を5か所から6か所に増やす」「内装や外装を全面的にリニューアルする」などの旨を明らかにしている。 1月に工事は完了し、2月25日より「八重洲南口改札」として開設した。 また、同時に「八重洲中央口改札」の名称が「八重洲中央北口改札」に変更された。 はホームの中央に客用のエレベーターが1台設置されている。 構内北端が東京メトロ東西線と地下でつながっている。 日本橋口改札(2019年6月8日) のりば [ ] 新幹線ホーム( 14 - 19番線) 島式3面6線の高架ホームである。 このうち14番線は23番線のすぐ東にある。 14・15番線は神田寄りが丸の内側へ湾曲しているが、これは後述するホームの変遷表でもわかるように、14・15番線は、かつて東海道本線のホームとして使用されていたためであり、在来線ホーム時代は、一部特急など、東北本線方面への旅客列車も乗り入れていた。 前述したが、コンコースでは改良工事が行われている。 東海道新幹線開業にあたり、14・15番線は東海道新幹線ホームに転用されることとなったが、旧来の構造を活かし、将来的には東北新幹線との共用使用や、東北新幹線との直通運転も想定されていたとされる。 ゼロポストの他、記念モニュメントも複数ある。 18・19番線の8号車乗車位置付近のホーム中央床面には起点と方位を示すレリーフが、同ホーム南端にはのレリーフと座右の銘「一花開天下春」があしらわれた建設碑が、同ホームの下、中央乗換口(新幹線改札内)の東端壁面には「東海道新幹線 この鉄道は日本国民の叡智と努力によって完成された」と記された銘版がある。 ホームの使用状況 番線 路線 行先 14 - 19 東海道新幹線 ・方面 どの種別がどのホームから発車するかは特に決まりはないが、基本的に新大阪~東京間のみを走行するのぞみは14、15番線、山陽新幹線直通の岡山、広島、博多行きのぞみは16、17番線、ひかり、こだまは18、19番線を使用する傾向がある。 比較的地下浅い所にある。 八重洲側へは、JRの北側自由通路を通るのが既存の最短ルートであるが、八重洲南口方面へは同ルートはやや迂回する形の経路となる。 12月半ばに本格的なを導入した。 には、からうりばが移転した。 2008年春に、ホームの側壁にの非常勤講師2名によるデザインのアートウォール「自由に走る丸ノ内線」が設置された。 コンセプトは「歴史と自然とトレンドの融合」で、で使われていた銀色のを下部に再現するとともに自由に飛ぶ鳥を随所に設置した。 当駅は「東京地域」として駅を管理しているが、駅務管区所在駅は当駅ではなくである。 のりば [ ] 番線 路線 行先 1 丸ノ内線 ・・方面 2 ・方面• その他 [ ] この節に。 事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか、または。 ( 2011年11月)• かつては、中央線2番線(現:山手線内回り4番線)と京浜東北線北行3番線(現:山手線外回り5番線)の間には線路が1本あったが、中央線ホームの拡張により、この線路が2番線(現:4番線)となり、旧2番線は撤去された。 この線路は同じく線路のみ存在していた東海道本線の11・16番線とは異なり、番線に数えられていなかった。 の北陸新幹線 - 開業に伴い、ホームの移転が行われた。 まず7月に中央線ホームを高架ホームに移転し、その後10月 - 12月に山手線・京浜東北線ホームを、6月 - 7月に東海道線ホームをそれぞれ1面ずつ丸の内側に移設した。 なお、東海道線ホームの移設の際は、1線を撤去して2面3線化したほか、一時期に9番線が仮設ホームだったことがある。 現在の中央線ホームは、丸の内口駅舎と旧中央線ホーム(現在の京浜東北線北行3番線および山手線内回り4番線)の間のやや狭い敷地内に設置されており、やや3・4番線ホームにせり出している。 結果的には丸の内駅舎を取り壊さずに保存できる形となった。 当駅にはJR東日本とJR東海の窓口のほか、丸の内地下中央改札前に(JR北海道)が運営する「東京支店」が存在していた。 一般のやのほか、各社のを購入することができた。 株主優待などJR各社の窓口のみで扱う切符類が発券できない(「沿線の旅行会社」扱いとなる)反面、JR北海道のみで購入可能な切符類を一部を除いて取り扱っていた。 また、北海道への観光PRコーナーとしても機能していた。 かつては同店においてJR北海道のも販売されていた。 の丸の内地下エリア再開発の影響により移転が検討されたが、収支改善の目処が立たないことなどを理由にをもって閉店した。 山陽新幹線が博多駅まで延伸してホームを増設するまでは、7・8番線が東北本線・高崎線・常磐線用ホーム、9・10番線が近距離列車用ホーム、11番線が回送線、12・13番線が東海道本線・横須賀線用ホーム、14・15番線が遠距離列車用ホーム、16番線が回送線(後に東海道新幹線に転用)であった。 新幹線の開業までは4線ともひっきりなしに列車が発着しており、13番線から15番線を見通すことができなかった。 これが重要なトリックとして出てくるのがの「」である。 1960年後半 - 1973年3月31日までは東北本線・高崎線・常磐線の列車は7 - 15番線のうち、どのホームからも発車していた。 上記の通り、在来線は15番線まで存在していたが、4月に第7ホーム(14・15番線)を、に13番線を、3月に回送線だった11番線と第6ホームの12番線を、に第5ホーム(9・10番線)をそれぞれ使用停止し、後に新幹線のホーム増設や新設を行った。 戦前、鉄道省では品川 - 東京間に複線を増設し、京浜東北線の急行(快速に相当)と横須賀線を走らせる「京浜急行線計画」が存在していた。 その計画では、1・2番線が中央線、3番線が京浜東北線北行・山手線内回り、4番線が京浜急行線終着、5・6番線が横須賀線、7番線が京浜急行線始発、8番線が京浜東北線南行・山手線外回り、9 - 12番線が東北本線、13 - 15番線が東海道本線となる予定だった。 この計画は対米戦により未成に終わったが、その一部は、京浜東北線と山手線の分離運転(「東京縦貫複々線工事」という)に活用された。 北陸新幹線の開業に伴って、北陸新幹線用( 所属)と東海道・山陽新幹線用(・ 所属)の2つのJR西日本の新幹線車両が乗り入れることになった。 地下水上昇問題 [ ] 当駅は、もともと海に近いこともあり、地下水位が相対的に高く、上昇によるホームの浮上問題にさらされている。 特に地下総武線ホームは、丸の内側ロータリー直下にあり、上に建物などの構造物がない(地下水浮力による地下駅部分の浮き上がりを押さえ付けるおもりがない)という構造上の条件から、特に浮上の影響が顕著である。 かつての相次ぐにより地下水の汲み上げがにより禁止されており、このことも地下水位上昇の理由となっている。 地下総武ホームではホームが地下5階なのに対し、地下水は地下3階付近まで達している。 1999年9月には、浮上防止策として、ホーム階に鉄製おもりを置いたり、を打ち込む工事が行われた。 その後2002年7月より、当駅からのまで全長12kmに及ぶ導水管が敷設されている。 湧出地下水をそのまま下水に流すと下水道料金が課金されるため、支払料金を軽減したいJR東日本と、典型的都市型中小河川で通常は水量が少なく悪臭などを発生する立会川の問題を解決したい東京都の思惑が一致した。 東京駅から立会川上流部までの導水管建設費用をJRが負担する代わりに、湧出地下水を立会川に放水することで下水道料金負担がなくなり、結果として水量の増加と悪臭の発生防止が図れるという仕組みであり 、副次的効果として、海で孵化したの稚魚の大群が立会川に現れている。 同様に、新幹線地下ホームの湧出地下水が、のへの導水管により放流されている。 グランスタ、丸の内方面を展望(2017年10月) JR東日本などが主体となって赤レンガ駅舎の復原 などを内容とした当駅周辺の大規模な事業が行われている。 この第1弾として(19年)3月8日に口に「」が竣工した。 これと同時に一連の再開発地区が「 Tokyo Station City(東京ステーションシティ)」と命名 され、キャッチフレーズは「 東京駅が、街になる。 」に決まった。 同年4月には丸の内口の地下に「行幸地下通路」が整備され、には東京駅改札内地下1階に株式会社鉄道会館が運営する改札内商業施設「グランスタ」がオープンした。 さらに、同年には、八重洲口にあるなどが入居していた(29年)竣工の鉄道会館ビルが閉鎖され、に超高層ツインタワービル「」が竣工した。 グラントウキョウノースタワー(国際観光会館ビルの跡地に建設)に大丸が移転し、グラントウキョウサウスタワーの地下に街「グランアージュ」が整備された。 また、八重洲地下街からグラントウキョウサウスタワーとパシフィック・センチュリー・プレイスの地下を経由して京葉線地下改札に至る連続した地下連絡通路が整備された。 その後、「グランスタ」は2012年(平成24年)6月28日に丸の内側 、同年7月に弁当・惣菜エリア 、2019年(平成31年)4月にスイーツ・雑貨エリア のリニューアルが行われた。 さらに、2014年(平成26年)3月19日には、八重洲北口にある「グラングルメ」に併設されている飲食店ゾーン「北町ほろよい通り」が「北町ダイニング」へと名称変更した上でリニューアルされた。 (平成22年)には、駅改札内1階「South Court(サウスコート)」にあった改札内商業施設の「東京メディアコート」の跡地に、が運営する「東京」がオープン し、同年4月12日には赤レンガ駅舎から皇居まで一直線に続くが再整備された上で開通した。 さらに同年には、駅改札内1階「North Court(ノースコート)」にあった改札内商業施設の「東京ダイニングコート」の跡地に、鉄道会館が運営する「グランスタ ダイニング」がオープンした。 鉄道会館ビルが解体された後の2012年(平成24年)8月にグラントウキョウノースタワー第2期工事が竣工、(平成25年)9月20日にグラントウキョウの2棟を結ぶ「グランルーフ」が竣工 、同年12月11日に八重洲口駅前広場のバスターミナルが竣工、2014年(平成26年)秋に八重洲口駅前広場の全体工事が竣工した。 八重洲通りの突き当たりに、壁になる形で存在していた鉄道会館ビルが解体されたことにより、側から側へ向かうが通り抜けやすくなり、の改善が期待されている。 なお、「グランルーフ」の開業に併せて、八重洲地下1階より「グランルーフ」へと接続する「キラピカ通り」も2013年10月1日にリニューアルされ、名称も「グランルーフ フロント」へと変更された。 丸の内口側においては、2007年(平成19年)から2012年(平成24年)まで赤レンガ駅舎の復原工事が行われた()。 この復原工事の完了に伴って、赤レンガ駅舎前にによる仮設の交通広場が設けられたが、(平成27年)冬までに丸の内南口前の交通広場の再整備を行い、(平成29年)5月末に丸の内中央口前の「丸の内中央広場」を完成させ、同年12月7日に丸の内北口前の交通広場を含めた丸の内駅前広場全体の再整備を完了させ供用を開始した。 また、2014年2月までに駅前広場にある横須賀・総武線地下ホーム用の換気塔を高さ13mから4mまで切り下げると同時にデザインを変更し、駅前景観を改善させた。 さらに、2014年(平成26年)末までに丸の内地下エリアに地下南口待合広場を整備した。 これと並行して「グランスタ丸の内」の開業および「グランスタ」の増床に関する事業が行われ 、2016年(平成28年)7月27日に第1期 、2017年(平成29年)4月27日に第2期 、同年6月28日に第3期が開業 し、同年8月30日にグランドオープンした ことで、丸の内地下エリアの全体的な再開発を完了させた。 この再整備により、丸の内地下エリアの内装デザインが「格調高く賑わいのある」ものへ一新され、地下中央口から東京メトロ丸ノ内線に繋がるコンコースが拡幅され、店舗や飲食店、トイレや改札、コインロッカーが再配置された。 また、2012年(平成24年)から、丸の内北口と八重洲北口を繋ぐ駅構内1階の北通路の拡幅工事と周辺の商業施設の再整備と、その直下の地下1階に開業する新たな商業施設と待合広場の再整備と、両階を吹き抜け空間で接続する工事を行っている。 2020年(令和2年)8月3日に待合広場の名称を「 スクエア ゼロ」、商業施設の名称を「 グランスタ東京」とし、北通路の拡幅および北地下自由通路に直結する「グランスタ地下北口」改札が供用開始する予定である。 なお、先行して、2018年(平成30年)1月18日と2月6日にかけて3店舗 、2019年(令和元年)7月10日に3店舗 が開業している。 赤レンガ駅舎の復原 [ ] 復原に至る経緯 [ ] かつての丸の内側の赤レンガ本駅舎は(20年)のアメリカ軍による(東京大空襲)により炎上、内装と屋根を焼失した。 戦災復興工事によって、失われたドーム屋根にかわって木造8角形の屋根が載せられ、内部は3階の窓の開口部は保持されたが、残存したアーチなどのレリーフは新設されたローマのパンテオン風の意匠によるジュラルミン製のドームによって隠された。 終戦後の(昭和22年)、開業当初の状態より一回り規模を縮小して修復された。 の体制下応急処置的に工事が行われ、屋根の小屋組についてはしてきたの技師が5年もてばよいということで、薄い木材のトラス造りで応急的に工事をしたという。 一方実際に工事にあたった関係者は、あくまで国鉄内部の技術者が修理したのであって旧海軍の技術者が関わったという説は何の根拠もないと主張している。 この復旧された駅舎は、応急復旧のままで60年余りが過ぎることになった。 旧・(国鉄)は戦後度々赤レンガ駅舎の建て替え構想を出しては延期しており、(昭和62年)4月1日のの時には当駅全体の土地の3分割を伴った再開発構想が提案され、赤レンガ駅舎の建て替え高層化か保全をするかが本格的に課題となった。 これに対して、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」などによる赤レンガ駅舎保存のが起こった。 (昭和63年)、政府は学識者の委員会による東京駅周辺地区再開発構想を取りまとめ、赤レンガ駅舎の現在地での形態保全の方針を決定し、JR東日本などの検討により(平成11年)、本来の形態に復原することとなった。 また、(平成15年)には国指定のに指定された。 復原工事 [ ] 復原工事に先立って(平成18年) - に丸の内駅舎内で「東京駅ルネッサンス」が開催され 、(平成19年)より、・・ 建設共同企業体が担当となって、駅舎を本来の姿に近い形態に復原する 工事が開始された。 この工事では、鉄骨鉄筋コンクリート壁で躯体を増築して建築当初の3階建てに戻した上で、外壁、尖塔、南北両ドームの内外の意匠も再現し、新たに地下1・2階を増築し装置を設置した。 免震装置には地上部分と地下部分との間に免震ゴムとオイルダンパーを設置した。 3階の外壁は、創建当初と同じ仕様の厚さ 15mm の化粧煉瓦を貼った外壁に復原した。 戦後の修復で2階に移されていたイオニア式柱頭も当初の3階に移設し、支柱の形状も創建時のものに戻した。 失われていたの柱頭飾り、銅の高欄はモックアップを用いてディテールや施行方法を検証し、創建当時の意匠に復原した。 2階以下は既存の構造煉瓦と同じ厚さ 15mm と 45mm の化粧煉瓦を貼った(下駄っ歯積み)。 線路側はコンコース側の壁を撤去し、トップライトから採り入れる自然光で復原された丸の内駅舎を見ることが出来るようにした。 ドーム内部の保存と復原の基本方針は部位によって異なり、3階以上の壁面と天井面は、や 2m を超える大きさのの彫刻やレリーフが存在した創建時の意匠を忠実に再現し、1階と2階は、3階以上の部分と調和を図りながらも機能性に優れた新しいデザインとした。 3階張出部を支えていた装飾付きの鉄骨支柱は、RCで補強され円柱にかわったために、全体としては機能的な装飾のない意匠となった。 ドームに施されたレリーフは南北のドームで全く同じである。 工事による一時解体に伴い、それまで使用していたの屋根材65,000枚は産地でもあるの業者に送られて、選別・清掃・補修した上で倉庫に保管されていた が、で発生したでを蒙った。 このため、使用可能と判断された45,000枚のみが復原駅舎でも再利用され、不足した2万枚は産のスレートで補われた。 なお、工事全体では約457,000枚のスレートが必要とされていたため、再利用分を除いた残りのうち15,000枚は石巻市の業者が製作したものを使用し、残りはスペイン産で補う計画であったが 、この業者の工場も津波によって壊滅し、出荷前の天然石スレートも津波に流された。 震災後、流されたスレートは回収・洗浄・検品され、使用可能な7000枚が東京に送られた。 ドーム部分の屋根は、建設当時の銅板葺きに戻され、0. 4mmの銅板が合計1トン使用された。 時計下の外壁レリーフは2m四方の銅板3枚を使って叩き出されたものを使用した。 線路側の中央部の屋根はガラス化して、屋根裏をホテルのゲストラウンジにした。 外観はどうなっていたかはわかるにしても裏側がどうなっていたかがなかなかわからなかったが、幸いにも写真が見つかり、細部はコンピューター処理で解析をした。 復元に際しては屋根裏に残されていたものを一部再利用している(長らく屋根裏に高熱で曲がった鉄骨まで残されていた)。 外壁の花崗岩は、中央部御車寄せ周りと1階腰石が北木産花崗岩で、その他はすべて稲田産花崗岩である。 保存・復原工事には、広場側復元部には稲田産花崗岩、線路側は中国産花崗岩をそれぞれ使用したが国内では職人の数も減り、丸の内駅舎のすべての製作をすることは難しいことから中国での製作とした。 稲田産花崗岩は日本で切り出し、中国へ運び、中国で製作のうえ、日本へ戻し丸の内駅舎へ取り付けた。 タイルレンガの目地には、覆輪目地が施工されているが、すでに失われた施工方法となっており、職人が3か月間の試行錯誤で、技術と道具を復活させて再現している。 窓枠には全て製のサッシが採用された。 新しい窓枠はアルミにされたものであるが、大正時代には木製建具が主流であったことから、過去の文献の調査だけでなく辰野金吾が設計した中ノ橋支店を視察するなど試行錯誤の末、色合いを木の風合いにできる限り近づけた「東京駅専用ビル用サッシ」を新たに開発した。 また窓の装飾に使われるアルミ製も三協立山が手掛けた。 (平成24年)に、復原された駅舎の一部(1階部分)が再開業し、同年に全面再開業した。 また、復原工事に伴って2006年(平成18年)4月から営業を休止していた駅舎内の「東京ステーションギャラリー」(運営)も全面再開業と同日に拡大再開業し、翌々日の3日には「」も規模を拡大して再開業した。 地下には新規にレストランが開業した。 さらに、丸の内駅舎の復元工事に併せて、改札内1階に商業施設「Central Street(セントラルストリート)」を開業する工事が行われた。 同年8月9日に2店舗が先行開業 し、同年10月1日にグランドオープンした。 復原工事費用(約500億円と新聞などで伝えられている)はJR東日本などが「の売買」を行って捻出した(詳細は「」参照)• 2012年10月1日 その他の特徴 [ ] 姉妹駅 東京駅は2015年現在、のと、の、()のおよびの4つの駅と姉妹駅の提携をしている。 アムステルダム中央駅とは2006年(平成18年)4月11日提携 、グランド・セントラル駅とは2013年(平成25年)3月19日提携 、新竹駅とは2015年(平成27年)2月12日提携 である。 フランクフルト中央駅との姉妹駅の提携は、2015年9月25日にJR東日本により発表された。 それによると姉妹駅となった理由は、100年以上が経過する歴史的な建造物を有することと他方面への起点駅であることである。 えきあど JR東日本では、鉄道駅としては初めて2006年から駅構内にを利用した「えきあど」を設置している。 528箱が使用可能であり、使用可能時間は午前4時30分から翌日午前0時30分までで、年会費は500円、月使用料金はSサイズが2,400円、Mサイズが4,500円である。 使用する際はあらかじめ会員登録を行うが、Suica・PASMO(2007年3月18日以降対応)・ICOCA(2008年3月18日以降対応)が私書箱を開ける際の鍵の代わりとなる。 荷物が届くとなどので通知される。 赤煉瓦コンサート からをに迎えて定期的にが開催されるようになり、「とうきょうエキコン」の名で多くの人に親しまれた。 このイベントは2000年に終了した が、2004年に「赤煉瓦コンサート」の名称で演奏会が復活している。 音楽監督にはが迎えられた。 旅客収入額 当駅の旅客収入額はJR東日本の駅中第1位である(1日平均およそ2億6千万円、2位は新宿駅で同1億6千万円)。 また、2008年現在旅客収入額のデータを公開しているJR駅中でも第1位である。 どちらも新幹線などの長距離列車の発着が多く、乗車券の単価が高いためである。 旧国鉄時代は日本一であった。 2008年現在は正確な順位がわからないが、各新幹線が集中し、長距離旅客利用が日本一多い駅であるため、日本一であると見られる。 現在東海道本線に国鉄時代の車両が入線している、新幹線は2013年に国鉄時代の車両は全廃。 IC利用 当駅では全路線交通系10種対応であるが、当駅からチャージで行ける最遠駅は西は・北は常磐線浪江駅と上越線水上駅と東北本線黒磯駅で、新幹線は(SF)で・・まで、(認証カード)は北は、西はで北日本方面の新幹線全駅行ける、,(認証カード)は(東海・西日本管内)が最遠になるが2022年春ごろに(JR九州管内)に行くことが可能になる予定。 当駅から一番近いIC未対応駅は、最近近郊区間外駅はJR東海、JR東日本管内では東北本線である(JR東日本管内の南半分が東京近郊区間である)。 ICで当駅入場の際JR在来線はIC残額が136円・東京メトロは168円・タッチでGo新幹線は1040円(2020年3月現在)が必要。 霊安室 東京駅にはが2室あり、一つは地上の第2自由通路付近、もう一つは地下2階にある。 東京駅は利用者数が多いため、自殺や事故、病気などで利用者が亡くなることがある。 その数は年間数人であるとされているので、二部屋を同時に使用することはほとんどない。 地上の霊安室のドアには数字の「7」が記されていることから、駅職員は他の利用者に配慮してであろうか、遺体をこの霊安室に移送する際は「7号室のお客さん」と呼んでいるようである。 放置自転車 東京都の調査によれば、2011年東京駅周辺のの数は1日平均830台でに次いでワースト2であった。 利用者が多い割に区有地不足や都条例の制約のためにの整備が進まないのが原因である。 喫煙コーナー 基本的に構内(改札内)は全面禁煙であるが、各新幹線ホーム上に喫煙コーナーおよび喫煙ブースが設置されている。 また改札外であれば、丸の内車掌区(丸の内地下北口)横、東京駅一番街(八重洲地下中央口)などに存在する。 エリア放送 JR東日本は、の免許を受けを実施していた。 局名 業務区域 東日本旅客鉄道株式会社 JR東日本東京駅エリア放送 JOXZ3BJ-AREA 35ch 623. 初回免許年月日 平成25年3月22日• 免許年月日 平成25年4月1日• 免許有効期限 平成26年3月31日 遭難事件 東京駅は、2人の現役総理大臣の遭難の現場となっている。 1人はで、東京駅乗車口(現在の丸の内南口)で、大塚駅職員のに刺殺された。 もう1人はで、こちらは東京駅第4ホーム(現在の9番線・10番線ホーム)で、社員のに銃撃された(原敬と違い、遭難後一旦は一命を取り留めたが、この銃撃が遠因となる形で遭難の翌年に死亡した)。 それぞれの遭難現場には、事件の概要を記したプレートと、現場を示すマークが設置されているが、濱口雄幸に関しては、直接の現場であるホームには何の目印もなく、ホームの直下に当たる新幹線中央乗換口付近のコンコースに設置されている。 新紙幣のデザインに採用 (令和6年)に刷新される予定の新1万円札の裏面には、重要文化財でもある東京駅丸の内駅舎が描かれる予定。 鉄道駅が紙幣にデザインされるのは初のことである。 駅弁 [ ] 当駅では多数の駅弁を販売している。 主な駅弁は下記の通り。 八戸真さば寿司• 日本海真あじ寿司• 400kcal台弁当• 横濱オムライス• チキン弁当• 鳥めし弁当• 鶏照焼き重• 30品目バランス弁当• 30品目以上にぎわい弁当• やきとり弁当• 焼売炒飯弁當• やさいたっぷり弁当• 深川めし• 東海道新幹線弁当• 厚切りロースとんかつ弁当• トラウトサーモン西京焼き弁当• 牛肉弁当• つまんで良し、食べて良し 酒肴弁当• 牛ダブル焼肉重• すきやき弁当• ポケモン弁当(土曜・休日のみ)• 品川弁当• 鮭はらこ弁当• 宮城県産黒毛和牛すき弁当• こだわりのとんかつ弁当• タレかつと豚重• 日本の味博覧会• 〜厳選素材〜よくばり弁当• 日本のおもてなし弁当• こだわりのひれかつ弁当• 国産牛ハンバーグ弁当• 黒毛和牛三昧• 新幹線E7系弁当• 八戸鯖棒寿司• 特製幕之内御膳• 季節の吹き寄せ弁当• 50品目バラエティ弁当• 北海うまいもん弁当• ぜいたく穴子弁当• 東京弁当• あったかうなぎ弁当• 大人の休日弁当 この他、NREが運営する売店「駅弁屋 踊」「駅弁屋 祭」ではJR東日本管内の主な駅弁も当駅で購入できる。 また、JR東海管轄の八重洲口や東海道新幹線ホームではの駅弁売店があり、同社独自の駅弁が販売されている。 利用状況 [ ] 東京の表玄関ともいうべきターミナル駅で、JR東日本のみならずJRグループ全体での駅別においても第3位である。 2015年度にJR西日本のを上回った。 それぞれの会社の利用状況は下記の通り。 JR東日本• 2019年度の1日平均は 462,589人である。 同社の駅では、に次ぐ第3位である。 1996年度から2011年度まではJR東日本での駅別乗車人員が第5位であったが、2011年度以降は同駅の復元工事と丸の内周辺の再開発が進んだこともあって乗車人員が大幅に増加し、2012年度にを、2013年度にを上回った。 ただし、この数値にはJR線内の乗換客は含まれていない。 2019年度の新幹線の1日平均 乗車人員は 75,004人である。 同社管轄新幹線の駅では第1位。 JR東海• 2018年度の1日平均 乗車人員は 104,451人である。 同社の駅では第2位(1位は、3位は)だが、東海道新幹線の単独駅の中では第1位である。 東京メトロ• 2018年度の1日平均は 218,275人である。 同社の駅の中ではに次ぐ第9位であり、(1位は池袋駅)丸ノ内線の駅としてはに次いで5番目に多い。 1965年度にピークを迎えた後は一度減少するものの、1979年度から1992年度にかけて再び増加した。 その後は減少傾向であったが、2001年度から再度増加傾向にあり、2013年度の乗降人員は過去最高を記録し、さらに2016年度には乗降人員が20万人を越えた。 年度別1日平均乗降人員 [ ] 各年度の1日平均 乗降人員は下表の通りである(東京メトロのみ)。 1914年12月20日開業。 開業日から1915年3月31日までの計102日間を集計したデータ。 1956年7月20日開業。 開業日から1957年3月31日までの計255日間を集計したデータ。 駅周辺 [ ] 当駅周辺は日本を代表するビジネス街となっており、昼間は人通りが多いが、夜間は少ない。 JRの駅を中心とする以下の地下鉄各駅は概ね半径1km程度範囲内にあるので、状況によっては徒歩での移動の方が早く到達する場合もある。 (東京メトロ丸ノ内線・東西線・・、(行幸地下通路で連絡))• (JR京葉線・)• (・東西線、)• (東京メトロ半蔵門線(銀座線のりばへは遠い))• (JR総武線(快速))• (東京メトロ千代田線(行幸地下通路で連絡、京葉線・武蔵野線からは京葉7番出入口から地上に出て馬場先門方向へ直進すると近い))• (東京メトロ日比谷線・千代田線、都営地下鉄三田線(行幸地下通路で二重橋前駅経由で連絡、京葉線・武蔵野線からは京葉6番出入口から地上に出て馬場先門方向へ直進すると近い))• (JR山手線・京浜東北線、(京葉線東京駅と山手線・京浜東北線有楽町駅は制度上の乗り換えが可能))• (東京メトロ有楽町線(八重洲南口から南進、あるいは京葉1・2番出入口から鍛冶橋交差点を右折し、南進))• (東京メトロ銀座線(八重洲地下南出入口から国道1号方向へ直進すると至近、京葉線・武蔵野線からは京葉1・2番出入口から地上に出て鍛冶橋方向へ直進すると近い))• (都営地下鉄浅草線(京橋駅と同様)) 丸の内口 [ ] 西側の丸の内地区には、丸の内北口(旧称・降車口)、丸の内中央口(同・中央口)、丸の内南口(同・乗車口)がある。 これらに面して、歩行者エリアや植栽などの景観を整備する「丸の内駅前広場」建設をJR東日本と東京都が2014年から進めており 、2017年12月7日に全面供用開始 された。 丸の内側は日本を代表する歴史的なビジネス街であると同時に、には(丸ビル)、(新丸ビル)などの複合商業施設のオープンが相次ぎ、観光スポットともなっている。 駅南口に向き合うは、日本を代表する。 再開発で一時移転しており、元の敷地に建てられた低層階に、旧郵便局の外観を再現する形で再開している。 輸送が日本の郵便を支えていた時代には当駅と同局の間に建設された地下通路を使って多くの郵便物が輸送された。 この扱いはに終了したが、その後も駅構内部分の地下通路は利用者などのために利用されている。 かつては日本国有鉄道本社ビル(までは東日本旅客鉄道株式会社本社ビル)もあり、全国に鉄道網を張り巡らせた国鉄(建造当時は)のシンボルとなっていた。 に伴う長期債務返済のために売却され、その跡地には旧ビルと合わせて複合商業施設のが開業している。 丸の内中央口から皇居に向かってと行幸地下通路が伸びていて、丸の内中央口からも皇居が見える。 からまでのシーズンには「」のが有楽町駅方面まで点灯されていたが、丸の内口工事のため2005年末の点灯をもって終了し、現在はこれに類似したイベント「」が開催されている。 京葉地下丸の内口からJR有楽町駅、千代田線二重橋前駅、有楽町線有楽町駅(経由)、都営三田線・日比谷線日比谷駅(東京国際フォーラム・地下鉄有楽町駅経由)は比較的近接しており、から丸の内を経て有楽町に至る一帯は「」と総称されることもある。 詳細は「」を参照 東京駅八重洲口開発 グランルーフ・東京駅八重洲口駅前広場に対し、土木学会デザイン賞 2017 優秀賞 受賞。 など主要企業が軒を連ねる京橋・日本橋の玄関口であると同時に、2007年11月の大丸東京店の全面リニューアル 、2008年3月の開業 などにより商業スポットとしても注目されるようになった。 東京駅東側に隣接するエリアの住所は千代田区丸の内であるが、一般的に東京駅八重洲口・日本橋口に隣接するエリア全体を「八重洲」と呼ぶことが多い。 八重洲口エリアはが発達しており、東京ステーション開発株式会社が運営する、八重洲地下街株式会社が運営するなどがある。 駅に隣接し、、などを有する地下街が、外堀通り・八重洲通りの地下に広がるのがである。 八重洲北口付近(北側自由通路付近)には、黒塀横丁(地階)キッチンストリート(1階)北町ほろよい通り(2階)ごちそうプラザ(2階)、八重洲南口付近には(地階)などの飲食店街がある。 に鉄道会館が開業し、ラーメン店、中華料理店などが入っていた激戦区東京編(八重洲南口・地階)はすでに閉鎖されている。 八重洲口には、南口に併設されたのハイウェイバスのりばをはじめとして、周辺に複数のの発着拠点が存在する(「」を参照)。 八重洲口の主な商業施設• 東京店 - 2012年10月5日にノースタワー内にてグランドオープン。 (東京駅一番街内)- 2011年には、5月から7月にかけて店舗開業・リニューアルがなされた。 (東京駅一番街内)- 2011年4月8日には、新たに4店舗がグランドオープンされている。 東京おかしランド(東京駅一番街内)- 2012年4月14日に開業。 TOKYO Me+(トウキョウミタス)(東京駅一番街内)- 2013年11月8日にリニューアルオープン。 東京ギフトパレット(東京駅一番街内) - 2020年8月5日開業予定。 キラピカ通り• グランアージュ• Concept LABI TOKYO 日本橋口 [ ] 詳細は「」を参照 JRの駅の北側にあり、の1階部分がゲートになっている。 に面している。 正面ロータリーは長距離路線バスの降車場となっており、その先、永代通りの地下は東京メトロ東西線の大手町駅となっている。 日本橋口には 東京ステーションシティの開発第1弾として(地上35階・地下4階)が2007年3月8日に竣工した。 東京本社• 東京本店• () 地下街 [ ] 東京駅改札外の地下街(上記の「再開発事業」参照)は、やなどに繋がっており、地上に出ず行き来できる。 紙によると総延長は約20kmで、1000軒を超える店舗があり、年間売上高は総計1000億円規模と推計されている。 バス路線 [ ] 「」を参照 駅長 [ ] の時代から、当駅の駅長は毎朝9時に発車する特急列車を見送る慣例があった。 東海道新幹線の開業後は同じく9時発の「」を見送っていたが、国鉄分割民営化後は在来線、東北・上越・北陸新幹線がJR東日本、東海道新幹線がJR東海の管轄となったため、JR東日本の駅長は在来線の「踊り子」(2010年12月4日改正のダイヤでは伊豆急下田・修善寺行「踊り子105号」)の発車を見送っている。 2018年(平成30年)9月現在、JR東日本の東京駅長はである。 以前はであり、現場職としては唯一の取締役であった。 「東京駅長」と言えば、国鉄時代には「現場の最高職」と言われ、駅員や運転士、機関士達の憧れの地位だった。 民営化されJRとなり、当駅はJR東日本とJR東海の2人の駅長が置かれることになった。 前者に関しては「現場の最高職」という慣習が残っており、後者も慣習は関係ないが、2008年(平成20年)7月現在の駅長はであった。 2018年(平成30年)現在ではJR東海の東京駅長は役員ではない。 位置情報 [ ]• - 隣の駅 [ ] 東日本旅客鉄道(JR東日本) 東北・山形・秋田・北海道・上越・北陸(長野経由)新幹線 東京駅 - 東海道線・ 上野東京ライン(宇都宮線・高崎線・常磐線)• 福井・三重・奈良・和歌山・徳島・愛媛・高知・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島・沖縄を除いた各都道府県。 このうち、徳島・高知・沖縄以外の各県にはかつて直通列車があった。 、現在は最西は博多駅、最北は新函館北斗駅である。 、運賃だけの(特急料金が不要の普通列車)で行けるのは、東京・神奈川・静岡・山梨・埼玉・群馬・栃木・茨城・千葉の9県。 Yahoo! 地図を参考に制作• 主に東海道線列車(当駅発着。 早朝の普通当駅始発、特急・通勤快速・ライナー・深夜帯の普通)、上野東京ライン列車:東海道線と宇都宮・高崎線の相互直通(普通・一部快速)、上野東京ライン列車:常磐線の当駅経由品川駅発着(普通・快速・特急)の3種の系統がある。 一部に東海道線の当駅経由上野駅発着、宇都宮・高崎線の当駅経由品川駅終着、宇都宮・高崎線の当駅始発で設定されている上野東京ライン列車も存在する。 当駅を発着する中央線の列車はすべて快速電車(一部、ライナー・特急)である。 快速電車が停車しない・・などへ向かう利用客はなどでへの乗り換えを必要とする。 は錦糸町駅での乗り換えを必要とする。 この歴史を反映して、1996年に改築されたは東京駅を模したデザイン(ただし外壁はレンガでなくレンガ風)とされた。 また現行の復原駅舎に残っている開業当時の部分はに指定されている。 の再架橋は1925年。 1948年に八重洲橋が撤去されており、東側の地名が中央区八重洲に変更されたのは1954年である。 その材質はので、終戦となって製造中止となった旧日本軍の保有していたやなどのの余剰品を活用した。 「銀の鈴」は、東海道新幹線開業後に東京駅利用者が急増したことから、駅助役の提案で1968年6月10日、新幹線の南乗換改札口前に設置された。 初代は竹の骨組み和紙・銀紙張りで、内部のスピーカーで鈴の音を鳴らした。 鋳銅製の二代目(1969年11月設置)は八重洲中央改札口外に置かれた。 1985年2月設置の三代目は1994年8月に現在ある地下へ移され、2007年に四代目(作の製)に更新された。 送水前は下水処理費用として年間約2億円を支払っていた。 当初は2020年(令和2年)6月17日の開業が予定されていた が、の感染拡大防止を理由に、延期された。 なお、一部店舗や通路は、同年6月17日に供用開始された。 当初は2020年6月上旬の開業が予定されていたが、の影響を理由に、延期された。 なお、2019年11月20日にJR東海と東京ステーション開発が公表した資料では、開業時期が「2020年初夏」との記載がなされていた。 フィクションであるドラマ「」でもドラマの始めでそう触れられている。 出典 [ ]• 日本国有鉄道旅客局 1984 『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。 穂積一樹 2016 『(改訂版)一般用特別補充券発行記入例(旅客鉄道会社編)平成28年3月26日現行』、チケットショップ弁天屋。 (4-タ)切符とか鉄道とかいろいろ「事務官コードとPOSバーコード」2006年8月22日(2017年4月8日閲覧、• , JR東日本 2011年3月12日現在• 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年• 『東京駅戦災復興工事の想い出』松本延太郎著• 杉山淳一 2015年7月25日. マイナビニュース. 2016年5月17日閲覧。 高槻長尚 2009年6月8日. 日経コンストラクション. 日経BP. 2016年5月10日閲覧。 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(・) 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 丸の内口駅舎を建築の際に同駅付近に所在するの製造した煉瓦を使用したことに因み、現在の駅舎は当駅の丸の内口駅舎を模した造りとなっている。 - 丸の内口の赤レンガ駅舎と同じく辰野金吾の設計。 () - 以降に「Tokyo Station」が開業予定 外部リンク [ ] 駅公式サイト• :JR東日本• - 西日本旅客鉄道• - 鉄道会社のその他のページ• , JR東日本 2007年5月8日• 『土木建築工事画報』 第6巻 第7号 工事画報社 昭和5年7月発行• 『土木建築工事画報』 第16巻 第1号 工事画報社 昭和15年1月発行• 鎌田雅己, 土肥卓也、「」『コンクリート工学』 2012年 50巻 11号 p. 1015-1021, :• 大内田史郎「東京駅丸の内駅舎保存・復原(2010年電気設備学会全国大会特別講演)」『電気設備学会誌』第31巻第1号、電気設備学会、2011年、 63-70頁、 :。

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